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第十二話 恋終世界1




 我が第八大隊は、十二個の中隊から成り、一中隊は五人編成の小隊が二十個だ。この中の雑兵の一人が俺な訳だが、戦場で花音と顔を合わせたのはまさに偶然以上の事柄だ。


 そもそも、俺と花音は中立コミュニティ育ちで兵士になる義務は無かった。だが、俺が十四歳の時にコミュニティの大人と男軍の話し合いがあったようで、子供達は全員兵役に服する事になる。花音は、その二年前に父親に連れられてコミュニティを出ていたので当然その話は知らない。


 詳しく説明する。中立の立場を示したコミュニティだったとしても、女軍に見つかれば男は問答無用で淘汰されてしまう訳だ。必然的に、施設を作る場所は男軍の支配する地域内となる。なら、戦力的に乏しい男軍が人員を差し出せと圧力をかけてくるのは自然で、俺達子供は人身御供として差し出されたと予想される。


 花音は、凶暴化する年齢の前にコミュニティを出たが、その後に父親を殺害し、自ら女軍へ志願したと思われる。この成り行きも自然なのかもしれない。


 この二人が、広い戦場で出会った奇跡、これは天文学的な確率だ。


 だが、夢想システムに疑いがあるため、この奇跡も人為的、作為的なものかもしれない。例えば、俺や花音が遺伝子強化された人間だとすでにバレており、戦わせて戦闘データをとるため……とか。


 俺は兵士、考えても仕方が無いか。目の前にある作戦に全力で向かおう。


 ……だが、誰かが意図的に手を加えているこの世界、俺の役割とは、兵士として戦う事だけで良いのだろうか。





 今回の任務は、俺が属する一個中隊での救出作戦だ。


 ある基地の場所が女軍にばれたようで、すでに襲撃が始まっている。皆殺しにするために女軍は包囲を完了しており、俺の中隊は味方を逃がすために突破口を開きに行く。


 一点を破り仲間を逃がすなど簡単だと思えるかもしれないが、味方が脱出を終えるまでその穴を維持し続ける事はかなり苦労が伴う。俺達は同じ場所に留まり動けないが、女軍はそんな俺達を排除するために四方八方から押し寄せて来るからだ。


 救出作戦を展開すれば、軍としての被害はより増えるだろうとの試算はもちろんあるが、仲間は見捨てられないし、ピンチになれば必ず助けが来るという確信が平常での士気の上昇につながる。




 攻撃用意を整え終わったその日の午後、俺達に作戦命令が下り出撃した。


 目標の基地に近づくにつれ、基地防衛のための迫撃砲の音が大きくなっていく。地上には地下へと続く秘密通路がいくつかあるのだが、時間的にもう見つかって進入を許していると予想される。


 俺が小高い丘の上から双眼鏡で覗くと、旧文明の建築物が崩れた瓦礫の合間に、黒い機械兵の姿があちらこちらに見えた。


全員浮遊装置(ホバー)を最大出力にしておけ。全力で突貫するぞ」


 俺が指示を出すと、裕也、正人はもちろんだが、元四番隊の畑山と木部も素直に従う。二人は陣形(フォーメーション)訓練など軍事に関係する命令は守るのだが、裕也と正人、そして俺を未だに軽んじており、そこに一抹の不安を覚えてしまう。実践では些細な連携ミスが文字通り命取りになる。


「法次隊長さん、俺と木部をツートップにしてくれよ。道を切り開いてやるからさ」


 俺が浮遊装置(ホバー)の調整を終えた時に畑山が言ってきた。


「……先頭は俺が行く。矢じり陣形(アローフォーメーション)、右に畑山、左に木部。後方右に裕也、左に正人」


 押さえつけておくより、多少意見を尊重してやるほうが良いだろう。畑山は肩をすくめて見せたが、それ以上は何も言わなかった。


「えぇ~。ちょっと法次…」


 口をへの字にしている裕也の後ろで煙幕弾が空に上がった。突撃の合図と共に俺の浮遊装置(ホバー)は砂塵を巻きあげ、体を浮き上がらせる。


「変更は無しだ。急ぐぞ!」


 俺たち五人は丘を落ちるように駆け下りる。


「法次! 右!」


 索敵を兼ねる後方からの裕也の声と同時に、俺の目に黒い奴らが映った。そいつの左腕から放たれる鉄鋼弾の雨を俺は蛇行してかわす。


 ガトリング砲の冷却時間(クールダウン)になったと同時に俺は刀銃を狙撃(ライフル)モードで構える。しかし、すぐに照準を合わせるのをやめた。崩れたビルの上に立つ機械兵の真下に、浮遊装置(ホバー)を使って空中に階段があるかのように駆け上がった畑山の姿があったからだ。


