中層の廃棄エリアに、一人で踏み込む
朝、スマホを開くと管理局からのメッセージが届いていた。
昨日持ち込んだ地図の件だ。
「提出いただいた記録図について、現在確認中です。内容によっては謝礼をお支払いする場合があります。今しばらくお待ちください」
今しばらく、か。急かすつもりはないが、いつになるかも分からない。
まあ待てばいい。
それより、もう少し前から気になっていることがあった。
品川第七ふ頭ダンジョンの上層。
三回の配信を経て、俺はここの構造をだいぶ覚えてきた。どこに何が落ちやすいか、どの通路にゴミが集まりやすいか、どのタイミングで探索者が増えるか。
その感覚が分かってきた分、逆に少し物足りなくなっている。
中層の廃棄エリアはどうなっているんだろう。
考えていたら、その日の夕方には搬入口へ向かっていた。
◇
あの中年男は今日も缶コーヒーを片手に、搬入口の脇に立っていた。
品川第七ふ頭ダンジョンは、搬入口をくぐった先がB1Fで、そこから下へ潜るごとに階層が増えていく。俺がこれまで活動してきたのはB1FからB5Fまでの上層で、配信も回収も全部ここだ。危険度が低く、回収班なら資格だけあれば入れる。
その下、B6Fから始まる中層は話が違う。探索者でも一人で気軽に入れる深さじゃない。
「中層の廃棄エリアって、回収班でも入れますか」
「は? また変なこと考えてるか、お前は」
男は缶コーヒーを一口飲んでから、俺をじっと見た。
「上層が物足りなくなったか」
「少しだけ」
「正直だな。まあ……入れないことはないが」
少し考えてから、彼は続けた。
「中層廃棄エリアは上層と違って、魔物が完全に排除されてるわけじゃない。B5FとB6Fの間に封鎖標識はあるが、そこから先の区切りが曖昧でな。回収班が入れるのはB6F付近の廃棄スポットだけで、そこより深く進むのは自己責任になる」
「B6F付近の廃棄スポットだけなら」
「……本当に行く気か」
「入れるなら行きたいです」
男はしばらく俺の顔を見てから、手帳に何かを書いて渡してきた。
「入場許可の申請ルートだ。上層より手続きがいる。明日の昼までに出せ」
「ありがとうございます」
「ただし一つだけ条件がある」
「何ですか」
「変なもん見つけても、上層のときと同じにしろ。先に俺か管理班に報告してから動け。勝手に動くな」
「分かりました」
男は満足そうに頷いて、また缶コーヒーを傾けた。
「まあ、中層の放棄品は品質が違う。上層で拾えるものとはスケールが別物だ。それだけは言っとく」
◇
翌夜、中層廃棄エリアへの入場許可を取って、ダンジョンの中へ入った。
四回目の配信も、同時に始める。タイトルは「深夜ダンジョン回収屋 初めての中層エリア」にした。
配信ボタンを押すと、最初から21人がいた。
『おっ来た』
『今日のタイトル!?』
『中層行くの!?』
「中層の廃棄エリアです。入場許可は取りました。ただ探索者エリアとの境界が近いので、変なことが起きたら即撤退します」
『まじか』
『慎重で安心する』
『どんなもの落ちてるんだろ』
「俺も気になってます」
上層との差は、入ってすぐに分かった。
温度が少し低くて通路が広く、照明が暗い分だけ足元が見づらい。
放棄品の量は上層より少ないが、一つ一つのサイズが大きかった。
割れた盾、砕けた大剣、中型以上の魔物から採れる素材の残骸。上層とはスケールが違う。
「雰囲気が違いますね。全体的に重い感じがします」
『緊張してきた』
『無理せんでくれよ』
『回収屋が慎重に行くなら本当に気をつけた方がいいな』
「怖いというより、丁寧に行きたいという感じです」
一つ一つ、【鑑定】を使いながら進んでいく。
最初の十分は外れが続いた。
質は良さそうなのに、拾う価値があるものになかなか当たらない。
◇
変化は、奥の行き止まりに近い区画で起きた。
壁際に、黒っぽい石の欠片が三つ、バラバラに転がっていた。大きさはそれぞれ違うが、色と質感が似ている。同じ何かが壊れて散ったように見えた。
「これ……三つとも同じ素材に見えますけど」
一つ目に【鑑定】を向ける。
――――――――――――――――――――
魔核石・欠片(破損)
希少度:A
現在価値:低(単体)
備考:中核部を持つ完全体の破砕品
同種欠片3個以上で再圧縮が可能
完全体の市場価値:十四万〜二十万円程度
推奨:専門業者による再圧縮処理
――――――――――――――――――――
「……希少度A」
声が少し上がった。
二つ目。
――――――――――――――――――――
魔核石・欠片(破損)
希少度:A
再圧縮適合:確認済み(一つ目の欠片と同一個体由来)
――――――――――――――――――――
三つ目。
――――――――――――――――――――
魔核石・欠片(破損)
希少度:A
再圧縮適合:確認済み(同一個体由来・3個で再圧縮完了可能)
――――――――――――――――――――
「……全部、同じ石から割れた欠片みたいです」
コメント欄が一気に流れ始めた。
「一個一個はハズレ扱いで転がってたんですが、三つ揃えれば完全体に戻せるって出てます。戻したときの市場価値が……最大で二十万円程度」
『は?』
『その三個で!?』
『上層じゃこんなもん絶対出ない』
『鑑定で繋がりまで見えるんか』
「たぶん、ここで戦闘があって、魔物か装備のどちらかが壊れて飛び散ったんだと思います。探索者が回収しなかったのは、欠片一個じゃ価値が分からなかったからじゃないですかね」
『繋げて考えられるのが鑑定の強みか』
『回収屋の視点がエグい』
三つの欠片を慎重に布に包んで、鞄に入れた。視聴者数は54人になっていた。
◇
さらに少し奥へ進んだとき、背後で微かな音がした。
足音だ。
石の上を踏む、人間のものに近い音。魔物の足音とは違う。
俺は動きを止めて、耳を澄ませた。
配信はまだ続いている。コメントの流れが、一時止まった。
『……誰かいる?』
『気のせい?』
『回収屋さん、気をつけて』
「……誰かいますか」
声が暗い通路の奥に吸い込まれていった。
しばらく、何も返ってこなかった。
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