俺の【鑑定】は、装備だけじゃなく魔物の弱点まで見えていた
翌日の夕方、俺はワンルームの床に座り込んでいた。
部屋は狭い。築三十年超え、ユニットバスつき、駅から徒歩十五分。家賃だけが取り柄の部屋だ。
昨夜、回収所で拾った品はすべて査定に回した。
封印杭みたいな危ないものを持ち帰る気はないし、そもそも高く売れるなら今の俺に温存する余裕はない。
「……いや、でも七万八千円だぞ」
通帳アプリを見直しても、金額は消えない。
一晩で七万八千円。もちろん毎回そんな当たりを引けるとは限らない。だが、それでも会社で一か月ひいひい言いながら働いていたときより、よほど“自分の判断”で金を掴んだ感触があった。
問題は、その判断を支えている【鑑定】が、本当に使えるのかどうかだ。
「確認するか」
俺は深呼吸して、コンビニで買ってきたペットボトルに視線を向けた。
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緑茶(600ml)
現在価値:通常
状態:未開封
備考:賞味期限まで325日
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「……いや、そこまで分かるのかよ」
今さらながら頭を抱えたくなる。
昨夜までの【鑑定】とは別物だ。
そして、しばらく観察しているうちに、あることに気づいた。
「……集中すると、情報が増える?」
テーブルを見ながら意識を深く向ける。すると一段下に、新しい行が浮かんだ。
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修理難度:低
推奨処理:右脚部のネジ締め直し
想定耐用:半年〜一年
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思わず息を呑む。
なるほど。
ただ眺めるだけなら簡易表示。意識して掘ると、詳しい情報が出る。
これ、かなり危ない能力じゃないか?
正直、配信で目立ちたいとか、探索者としてのし上がりたいとか、そういう野心はまだ薄い。だが少なくとも、これがあれば『見えない価値を拾う』仕事はできる。
と、そのときスマホが震えた。
昨夜登録した回収スタッフ用の簡易アプリから通知が来ていた。
■品川第七ふ頭ダンジョン
■深夜回収スタッフ募集
■本日 23:00〜 / 人手不足につき単価優遇
「行くしかないか」
俺は迷わなかった。
◇
二日続けての品川第七ふ頭ダンジョン。
ゲート前の風景は昨夜と似ていたが、今日は少しだけ騒がしい。
取材用らしい小型ドローン。明るすぎる照明。スポンサー名の入ったジャケットを着た若い男女。
「ああ……配信者か」
最近は珍しくもない。都市型ダンジョンの低層は、探索というより『見せ場を作る場所』として消費されることが多い。初心者向け、映像映え、撤退しやすい。配信との相性がいいのだ。
「お、昨日の新人じゃん」
搬入口前で、あの中年男が煙草をくわえたまま片手を上げた。
「また来ました」
「熱心だな。まあ今日は稼げるかもな」
「何かあるんですか」
「人気配信者が入ってる。人が多い日は散らかるんだよ。お前ら回収班はその後始末」
「なるほど」
「ただ今日はちょっと気をつけろ。第三ルート側、昼から変な反応が出てる」
「変な反応?」
「魔力濃度がぶれてる。低層じゃ珍しい。ま、封鎖するほどじゃないらしいが」
嫌な予感、という言葉が頭をよぎった。
とはいえ、俺は戦闘員じゃない。危険なら近寄らない。それだけだ。
装備を受け取り、低層へ入る。
ダンジョン内部は昨夜よりも明るかった。配信用の照明魔具があちこちに置かれ、遠くから派手な声が響いてくる。
『はいどうもー! 本日はこちら、品川第七ふ頭ダンジョン第三ルートからお届けしていまーす!』
『今日は初心者向けの安全ルート紹介! 企業案件なんで装備レビューも兼ねていきます!』
「安全ルート、ね……」
俺は苦笑して、壁際の回収対象に目を向けた。
今日もゴミは多い。使い捨て照明具、欠けたナイフ、魔力切れの護符、割れたポーション瓶。
だが、見える。
昨日よりもずっと、はっきりと。
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廉価照明具(放棄品)
価値:低
再利用:可
備考:光量低下のみ、魔石交換で再使用可能
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鉄製ナイフ(刃こぼれ大)