 右腕を切り落とされた機械兵は、後ろにバランスを崩して二階ほどの高さから落ちた。その上に、畑山が熱剣(ヒートソード)モードにした刀銃を振り下ろす。


 俺は、小さなため息と共に目を逸らした。今のあれは、俺の知る人だっただろうか? だが、殺らなければ殺られる。女達は、全力で俺達を殺しにかかってくる。なら、俺の部隊員が死ぬよりは奴らが死ぬほうが良い。それが最善手……いや、戦わない方法は無いものだろうか? 俺達が通う、夢想世界の学校のように……。


 

 崩れたビルの合間から、こちらに向かってくる四人の機械兵が見えた。今殺した機械兵と同じ小隊員達だろう。すぐに俺の背後から青いプラズマが二発、奴らに向けて飛んでいく。裕也と正人の砲撃を二手に分かれて避けた機械兵達は、ビルの陰に姿を消した。


 この地形の場合、高所を取られたら不利だ。俺は浮遊装置(ホバー)を吹かし、ビルの側面を駆け上がる。隊員達もそばにある同じような場所にそれぞれ身を伏せた。


 敵に向かって突っ込んできていた機械兵よりも、待ち受ける形になった俺達の方が早く高台を制した。しかも俺達のプラズマ砲と違い、ガトリング砲から発射される金属の弾は、重力に引かれて放物線を描くので上方の獲物は狙いにくい。 


 こう着状態が続いた。


 俺達の武器、刀銃は、刀身本体内に収められる程の小型出力装置(ジェネレーター)なので、総エネルギー量は多くない。だが、無駄弾を撃てないのは相手も同じで、機動装甲内に搭載されている鉄鋼弾は、高速連射で撃ち続ければ短時間で尽きてしまうはずだ。


 お互い、射撃間合いの外で睨み合い、様子を探る。時折、姿を僅かに見せる機械兵にはこちらも少し体を晒すことで牽制とする。


 実際有利なのはあちらなのだが、その所以たる援軍は幸運にも現れないようだ。



 二十分程経っただろうか。


 こちらは数発のプラズマ弾、相手は多少のガトリング砲を発射しただけで、事態は何も動いていなかった。


 俺はそろそろだろうと南の空を気にしていると、ついに遠くで青い煙幕弾が上がった。すぐに俺は隣のビルの正人に指の信号を送り、正人は自身が確認出来る別の隊員に同じ信号を送る。程なく、正人から全員に伝わったとの意味の信号が帰ってきた。


 俺は、浮遊装置(ホバー)の出力を最小限にしてビルから滑り降りた。南へと進路を取ると、俺の後ろに裕也、正人、畑山、木部と、隊員が続く。五人揃ったと同時に、全員が浮遊装置(ホバー)を最大出力にして戦場を離脱した。


「ふぅ。相手はまだあそこで警戒してんだろうなぁ」


 裕也が正人にそう言うと、正人は笑顔で後ろに手を振ってみせた。


 そんな二人に、木部が野太い声で言う。


「油断をするな。大体、お前達の射撃術は未熟だ。先ほどのも、二人で同時に同じ場所を狙うから二手に別れさせてしまったのだ。あそこは両翼を狙い、敵を中央に集めてだな…」


 木部は、刀銃を逆手に持って腕を組み、完全に説教モードだ。


 裕也達は生返事を返しながら顔は上の空。


 その隣で畑山は、一度伸びをしてから暇そうに大あくびをする。


 俺と言えば、左手首にある小型液晶を確認し、帰還基地までの方角を確認していた……時だった。


「ん…………っ?!」


 俺の耳に、僅かにだが空気を切り裂く音が聞こえた気がした。意識を集中させると、それは段々と近づいてくる。音質、飛来する物体の大きさ。これは……


「榴弾だ! 右に避けろ!」


 裕也と正也は、俺の目と耳の良さに何度も助けられているからか即座に進路を右斜めに変更する。しかし、木部は俺の声でとっさに空を見上げてしまっていた。


「木部っ!」


 俺は左を進んでいた木部に向かう。木部の胸倉を左手で掴んだ時、空気の振動を肌で感じた。振り返ると、榴弾が目の前にまで迫っていた。


 ……木部のこの体重、間に合わない。


[Unlock]


