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底なし沼5
「ただし、一つだけお願いがございます。これが最後のお願いとしますので、どうか聞いてください」
私はすがるような目で夫を覗き込みました。旦那様は嫌といえなかったでしょう。
「なんだ」と答えました。
「今夜でお別れというのは、私にとってあまりにも唐突すぎることで、気持ちの整理がつきません。最後にゆっくりお話がしとうございます」
「うむ…」
旦那様は少し考え込んでおりましたが、最後と言う言葉が情にふれたのか、目を潤ませ、
「わかった」
と答えました。
「では、明朝、お寺の境内で」
と私は時間と場所を指定しました。旦那様は
「では、明朝」
とボツリと言うと屋敷を出て行きました。
一体何が旦那様を変化させたのだろうと私は思いました。思い当たりがあります。先ほど、寺の前ですれ違った男。きっと関係があるに違いない。旦那様を誑かしたに違いないのでございます。
私の心の中に激しい嫉妬が生まれ、やがて自分を捨てたことに対しての怒りに変わりました。
そう女が言うと、私はまた目が覚めていた。




