底なし沼8
気づくと、私は旦那様を沼に突き飛ばしておりました。沼のほとりは足場が悪く、よろりと体勢を崩して、沼の中に足を踏み出してしまいました。すると、あれよあれよと、沼に引きずり込まれてしまいます。
私が後を追おうと沼に足を踏み入れるのですが、私は一向に沈まないのです。
旦那様を引き上げようとしても、力及ばず、短い時間で肩まで浸かってしまっておりました。
「美代、申し訳ないことをした。これは仏様からの天罰なのだろうか。今までお前と暮せて幸せだった。なんと俺は愚かなことよ」と言い残して、頭も全て沈んでいってしまったのです。
私にはその光景が、その女を通して見ることが出来た。
そういって、女はまた泣きじゃくるのだった。私もその光景を見ながら、なんともいえない感情が発生して、気づかないうちに涙を流していた。
私は「近いうちにその沼に行って、旦那様の供養をしますから、もう、泣かないでください」と言って、また目が覚めた。
全てをヒロに話して、一緒に私の生まれ町の寺にやってきた。
ヒロは「東京にもこんなに緑豊かでのどかなところがあるんだねえ」とのんびりしていっていた。
暫く歩いて、その寺についた。美代が言った通り、梅の花が可憐に咲いていた。
「確か、沼はこっちだったわ」と私はヒロを誘導した。
「ああ、これが沼だね」とヒロが言うと、近くに石碑を見つけた。ヒロは石碑を読むと「お前が言うとおり、石碑に底なし沼と書いてあるぞ」と言った。
「まあ、でも、そんなに恐ろしげな場所なくて、綺麗なところじゃないか、樹々の木漏れ日も綺麗だし」とヒロは言った。
美代も同じことを言っていたのを思い出した。
「俺さ、思ったけど、旦那は最後、嘘を言ったんじゃないかな?」
とヒロが言った。
「何でそう思うの?」と聞いた。
「だって、妻と別れるのは辛いだろ。もしかしたら、愛している妻に説得されて自分の信念が貫けないと怯えたんじゃないか?だから、別れるためにわざと、意地悪な、嫌われるようなことを言ったんじゃないかな」とヒロは言った。
「そんなものなのかなあ」と私は言った。
「でも、まさか底なし沼にはまるとは、誤算だったなあ」とヒロはまるで自分が底なし沼にはまったかのように言った。
私は持ち寄っていた花束を置き、お線香に火をつけて、手を合わせ、どうか安らかにお眠りください、と心の中でつぶやいた。
その瞬間、池からふた筋の光が天に上がっていった。
「ねえ、見えた?」とヒロに聞いた。
「見えたよ。びっくりしたよ」とヒロもこれには驚いたようだった。
それからはその夢は見なくなった。
私の中の美代がやっと成仏できたのだろうと信じるほかない。




