アンデッドグランドドラゴン戦④+無精髭男
場面は変わってウォータープラザのフレーム最上部。
フレーム最上部に立つと、足元の幅は3メートルほどしかなかった。
手すりはどこにもなく、下を覗き込めば数十メートル下にウォータープラザの池が薄く光って見える。
高所がそこまで得意でない俺は、一度だけ足を踏ん張って息を整えた。
「……ビビってる場合じゃない」
周囲は相変わらず薄く青白い光が静かに広がっていて、半径2mほどのドームが俺たちを覆っていた。
『絶対神聖領域』
シオがずっと張り続けてくれている結界だ。
俺はフレーム最上部の中央へ進んで、宙に浮いたダンジョンコアに鑑定を向けた。
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ダン博中央フレーム ダンジョンコア(暫定)
希少度:規格外(鑑定枠外)
本来属性:魔獣系
現在属性:アンデッド属性が外部から重ねられている/暴走中
現在状態:呪術汚染あり
汚染範囲:コア外殻〜内部接続領域
汚染深度:表層〜中層(深層は無事)
起源:ダン博運営が外部調達した未登録個体(詳細不明)
推定価値:算定不能(市場流通対象外)
備考:外部由来の干渉痕跡が継続中。聖属性による浄化反応が確認可能
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「呪術汚染……やっぱりコアの表層全体に回ってる」
配信のコメント欄が即座に反応した。
『えっ呪術汚染って何それ』
『それやばいやつでは』
『大丈夫なんかこれ』
次の瞬間、シオが小さく身を震わせた。
ドームを覆う青白い光が、一段だけ濃くなる。
「あっ」
コアの表面で薄黒い汚れのようなものが、じわっと浮かび上がってきた。
そしてドームの光に触れた端から、煙のように崩れて消えていく。
俺はもう一度、鑑定を向けた。
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ダン博中央フレーム ダンジョンコア(暫定)
希少度:規格外(鑑定枠外)
現在状態:呪術汚染消失
残留:なし
コア本体:影響なし
外部干渉:継続中(呪術汚染とは別系統)
備考:聖属性結界による浄化を確認。外部干渉が続く限り再汚染の可能性あり
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「……消えた」
『えっ』
『今のシオちゃん?』
『聖属性すげぇ』
『一瞬で浄化したぞ今』
シオから返って来た感情は『仕事した』だった。
俺は笑いそうになるのを、なんとか堪える。
「シオ、助かった。本当に」
シオがちょこんと身を縮めて、結界の出力を元に戻したのが分かる。
俺はコアの側面に目を移した。
壁面に薄い光の線が走っていて、コアから少しずれた位置に操作面が浮かび上がっている。
「これが手動制御パネルか」
パネルには見たこともない記号と数列が並んでいる。
俺はそれに鑑定を向けた。
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ダン博中央フレーム 手動制御パネル
種別:ダンジョンコア外部制御端末
権限:管理者ロック中
現在表示:内部状態モニタリング画面
操作可能:閲覧のみ(ロック解除不要)
備考:閲覧操作はコア状態に影響なし。深層操作は管理者権限が必要
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「閲覧だけならロック解除いらないらしい」
『えっそういうこと表示されんの』
『鑑定で全部読めるのやばい』
『これもう半分プログラマーじゃん』
『異世界プログラマー☆爆誕☆』
『回収屋の次の動画は魔道具解析チャンネルだな』
『おぉそれめっちゃみたいかも』
『しかし魔道具を解析できる鑑定とか本職泣いてるだろうな…』
俺は鑑定の指示通り、パネルの左上にある記号に指先を寄せてみた。
触れた瞬間、表示が切り替わる。
別の数列と図形が浮かび上がった。
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手動制御パネル 内部状態画面
