底なし沼2
その夢のことを恋人のヒロに話してみた。
「不思議なことに毎回同じで進展がないのよ。私も夢見が悪いのが嫌だから、何とかしたいのだけれど」
「すると君は夫殺しの生まれ変わりか。俺もそのうち沼に突き落とされて殺されてしまうのかなあ」と冗談ぽく笑っていった。
「もう、ひとごと、なんだから」と私は不満そうに言った。
「私の育った町に古いお寺があるのだけれど、そこに底なし沼であるという伝承の沼があるの。見た目はなんら変わらない、おたまじゃくしが泳いでいる沼なのに、昔々、水牛が足を滑らせて、池に落ちてしまい、人間が助ける間もなくあれよ、あれよと沼深く沈んでいったって石碑に書いてあったわ」と私はもしかしたらあの池のことなのかしら、と思って言った。
ヒロは「その石碑を詠んだことが強烈で夢に出てきたんじゃないか?」と言った。
確かに子供のころに読んだあの石碑の物語が強烈であったことは確かである。なるべく沼には近づかないよう遠くで沼をうかがうように覗いていたことを思い出した。
「そうなのかなあ」と私は答えた後、「でも今度同じ夢を見たら、その人に尋ねてみようと思うの。何故、夫を沼に突き落としたのかって」と言った。
「夢がコントロールできたら楽しいね」とヒロが全く「ひとごと」として答えていた。
しかし、そう決心してみても、確かにヒロが言うように、自分が見る夢を思い通りにコントロールすることは出来ず、しばらくその夢を見ることがなかった。
数ヶ月経ったころ、やっと、その夢にたどり着いた。
いつものように女は泣きじゃくるばかりである。
「何故、旦那様を突き落としてしまったのですか?」とやっとのことで尋ねることができた。
すると女は言葉少なく話を始めた。
「彼岸を少し過ぎた頃のことでした。私の住む武州の西のはずれにある山間の小さな村では、前日に雨が降っておりましたが、朝にはもう止んでいました。寒さは緩み、大地からはしっとりした暖かさが伝わって、我が家の菩提寺の梅の花が控えめに美しく咲き乱れておりました。
私は自宅で紡いだ生糸を、商取引をしている河野家に送り届ける途中、ちょうどその寺の前を通りかかりました。
そのとき向かい側から一人の侍が胸をはって歩いてきました。絹のパリッとした羽織袴姿で、腰に二刀を差しておりました。この辺りでは見かけたことの無い立派ないでたちのお武家様でした」




