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死にかけた先に、Sランク素材があった

 返事は、なかった。


 暗い通路の奥に声を投げて、十秒ほど待ったが、何も返ってこない。

 コメント欄も止まっていた。

 視聴者たちが画面の前で息を潜めているのが伝わってくるようで、妙な緊張感があった。


 また一歩、足音がした。今度はもう少し近い。


 「……近づいてきてます」


 声を落として言う。


 『どっち方向』

 『魔物じゃないの?』

 『回収屋さん逃げて』


 「足音が軽い。魔物なら地面の振動がもっと違います」


 そう判断して、俺は懐中電灯を奥に向けた。光の輪が通路の先を照らす。


 壁に張り付くようにして、人影が立っていた。


 体が小さい。

 装備はある程度揃っているが、フル装備というより急ごしらえに見えた。

 光に照らされた顔が、こちらをぱっと見て固まる。


 「……人間、ですか」


 女の声だった。思ったより若い。


 「そうです。あなたは?」

 「え、あの……道に、迷って」


 俺は息を一つ吐いた。


 迷子だ。



   ◇



 近づいてみると、相手は十代後半くらいに見えた。

 ライトの光でざっと確認すると、怪我はなさそうだが、顔色が悪い。

 かなり長い時間、ここをうろついていたのかもしれない。


 「カエデ、です。すみません、境界を間違えて……」


 「今のは中層エリアです。上層からどこで入ってきましたか」


 「第三ルートの分岐点で、左に行ったら……気づいたら標識がなくなってて」


 境界標識の近くに迷い込んだパターンだ。

 珍しくはないが、一人で中層に入ったら普通は洒落にならない。


 コメントが静かに流れていた。


 『生きてて良かった』

 『早く出口まで連れてって』

 『回収屋さんが来てくれて良かったな』


 「配信中なんですが、一緒に戻れますか。出口のルートは把握してます」


 カエデが俺の胸元のスマホに気づいて、一瞬驚いた顔をした。


 「……配信、してたんですか」


 「はい。まずいですか」


 「い、いえ……顔は映さないでほしいですが」


 「レンズは前向きなので大丈夫です。行きましょう」


   ◇


 来た道を戻りながら、カエデの状態を確認する。

 体力はまだ残っているし、足元もしっかりしている。

 このルートなら十五分もあれば上層に抜けられるはずだった。


 だが、五分ほど進んだところで、空気が変わった。


 通路の奥から、低い振動が伝わってくる。

 石の床を通る、重い何かの足音だ。

 先ほどのカエデの足音とは比べ物にならない。


 【鑑定】を奥に向けてみる。


 ――――――――――――――――――――

 鉄甲亀・成体

 危険度:中〜高

 弱点:腹部 / 背甲の継ぎ目

 行動傾向:縄張り内の侵入者を追跡、長時間追尾する

 推奨:縄張りから出るか、高所へ回避

 ――――――――――――――――――――


 「……魔物がいます。追われる前に動きます」


 『え』

 『やばい』

 『早く』


 「走れますか」


 カエデが頷く。俺は先に立って、走り始めた。


 鉄甲亀は足が遅い代わりに、一度追跡を始めると諦めない。

 高所への回避が推奨されているが、この通路に高い場所なんてない。

 縄張りの外まで距離を稼ぐしかなかった。


 コーナーを曲がり、また曲がる。後ろから低い足音が続いてくる。

 追いついてはこないが、止まってもいない。


 「もうすぐ境界標識が見えるはずです。そこまで行けば縄張りの外です」


 カエデが息を切らせながら頷く。

 俺も余裕があるわけじゃないが、足は動く。


 そのとき、通路の床で何かが光った。


 踏まないように足を横にずらした拍子に、目が行く。

 黒い石だ。握りこぶしくらいの大きさで、表面がわずかに発光している。


 本能的に拾い上げていた。


 走りながら、ポケットに突っ込む。


   ◇


 境界標識を越えた瞬間、後ろの足音が止まった。


 俺とカエデは通路の壁に背中を預けて、しばらく息を整えた。


 「……抜けました」


 コメントが一気に動き出す。


 『生きてたー!』

 『よかった』

 『カエデさん無事で良かった』

 『ずっとハラハラしてた』


 カエデが膝に手をついて、大きく息を吐いた。


 「ありがとうございます……本当に助かりました」


 「上層の出口まで送ります。あと五分かかりません」


 歩き出しながら、ポケットに入れた黒い石のことを思い出した。

 走りながら拾ったので、何かも確認できていない。


 足を止めて、取り出す。


 発光は止まっているが、重さがある。

 見た目はただの黒い石だ。念のため、【鑑定】を向けてみた。


 ――――――――――――――――――――

 魔核晶(完全体)

 希少度:S

 現在価値:極大

 推定市場価値:三十万〜五十万円

 備考:完全な核を内包する魔力結晶体

 産出率が極めて低く、現在の市場では取引数自体が稀

 推奨:専門オークションへの出品、または直接クランへの売却

 ――――――――――――――――――――


 手が止まった。


 「……S、ランク」


 声に出てしまった。


 「どうかしましたか?」とカエデが振り返る。


 「いや……これ、拾った石なんですが」


 コメントを確認すると、すさまじい勢いで流れていた。


 「鑑定結果、読み上げます。希少度S。現在価値、極大。推定市場価値が三十万から五十万円」


 『は?』

 『S!?!?』

 『走りながら拾った石が!?』

 『嘘でしょ』

 『運が良かっただけって言いそう』


 カエデも目を丸くしてこちらを見ている。


 「……本当に、ただ足元に落ちてたやつを踏まないように拾っただけです」


 「それがS素材なんですか」


 「鑑定だとそう出てます」


 しばらく二人とも、黙って石を見ていた。


 コメントはずっと流れ続けていた。



   ◇



 カエデを上層の出口まで送り届けて、俺は一人で搬入口へ向かった。


 配信を閉じる前に視聴者数を確認した。


 1,047人。


 「……」


 数字を二度見した。三桁を超えたのは今夜が初めてだ。

 鉄甲亀に追われていた時間帯に急上昇したらしく、コメントを遡ると別の配信者のアカウント名がいくつか混ざっていた。

 どこかで拡散されたのだろう。


 「今日はここまでにします。カエデさんが無事で何よりでした。Sランクの石は明日にでも専門業者に相談します。また報告します」


 コメントが流れる。


 『お疲れ様でした』

 『今日の配信すごかった』

 『毎回何かある』

 『絶対また見に来る』


 配信を閉じた。



   ◇



 家に帰り着いて、黒い石を机に置いた。


 三十万から五十万。

 どちらに転ぶにしても、今まで一度に手にしたことのない金額だ。

 重さは変わらないのに、なぜか石が違うものに見えてくる。


 スマホに通知が三件来ていた。


 一件はダンジョンTubeの配信収益通知。

 一件は登録者数の増加アラート。

 そして最後の一件は、見慣れないアカウント名からのメッセージだった。


 送信者名に、クランのロゴマークが入っている。


 「回収屋さん、突然のご連絡失礼します。私どもは《灰鉄の牙》クランと申します。本日の配信を拝見しまして、ぜひ一度、直接お話しさせていただけませんでしょうか」


 俺はしばらく画面を見つめてから、石と並べてスマホを机に置いた。


 ………クラン?

読んでいただきありがとうございます。

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