汚染源方向:北北東・地下接続
接続先:未登録ダンジョン1件
封印強度:30%(初期値の3割)
外部干渉:継続中(パネル操作とは独立系統)
干渉源:方位特定済(座標情報なし)
備考:封印強度の低下は外部干渉の継続が原因
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「……汚染源、北北東の地下から繋がってるって出てる」
『は? 地下に別のダンジョンあんの?』
『北北東って大阪のどこや』
『繋がってるって相当ヤバいでしょこれ』
「誰かが外から干渉し続けてるみたいです」
俺はパネルの別の記号に触れた。
表示がまた切り替わる。
今度は、コア本体の構造図のようなものが浮かんだ。
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手動制御パネル コア構造画面
本来属性:魔獣系
現在属性:アンデッド属性が外部から重ねられている
重ね深度:表層90%・中層40%・深層0%
備考:深層は無事・表層と中層が外部干渉で書き換えられている
復元可能性:外部干渉が切断されれば本来属性に自然回帰する見込み
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「深層は無事だ」
声が少し上がった。
『え、これ戻せる感じ?』
『真壁さん、何やってるか全部分かるのすごい』
『鑑定がガイドブックになってるな』
「言葉にするのが難しいんですけど、数ある鑑定中の欲しい情報だけすくい上げるイメージですかね。わかんないと思いますけど」
◇
同じ頃、ウォータープラザの池岸では桐野が魔獣の群れを引き連れて走っていた。
最初に飛び出したときは、群れの先頭2体だけを引きつけるつもりだった。
だが、駆け始めた途端に後ろから3体目4体目が追ってきた。
今は数えるのも面倒なくらい、群れが膨らんでいる。
「ちょっと多いって、これ……!」
桐野は身を低くして石畳を蹴り、前方へとひねりを加えた前宙しつつ、先頭の犬型魔獣の鼻先に魔弾を3発撃ち込んだ。
弾は表面を弾くだけで深くは入らないが、それでも続けて4発5発と撃ち込めば、頭蓋が削れて姿勢が崩れた。
1体目が前のめりに倒れ込むと同時に桐野も着地を決める。
「次っ」
倒れた個体を踏み越えて、2体目が飛びかかってきた。
桐野は身体を捻ってその牙を躱したが、爪が脇腹をかすめる。
布が裂けて、薄く血がにじんだ。
「いっ……たぁ……」
顔をしかめながら距離を取って、2体目の側頭部に魔弾を連射する。
今度は5発で仕留めた。
ここで属性弾を使えば一発で片付くのは分かっている。
だが、真壁がダンジョンコアと向き合っている間、何が起きるか分からない以上、魔力と媒体を消費する属性弾は温存しておきたい。
「真壁さーん、もうちょっとで終わるから、ちゃんと待っててねっ………っと!」
誰に届くわけでもない声を一度だけ放って、桐野は次の個体に向き合った。
3体目、4体目と魔弾の連射で削っていく。
弾の一発一発は浅くても、当てる場所を選べば確実に効く。
頭蓋の薄い側頭部、心臓に近い前足の付け根、首の根元。
自分の魔弾スキルは威力に欠けるが、その分手数で補うスタイルだ。
桐野はそれ生かすように連射の回転を上げて、魔獣へと浴びせ続けた。
残り2体まで減らしたところで、魔獣の死骸を死角にして魔獣が襲い掛かってくる。
すぐに迎撃態勢をとるも対応しきれず、飛びかかってきた個体の顎を肩で受けて、押し返した瞬間に、背中側から4体目に喰いつかれた。
「くっ!」
ミスリル繊維を編み込んだ桐野の衣装は、辛うじて牙の食い込みだけは回避する。
だが衝撃で前のめりに転がり、立て直すまでに数秒かかった。
「こっちだって仕込み済みよっ!」
何もない宙から突如として魔弾が生成された。
桐野もただ単純に逃げ回っていたわけじゃ無い。
魔獣の数を減らしつつ、同時に空中に時限式の魔法陣を仕込んでおり、残りの魔獣をはじめからハメる予定だった。
完全な死角となった魔獣の背後から無数の魔弾が降り注ぐ。
至近距離からの連射で、頭蓋が砕けて崩れる。