価値:低
用途:解体補助、投擲用再加工向き
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そして、壁際の黒ずんだ石の亀裂へ視線を向けた瞬間だった。
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岩壁(擬態菌付着)
状態:不安定
注意:振動刺激で幼体群が活性化
推奨:接触禁止 / 速やかに離脱
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「……は?」
どう見てもただの壁だ。だが表示には、はっきりと『擬態菌付着』『幼体群が活性化』とある。
その意味を理解する前に、少し先の通路から歓声が聞こえた。
『じゃあ壁際の採取ポイントも見せますか!』
『ちょ、ケンジさん、それ叩くのアリですか? 隠し部屋判定とかあるんじゃ』
『ダンジョンあるあるだろ。こういう怪しい壁は一回叩く!』
「馬鹿!」
思わず声が出た。
直後、ゴン、と鈍い音が通路に響く。
一秒。
二秒。
三秒目で、壁が割れた。
いや、壁が割れたんじゃない。表面の岩がぶくぶくと膨れ、そこから黒い塊が一斉に這い出してきた。
『うわっ、何これ!?』
『虫!? 虫! キモっ!』
『待って待って数多くない!?』
岩に擬態していた幼体群。体長三十センチほどの黒い節足虫が、十匹、二十匹、それ以上。
配信者の一人が慌てて炎弾を撃つ。だが通路が狭いせいで味方を巻き込みそうになり、後衛が悲鳴を上げる。
『やべっ、下がれ下がれ!』
『ライト倒した! 見えない見えない!』
『コメント荒れてるって! 誰か指示して!』
見れば分かる。完全にパニックだ。配信慣れしているせいで、危険に直面したときの動きが遅い。
だが、俺の視界には別の情報が浮かんでいた。
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擬態菌殻虫・幼体
危険度:低〜中
弱点:腹部節間 / 強光 / 乾燥薬剤
行動傾向:群れで包囲、単独では脆弱
注意:親個体が近傍に存在する可能性
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親個体?
今ここで手間取れば、もっとまずいことになる。
「そこの配信者!」
俺は通路の角から声を張った。
全員が一斉にこっちを見る。カメラまで向いた。
「火を使うな! 通路が狭い、酸欠になる!」
『は!? 誰!?』
「前に出てる二匹だけ腹を狙え! 後ろは照明を集めて壁に向けろ! 明るくしろ!」
『え、ちょっと――』
「早く!」
最前列にいた軽装の男が半ば反射的に短槍を振るう。俺の言った通り、腹部の節間に突き刺さった瞬間、虫があっさり絶命した。
『うそ、柔らかっ』
「次、照明! 明るくしろ! そいつら光が苦手だ!」
後衛の女が慌てて倒れた照明具を拾い、魔力を流す。青白い光が一気に広がった。
すると虫たちの動きが目に見えて鈍る。
『止まった!?』
『誰だ今の声』
『指示うますぎ』
『フードの人、何者?』
『これ配信者より有能では』
「今だ、足元だけ処理しろ! 壁に近づくな!」
数は多いが、一匹一匹は弱い。問題は恐慌状態になって押し負けることだった。
配信者たちはバタつきながらも、徐々に立て直していく。だが俺は、さらにまずいものを見つけてしまった。
通路奥の天井付近。黒くこびりついた岩の塊。
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擬態菌殻虫・母体殻
状態:休眠直前
刺激閾値:中
注意:高音・魔力照射で活性化
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「……最悪だ」
ライトを集めたのは正解だった。だがこれ以上ここで騒げば、母体まで起きる。
「全員、その場から下がれ!」
『え、でも雑魚はもう――』
「いいから三十メートル下がれ! 親がいる!」
その言葉で空気が変わった。
『親!?』
『聞いてないんだけど!』
『コメントが「後ろ! 天井!」って言ってる!』
誰かが上を向いた瞬間、天井の黒塊がひび割れた。
バキ、と嫌な音。そこから、子どもの頭ほどある節足の脚が伸びる。
『ぎゃあああああっ!?』
「照明全部、奥じゃなく手前! 眩ませてから逃げろ! 撮影班は機材捨てろ、命優先!」
今度の声には、配信者たちも逆らわなかった。