 俺の頭で声が響き、体に火が点った。左手一本で軽々と木部を持ち上げる。


「うぉぉぉぉ!」


 浮遊装置(ホバー)の出力では不十分だった。俺は、思いっきり地面を蹴る。その力は浮遊装置(ホバー)の揚力を超え、足先につけている浮遊装置(ホバー)を地面に叩きつけて横に飛ぶ。


[ドォーン!]


 俺と木部がいた場所が吹き飛んだ。直角に曲がった俺たちも爆風に包まれる。


「大丈夫か?! 木部!」


 すぐに俺は立ち上がったが、そばに倒れている木部は苦しそうに体を揺らしている。しかし、よろよろと体を起こして見せた。


「大丈夫です……。頑丈が……取り得ですので……。そもそも、私の体は鍛えに鍛え…」


「法次! 前だ!」


 裕也の言う通り、足を止めた隙に一人の機械兵が逃げ道を塞いで立っていた。そいつは、肩に担いでいた迫撃砲を地面に捨てた。


「狙われたか……。なんて腕だ……」


 刀銃を構える俺の横で、木部は焦点の定まらない目で刀銃を杖のように地面に突いている。おまけに、だらりと下げた左腕からは酷い裂傷が見える。


「よくも木部を! 一人で余裕綽綽だなぁ、おいっ!」


「待て! 畑山!」


 畑山は躊躇無く機械兵に向かった。普段飄々としている男だが、付き合いの長い木部が怪我をした事に逆上してしまったようだ。


 だが、俺は嫌な予感がした。


 榴弾とは、放物線どころか本当に山なりになって飛ぶ爆弾だ。それを直撃させてくる腕、そして、単独で複数の敵の目の前に現れる自信。こいつは……まさか……。


「死ね!」


 畑山は青く光る刀銃を両手で握り、機械兵に向かって大振りで切りかかる。機械兵は、それを軽々と右旋回でかわした。


「引っかかったなぁ!」


 畑山はバランスを崩した振りをしながら、刀銃を抱えてその切っ先を左の機械兵に向けていた。


 そうか、最初から刀銃は青く光っていた。つまり、熱剣(ヒートソード)モードで無く狙撃(ライフル)モードで、畑山の狙いは至近距離からのプラズマ砲か!


[バシュッ!]


 先から放たれた青いプラズマは、少し離れた地面を焦がしただけで消える。機械兵は、あっと言う間に距離を詰めて畑山の刀銃を側面から手で押し、狙いを大きく外させていた。


 感全に懐に入られた畑山は、腕を振り上げた機械兵をようやく見つける。


「なっ……?!」


[ベキッ!]


 弾かれるように畑山は転がって避けた。だが、左肩を完全に砕かれている。


「下がれ畑山! 木部、畑山を連れて撤退! こいつは三人で止める!」


「バカを…ぶはっ……」


 畑山の口から大量の血が吹き出した。恐らく、肩どころか肋骨まで砕け、それが散弾銃の弾のように内臓に突き刺さっているはずだ。


「木部!」


 俺がもう一度名前を呼ぶと、木部は右腕でひょいと畑山を担ぎ上げて浮遊装置(ホバー)を吹かした。


 畑山はそんな木部に何か叫んでいるが、口が血で一杯のため声になっていない。そして木部は、俺達の様子を探りながら後ろに下がり、背を向けると基地の方向へ一直線に走った。


「裕也! 正人! 二人は援護に入れ! こいつは俺一人でやる!」


「バカいうなよ! 確かにさっきの様子から今日の法次は調子良いみたいだけど、一人で奴は無理だぜ!」


「法次君、そうですよ! 僕の位置からも見えました! 敵の背中には紫の羽の絵、紫天使(パープルエンジェル)です!」


 分厚い漆黒の鋼鉄に包まれている機械兵の中で、背中に紫の天使の羽を持つ手ごわい奴、それは……、名を本宮沙織と言う。俺達のクラスメートにして、裕也が失ってはいけない女の子だ。


 俺は、一人で機械兵に突っ込む。だが、進行方向が定まらない。


「くっ……バランスが……」


 俺の左の浮遊装置(ホバー)は、先ほど地面に叩きつけたため出力が大幅に低下していた。俺は体が左に旋回しないように制御するのに気をとられ、水平に振った刀銃が紫天使(パープルエンジェル)の前で空を切る。


「法次君!」


[ガキンッ!]