残った1体は、群れの中で唯一こちらを警戒する素振りを見せていた。
「あんただけ賢いのね……」
桐野は息を整えて、両手の指先を構えた。
最後の1体は、駆け出しの動きだけ素早い。
桐野はそれを横に避けながら、すれ違いざまに首の根元へ魔弾を3発撃ち込んだ。
駆け抜け様にそのまま派手に転んで、そして動きを止めた。
桐野は息を切らしたまま、フレームの最上部を仰ぎ見た。
遠目にも青白いドームの薄い光が、てっぺんで揺れているのが分かる。
「真壁さん、まだ無事みたいね」
その一言だけ呟いて、桐野はフレームの出入口へ向かうのだった。
◇
一方、ダンジョンコアを前に俺は鑑定スキルの導きに従って階層を深く辿っていた。
パネルに触れるたびに、表示はどんどん奥の階層へ進んでいく。
俺は鑑定で読み取った内容に従って、ただ指先を動かしていくだけだ。
そして最後に行き着いた画面は、これまでで一番情報量が多かった。
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手動制御パネル 停止シーケンス画面
停止手順:2段階
手順①:外部干渉の切断(パネル右下の解除記号を順序通りに3回)
手順②:封印再起動(中央コア接続記号に長押し)
所要時間:約20秒
完了条件:手順①完了で外部干渉が遮断・コア本来属性が安定する見込み
備考:手順②までで暴走状態が完全に停止する
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「……止められる」
声が漏れた。
信じられないというより、本当にここまで鑑定で辿り着けたのか、という戸惑いの方が大きい。
『えっ止めるの?』
『マジで止まるん?』
『いや待って、これダンジョンコアやろ?』
『やばい配信になってきた』
コメント欄の流れが急に速くなる。
俺は深く息を吸って、パネル右下の解除記号に指先を寄せた。
触れた瞬間、表示の縁が赤く点滅して、入力が弾かれる。
「……権限ロック、か」
鑑定をもう一段深く通すと、パネル全体の構造が頭の中で薄く広がっていく。
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手動制御パネル 権限管理層
ロック種別:管理者認証
解除条件:パネル四隅の認証記号に順序通り接触
順序:左上→右下→右上→左下
備考:暫定解除のみ・恒久的な権限取得には別ルートが必要
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「……鑑定で順番まで読めますね」
四隅の小さな光は、言われてみれば最初の表示から隅に灯っていた。
俺は鑑定が示した順に、左上、右下、右上、左下と指先を滑らせる。
パネルの中央が一度だけ淡く点滅して、赤い縁が消えた。
「通った」
『うそ、解除した!?』
『鑑定でロック解除とか何やねん』
『万能すぎだろ鑑定』
『まって。これ銀行カードでも暗証番号読めるんじゃね?』
『冗談のように聞こえるが冗談ではない件』
俺はもう一度、パネル右下の解除記号に指先を寄せた。
あと数センチで指先が触れる、その手前で。
シオがぴくっと身を硬くした。
ドームの光が少しだけ揺れた。
俺は手を止めて振り返る。
フレーム最上部の端に男が1人立っていた。
黒い袖無しのコートの下に、機能性重視のスーツとベスト。
顎には伸びかけの無精髭。背中に細長い金属ケースを背負っている。
ついさっきまで、誰もいなかったはずの場所だ。
梯子を登ってきた音もない。
だが俺は目の前の男の顔に見覚えがあった。
あの神父と一緒にいた、もう一人の方だ。
男は柵もないフレームの端に立ったまま、軽く首を傾けて口の端を上げた。
「まいったっす。ダンジョンコアの扱い自体、世界でそもそもよくわかってないはずなんすけど、なんで解除まで辿り着けたっすかね」
異質な雰囲気を纏った男の登場に、俺は思わず生唾を飲み込んだ。
「あなたは…何者なんですか」
「何者…っすか。そうっすね…まぁただ者ではないのは確かっす」
読んでいただきありがとうございます。
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