照明が一斉に投げ込まれ、母体殻の目前で光が弾ける。節足虫が一瞬ひるむ。
「今だ、走れ!」
通路に靴音が響く。叫び声、罵声、息切れ、機材の落ちる音。そのすべてを背に、俺も走った。
◇
安全圏まで戻ったところで、全員がへたり込んだ。
『はっ……はっ……』
『死ぬかと思った……』
『機材、三台置いてきた……』
派手なジャケットを着た男――たぶん配信のメインをしていたやつが、肩で息をしながら俺を見た。
「……あんた、誰?」
「回収班です」
「回収班?」
「ゴミ拾いのバイトです」
一瞬、沈黙。
次いで、撮影担当らしい女が震え声で言った。
「なんでそんなの分かったの……?」
「見れば、なんとなく」
「なんとなくで死ぬところだったんだけど」
「死ななかったなら良かったでしょう」
我ながら可愛げのない返事だと思う。
だが、あまり深入りしたくない。今のは咄嗟に助けただけだ。配信に出るつもりもないし、名前を売りたいわけでもない。
俺が踵を返そうとしたとき、配信者の男が慌てて呼び止めた。
「待って、せめて名前!」
「いりませんよ、そんなの」
「いや、視聴者が気になってる。コメント欄があの人誰だ、で埋まってる」
「フード……?」
そういえば作業着の上から、持ってきていたパーカーを羽織っていた。
撮影担当の女が手元の端末を見せてくる。画面には、乱れた配信映像と高速で流れるコメント。
『誰あの人』
『指示うますぎ』
『回収班ってマジ?』
『さっき三秒後に湧くみたいなこと言ってたよな』
『ガチ勢じゃん』
『フードの兄ちゃん何者?』
「……見せないでください、そういうの」
「いやもう映ってるし」
「最悪だ」
すると配信者の男が、少しだけ真面目な顔になる。
「助かった。マジで」
「なら、次から安全ルートって言葉を軽々しく使わないでください」
「うっ……」
「低層でも事故るときは事故ります」
「……はい」
素直にしょげたので、少しだけ溜飲が下がる。
「あと、第三ルートはしばらく封鎖申請した方がいい。母体がいるなら周辺にも巣があるかもしれない」
「分かるの?」
「推測です」
「いや、さっきからその推測の精度がおかしいんだよ……」
それには答えず、俺は今度こそその場を離れた。
◇
その後、現場は少し騒ぎになった。
管理班が第三ルートを一時封鎖。配信者たちは事情聴取。俺も回収班として簡単な聞き取りを受けたが、目立った問題にはならなかった。
むしろ問題は、休憩所に戻ってからだった。
「お前、例の回収班か?」
自販機で水を買おうとしたところで、見知らぬ男に声をかけられた。首からスタッフ証を下げた若い職員だ。
「例の、とは」
「配信事故止めたって。もう切り抜き回ってる」
「早くないですか?」
「今の配信界、早いぞ」
男はスマホを見せてきた。
そこには、短い動画が再生されていた。
暗い通路。混乱する配信者たち。そして画面外から響く、俺の声。
『火を使うな!』
『照明を集めろ!』
『親がいる、走れ!』
それだけの映像だ。顔もほとんど映っていない。フードと横顔が少し、声がはっきり入っている程度。
再生数は、もう数十万に届きかけていた。
「……嘘だろ」
「コメント欄、フードの指示ニキ、で盛り上がってる」
「やめてくれ」
「無理だな。さっきの配信者、登録者多いし」
男は楽しそうに言った。
だが、俺として本当に重要なのはそこじゃない。
【鑑定】が装備品だけじゃなく、魔物や地形の危険性まで見抜けると分かったこと。
そしてもう一つ。
今日の回収コンテナには、騒ぎのせいで大量の放棄品が流れ込んでいる。
「……仕事するか」
誰にも聞こえないように呟いて、俺は再びダンジョンへ向かった。
さっきまでの恐慌が嘘みたいに、胸の奥は静かだった。
通路の奥、配信者たちが慌てて捨てていった機材ケースの脇に、ひしゃげた銀色の腕輪が落ちていた。
何気なく視線を向ける。
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封雷の腕輪(損傷)
希少度:A
現在価値:低
潜在性能:雷属性軽減 / 麻痺耐性上昇
備考:表面術式の再刻印で復元可能
推奨市場:対雷獣専門クラン、高額買い取り可
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思わず口元が緩む。
「……やっぱり、宝の山じゃないか」
誰かにとっては事故の後始末。
でも俺にとっては違う。
ここはもう、ただのゴミ捨て場じゃない。
人生を拾い直す場所だ。