 俺は、頭の上から垂直に振り下ろされた鉄剣を刀銃で受け止めた。機械兵の右手に装備されている剣は何の変哲も無い金属剣なので、その刃を俺の熱剣(ヒートソード)が溶かしてめり込む。


 敵の動きが一瞬止まった瞬間を狙い、裕也と正人がプラズマ砲を発射した。


[バシュッ バシュッ]


 紫天使(パープルエンジェル)は俺から離れて急速後退したが、一発が紫天使(パープルエンジェル)の体をかすめて肩の装甲を変形させた。奴はそのまま正面のビルに身を隠した。


 裕也と正人は、紫天使(パープルエンジェル)が僅かに姿を見せようものなら即座に発射できる姿勢のまま、銃を構えて俺のそばへ来る。


「法次! 左の浮遊装置(ホバー)が故障してるじゃねーかっ!」


「……裕也、お前は紫天使(パープルエンジェル)への牽制に徹しろ。絶対に直撃させるな」


「はぁ?! 何でだよ! 意味わかんねーよ!」


「め…命令だ。奴は俺がやる」


「待てって! 理屈がなんもねー命令なら聞かねーぞ!」


「僕にも理解出来ません。それに、裕也君は副隊長なので、隊長に説明を求める権限があります」


 二人が言う事は道理。おかしいのは俺の方だ。だが、その理由が話せない。裕也が作ったウィルスで、沙織がおかしくなってしまった……なんて事は絶対に言えない。しかし、このままでは、その狂った沙織を裕也が殺してしまうと言う筋書きも現れかねない。


「ならば……撤退する」


「ますます訳わかんねーよ! 法次の浮遊装置(ホバー)で逃げられる訳が無いだろぉーよ!」


「二人とも! 来ますよ!」


 正面から、紫天使(パープルエンジェル)がガトリング砲を撃ちながら突っ込んで来た。


 ……駄目だ、駄目だ! 紫天使(パープルエンジェル)を撤退に追い込むしかない。しかも、早急に!


[Unlock]


 俺は右の浮遊装置(ホバー)も地面に踏みつけて壊した。これで……バランスが良くなった!


 狙いは紫天使(パープルエンジェル)の右腕と左腕。その手首から先を切り取り、武装を剥ぎ取る。


 女達はその小柄さから、手足は機動装甲の腕と足の中ほどまでしか届いておらず、その先は機械腕(マシンアーム)と武器で詰められている。ひどい出血をさせなければ、敵基地まで帰還出来るだろう。


「……なに!?」


 俺の細胞制御回路(リミッター)をはずした攻撃が、余裕を持って避けられた。俺とすれ違う紫天使(パープルエンジェル)は、その太い鋼鉄の腕を水平に振ってくる。身をよじってかわした俺は、体勢を崩したことを逆に利用して奴の顎に向かって蹴りを狙う。もちろん鋼鉄の兜を揺らしただけで、ダメージなど無い。しかしその隙に距離をとり、俺は刀銃を中段に構え直して、奴と正面から対峙する。


 元から、紫天使(パープルエンジェル)の運動性能は、俺の通常の動きを上回る。しかし、細胞制御回路(リミッター)を外した今の俺の限界性能だと、奴の一歩先を動けるはずだ。なのに……紫天使(パープルエンジェル)も人間とは思えない反応速度を示してきた。


 もしかして……裕也のウィルスによって攻撃性を高められた沙織は、脳内の麻薬物質により肉体・精神の限界を超えた動きをしているのではないだろうか? なら、危険だ。遺伝子操作をされている俺と違い、雑多な細胞を含みつつ純粋な力を出せば、細胞全体が崩壊してしまうぞ……。





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