ダンジョンに、誰かが罠を仕掛けていた
神崎への返答を、三日間考えた。
断る理由は、やはり出てこなかった。
ただ、無条件で受けるつもりもなかった。
「条件を追加させてください」
鷹坂経由でメッセージを送った。
三点だ。
一点目:月の依頼は上限2回まで。
二点目:配信が入る日は優先できない。
三点目:依頼内容によっては断れる権利を持つ。
返答は四時間後に来た。
神崎本人からで、「了解しました」の一行だった。
交渉でも何でもなかった。
最初から断るつもりがなかったのだろうと思った。
◇
ミミックの外殻を素材業者に持ち込んだ。
担当者が手に取って、少し目を細めた。
「これ、どこで手に入れましたか」
「B5Fで脱皮片が落ちてました」
「……触ってないですよね」
「本体には触れてないです」
「それが一番大事です」
鑑定書を作成してもらい、29万円で売却した。
推定より少し低かったが、現物を見てからの提示額なので妥当だと思った。
◇
夜、八回目の配信を始めた。
登録者は2,680人になっていた。
今夜もB5Fだ。
前回はミミックを見つけた区画を迂回したが、今日はその先の通路を確認したかった。
『また来た』
『今日もB5?』
『ミミックいる?』
「今日は先週とは違うルートです。同じ区画にはいないと思いますが、念のため遠回りします」
進みながら、壁際と床を丁寧に確認していく。
B5Fは上層の端で、探索者の往来が少ない。
放棄品も少ないが、残っているものの質が違う。
三十分ほど進んで、通路の分岐に差し掛かった。
行き止まりに近い側の壁際に、小さな布包みが置いてあった。
落ちているのではなく、置いてある。
床に対して角度がそろっている。
誰かが意識して置いたように見えた。
「……これ、落としたんじゃなくて置いてありますね」
『え』
『なんで?』
『忘れ物?』
「分からないですが、鑑定してみます」
包みを開けると中に護符が入っていた。
見た目は普通の封護符だ。傷もない。
【鑑定】を向けた。
――――――――――――――――――――
呪詛付き護符・設置型(起動待機中)
希少度:C(素材としての価値は低い)
現在価値:なし
状態:危険
備考:通常の護符に呪詛術式を重ねて封入したもの
拾い上げた者の魔力に反応して術式が起動する仕組み
術式の構造が先日確認された汚染護符と同系統
推奨:即時設置元に戻す、または専門機関へ提出
――――――――――――――――――――
「……」
俺はそっと護符を包みに戻した。
「これ、罠です」
コメントが止まった。
「拾い上げた人に術式が起動するように作られてる。置き去りにしたんじゃなくて、意図的に仕掛けてある。しかも術式の構造が、前に確認した護符の汚染と同じ系統だと出ました」
一秒の間。
そしてコメントが全速力で流れた。
『は?』
『罠ってこと!?』
『意図的に置いたやついるの』
『それやばくない普通に』
『管理局に言うやつじゃん』
「触らずに済んでよかった。このまま置いておくのは他の探索者に危ないので、管理局に報告します。今日はここで引き返します」
『正解』
『他に仕掛けてある可能性あるよね』
『回収屋さんだから気づいたんだよな……』
配信を閉じながら、管理局のアプリを開いた。
◇
管理局への報告は、アプリの『危険物発見』フォームから送った。
位置情報と写真を添付して、鑑定結果の内容も文字に起こした。
十分もしないうちに返信が来た。
「確認のため担当者を現地に派遣します。発見場所を動かさないようにしていただきありがとうございます。追ってご連絡します」
続けて鷹坂にもメッセージを送った。
護符の件だけ、端的に。
「B5Fで意図的に設置された呪詛護符を発見しました。術式の構造が、先日確認した汚染護符と同系統です」
返信は珍しく速かった。
「……確認します。詳細を教えていただけますか」
今日初めて、鷹坂の文面から「落ち着き」が少し消えた気がした。
◇
帰り道、配信後のコメントがまだ流れていた。
ピーク視聴者数は3,100人を超えていた。
スマホを見ながら歩いて、少し考えた。
護符の汚染が一業者の問題なら、在庫を引き上げれば話は終わる。
でもダンジョンの中に仕掛けが置いてあるなら、話が違う。
それは探索者全員に向けた何かだ。
クランへの嫌がらせじゃない。
もっと広い話かもしれない。
鷹坂からメッセージが来た。
「神崎も同席で、明日改めてお話しできますか」
読んでいただきありがとうございます。
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