家の井戸にはエルフが住んでいる
家の井戸にはエルフが住んでいる。
僕がそのエルフを見つけたのは、まったくの偶然だった。
古臭い井戸から水を汲み上げる事が日課となっている僕は、その日もいつものように汲み上げようとする。
しかしどういうわけか井戸の釣瓶はいつもより重く、中々持ち上がらない。
ちょっと強めに力を込めてみると、今度は容易く持ち上がる。
持ち上がった釣瓶を見上げると、底の部分に小人がついていた。
「日ノ本の方でありますな。信仰してほしいであります!」
とりあえず僕は水を汲むのを諦め、釣瓶を井戸の中に落とした。
落とした後に、釣瓶が傷むといけないと思い引き上げると小人はまだついていた。
「ひ、酷いであります。いくら水の扱いに長けたエルフといえども、高い所から落とされるのは怖いのでありますよ!」
ひとまず釣瓶の水を別の桶に移し、それから小人に向き直る。
「失礼しました、それで小人さん。もしやアナタは妖の類ですか」
えるふ、というのを僕は知らない。外国言葉には詳しく無いのだ。
「あ、妖とは失礼でありますね、けどそれも魑魅魍魎が住むこの地では仕方ないでありましょう。貪欲なる知恵者と穏健たる術師の国、グランドサザンクロスより信仰を集めに来たエルフ、アルケーなのであります」
何故か出身国とその紹介までしてくれた、後で聞くつもりだったから別にいいけど。
「それではあるけーさん、アナタは何故この国に信仰を集めにきたのですか」
「アルケーであります、アルケーでありますよ。しっかり発音して欲しいであります」
慣れない発音だった、外国語は難しい。
何度かの練習の末やっと満足したらしいアルケーさんの聞きなおす。
「失礼しましたアルケーさん。それで御理由は?」
「日ノ本が八百万の神を信仰しているからであります、そこに我々グランドサザンクロスも加えて欲しいのであります!」
聞く所によるとアルケーさんの国、グランドサザンクロスは世界中の人々の信仰によって成り立っている国らしい。
しかし最近の科学信仰のせいで、昔は濠太剌利亜程の大きさがあったグランドサザンクロスは縮小、今では蝦夷国ほどになってしまったという。
「永続的信仰を集める事が出来れば、我が国は小さくとも安泰であります。必要なのは刹那的な巨大信仰ではなく、1つ2つの家でも末代まで続く信仰なのであります」
「他の国では中々得がたいモノでありますが、日ノ本は神々の数も多く、そこに入り込む余地があると考えた次第であります!」
確かにこの国では1つ2つ県を跨げば恐れられていた怪人が神になったりする、両面宿儺とか。
「それで相性が良い土地に出てきたのでありますが。コレも何かの縁、我が国グランドサザンクロスを信仰しては頂けないでありましょうか?」
信仰といえば恩恵である、そして今我が家は助けを欲しているのでここは確認しておきたい。
「この国の信仰は、恐怖故のモノか恩恵を求めてのモノが多いのですが、こんな時代ですので恐怖はあまり効果が無いでしょう。アルケーさん達は何か恩恵を?」
心得ていますとばかりに胸を張るアルケーさんはちょっと可愛い。
「無論であります、等価交換でありますよ。その為にグランドサザンクロスきっての術師であるアルケーが信仰集めの第一人者となったのであります」
術師というのはいわゆる魔法使いのようなもので、雨を降りやすくするようなちょっとした環境操作や、人が無意識の内に避ける土地の淀みを解消して気運を良くしたりできるらしい。
「相応の信仰を頂けたらグランドサザンクロスにも招待するであります、その名の通り小さくとも美しい国でありますよ」
特に損があるわけでも無いので、信仰してあげる事にした。
最近祖母の銭湯が経営難に陥りかけているのだ、信じるだけで立て直せるのならお安いものである。
「むー、邪念交じりの信仰ではあります。まぁ恩恵も受けない内ではこんなものでありますな、アルケーの実力次第と言うやつであります」
やはりイズナ殿とユキの母上殿の占いは凄いのであります、と呟くアルケーさん。誰の事だろうか。
「とりあえずは気の淀み解消、湯の清浄化を行っておくのであります。アルケーの得意分野でありますから効果は期待して良いでありますよ」
こうして我が家の井戸にエルフが住み着く事に。
長いこと話していたが、水はまだ冷たいままだった。
「これも恩恵でありますよ、地味に便利であります」
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随分懐かしい夢だった。
あれからもう数十年、現在は銭湯の番台に養子に取った娘が座っていた。
アルケーさんの力は凄く、今では2千軒も無い銭湯の中でも安定した収入を得ている。
「おや?起きたでありますか、起きたでありますな。ではそろそろグランドサザンクロスに招待するのでありますよ」
僕は信仰を続けてはいたが、結局今までグランドサザンクロスに行った事がなかった。
信仰していたのはグランドサザンクロスではなく、アルケーさんだったからだ。
何故来ないのかと言われた時にそう答えるとアルケーさんは、
「道理で効率が悪いわけであります、でも悪い気はしないでありますな。なるほど、これが信仰される神の気分でありますか、悪くないであります」
こんな感じで飽きれたように、慈しむように、凄く可憐に微笑んだ。
「葬式の手配はお市殿が済ませたのであります。居住に必要なものは精神体だけで肉体は無くても問題ないのでありますよ」
かつては10センチ程だったアルケーさんの身長も、今では信仰の影響か20センチ程まで伸びていた。
「向こうに着いたらまず生活環境の整備でありますな、アルケーは井戸が気に入ったのでコレは必須であります。その次には学問所と仕事の手配、それが一段落すれば式を挙げるであります」
結婚しなかった理由はアルケーさんだ。人形の様な彼女に恋した時は戸惑ったが、彼女の国について詳しく聞いたときにプロポーズした。
「お父さん、いい夢を。アルケーさん、お父さんをよろしくお願いしますね」
「無論であります、当然でありますよ。彼はアルケーの良い人でありますからな、それに家族としての繋がりがさらなる信仰を招くのであります。グランドサザンクロスも枯泉家も相互扶助で磐石でありますよ」
アルケーさんの照れ隠しにお市は笑った、僕も多分笑った。
夢、というのは良い例えだと思う。信仰で成り立つあやふやな国はきっと夢の国だ。
「むむ、心拍数低下でありますか。これで連れて行き損ねたらアルケーは夫が出来る前に未亡人であります、引き伸ばしも終わりでありますよ」
アルケーさんが僕のおでこにおでこを重ねる、聞こえないかもしれないがお市に挨拶をする。
―――おやすみ。