知名度
朝、スマホを確認した。
正体特定スレに新しい書き込みはなかった。
昨夜の『真壁』という投稿はそのまま残っていて、その下に批判のレスが十数件積み重なっている。投稿者本人はそれ以降何も書き足していなかった。
スレを閉じた。
動きとしては小さい。
それでも、苗字が出た事実は記録として残ってしまう。
次の一手が出るとすれば、どこから出てくるかは分からない。
◇
午前中に榊から通話があった。
「真壁さん、おはようございます。スレ、また見てます」
「昨夜の流れから何件か追加されてました。さっき自分でも確認したところです」
電話の向こうで、榊が短く息を吐いた。
「今は何もしない方がいいです。返事をすると、それ自体が本人確認になりますから」
「そう思って動いてないです」
「ただ、現地側の動きは少し気にした方がいいかもしれません。スレが伸びると、品川の現場まで確認しに来る人間が出てくることがあります」
言われれば確かにそうだ。
ネットの話だからと静観していても、足を運んでくる者は出てくる。
「入り口の時間帯と動線を変えます」
「それがいいと思います。何か動きがあれば、こちらからも連絡します」
「お願いします。助かります」
通話を切った。
◇
昼過ぎに浅田へメッセージを送った。
『ネット上で苗字が出てしまいました。今後の公式依頼での接触方法や時間帯について、何か対応を入れた方がよさそうですか』
返信はすぐに来た。
『入口周辺の不審な動きがあれば管理局側でも対応します。ただ、ネット上の噂自体を止める手段はこちらにもありません。公式依頼の方は、時間を夕方以降にずらすか、別の入口を使う手順に変更できます。次回以降の調整で対応しますので、日程が決まり次第こちらから連絡します』
『助かります。よろしくお願いします』
返信を読み返してから、スマホをテーブルに置いた。
◇
夕方、品川のダンジョンに向かった。
いつもは使わない西口の入口から入った。
配信の機材は同じで、装備も変えていない。
変えたのは経路と時間帯だけで、15分ほど余分にかかった。
大した差ではない。
入口に見覚えのある顔がいなければ十分だった。
B1Fの廊下を確認して、中へ進んだ。
◇
夜、23回目の配信を始めた。
「今日は品川です。少し早い時間に始めています」
コメントがすぐ動いた。
『今日早いな』
『なんかいつもより静かな入りだ』
『どうした』
「特に何もないです。時間帯を少し変えてみました」
それ以上の説明はしなかった。
B2Fに入って、壁際を確認しながら進む。
◇
B3Fの奥の通路を歩いていたとき、壁の低い位置に金属光沢のようなものが見えた。
錆びた筒だった。
直径が5センチほどで、長さは30センチ程度。
外装が全体的に変色していて、継ぎ目のあたりが潰れている。
見た目はガラクタで、取り出そうとした形跡もなかった。
「壁の低いところに何か引っかかっています。確認してみます」
取り出して、【鑑定】を向けた。
――――――――――――――――――――
旧式封印筒(初期型)
希少度:B+
外装素材:魔力安定合金(初期鍛造品・現在は製造されていない)
内部残留物:触媒片×2(劣化なし)
推定売却価値:外装 42,000〜56,000円 / 触媒片 28,000〜36,000円(計 70,000〜92,000円)
備考:旧式のダンジョン管理設備に使われた保管容器。
外装素材の価値が認識されないまま廃棄されたと見られる。
内部の触媒片も劣化なく残存している
――――――――――――――――――――
「外見はかなり傷んでいますが、外装素材と中身に価値があります。合わせて7万〜9万円ほどになりそうです」
コメントがゆっくり動いた。
『これがそんな値段なの?』
『見た目じゃ絶対分からない』
『鑑定なかったら素通りしてた』
「素通りした人の気持ちは分かります。見た目で判断すれば、持ち帰る理由がない」
袋に入れた。
筒の重みが、まだ手のひらに残っていた。
◇
配信を終えたのは2時間後だった。
視聴者ピークは7,100人。静かな回だった。
部屋に戻ってスレを確認した。
昨夜の『真壁』という書き込みへの反応は少し増えていたが、決定打は出ていない。
フルネームも、職場の名前も書かれていなかった。
スレを閉じた。
画面を消そうとした指が、通知バーのアイコンで止まった。
別のアプリに通知が来ていた。
古い連絡先からのメッセージだった。
会社を辞めてから一度も連絡を取っていない相手だ。
一行だけ入っていた。
『お前、真壁だよな?』
スレに書き込んでいた誰かではない。
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