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抜き打ちテストは婚約破棄で

作者: いのりん
掲載日:2026/03/22

(急にどげんした(どうしたの)、王子はびんた(あたま)とち狂うたん(おかしくなったの)かしら?)


 サトゥマ・シマーズはそんなことを考えていた。訳が分からなかったからだ——驚きのあまり思考についうっかり辺境領訛りが混じってしまうくらいには。


 無理もない、他国の貴賓も招いて行われている王家主催パーティの最中、絢爛たる大広間に王太子ビグフレド・ソーリンのこんな声が響き渡ったのである。


「サトゥマ・シマーズ辺境伯令嬢よ、貴様との婚約を破棄する」


 騒つく会場。びしりと指を突きつけられた令嬢サトゥマに注目が集まる。


 質実剛健を旨とする尚武しょうぶの名門、シマーズ家。

 高い武力と国内外からの信望を誇るかの名家に対し、近年権謀にかまけ過ぎるあまり信と国力を失いつつあった王家は政略結婚を申込んでいた。そう、王家側から申し入れての政略結婚である。そこで次期王妃として白羽の矢がたったのが、つい先程婚約破棄を言い渡された女、サトゥマ・シマーズだった。


「何故でございましょうか」

「ほう、心当たりはないと?」

「僭越ながらその通りにございます」


 この回答は至極当然である、多岐多端な王妃教育だったが、サトゥマはしっかりとノルマをこなしていた。

 大きなやらかしをすることもなく、まもなく全課程を完了し婚姻成立となる予定だったのである。


「この期に及んで白を切ろうなどとは、見苦しいにも程がある!貴様は我が幼馴染、ソアマク・ヨリヒミ伯爵令嬢に嫉妬し度重なる嫌がらせをしてきたであろう。身に覚えなしとは言えまい!」


 芝居がかった調子で言い放つ王子、大声を張っていて中々の迫力だが、詰められたサトゥマ・シマーズはというと


(こんし(この人)、毒キノコば当たって幻覚でん見たんかしら?)


 なんて呑気に考えていた。

 それはそうだろう、王子に幼馴染がいるのは知っていたが殆ど話した事もないのだから。そもそも王妃教育は多忙で四六時中人がついており、そんなことをしている暇もない。


 だがーー


「証拠は上がっているのだ。そうだろうソアマク」

「殿下のおっしゃる通りですわ」


 笑顔を浮かべ王子の横に立つ女の姿をみて、概ねの事情を悟った。


(なっほど(なるほど)あたいは(わたくしは)はめられたんね)


 シマーズ家は権謀を得意としない。


 しかし一応、王子に悪い虫がついていないか等を定期的に調査させてはいたのだ。そんな中、こちらに一切気取らせることのない急襲。敵ながらアッパレとしか言えない。

 ならばきっと周到に準備して来たのだろう。発起人が王子かその隣りの女かは分からないが、抗弁しても勝てる見込みはないとサトゥマは判断した。


「しかしまあ、俺も鬼ではない。彼女に謝罪し今後も王家に忠誠を誓うようならーー」


 そしてそのまま畳み掛ける王子の言葉を


「ここはわたくしの首一つで場を収めてくださいませんか」


 一刀両断にぶった斬った。


「な!?いや、彼女に謝罪し今後も王家に忠誠を誓うようなら俺もだな……」

「いわれのない罪です。しかしながら申開きはいたしません。結論は変わらないのでしょう?ならせめて両親に迷惑がかからないよう、この首ひとつで勘弁して頂きとうございます」


 言い切ったサトゥマに静まりかえる会場。そんな中で王子はというと、「え?どうしよう……」という顔をしていた。


 そんな静寂を破ったのは一人の男の声であった。


「合格じゃ!」


 国王である。

 それを見て、事情を知っている王家使用人達がパチパチと拍手をしはじめた。


 事情がのみこめず首を捻るサトゥマに、国王は続ける。


「今のは王妃教育の最後の課題だったのじゃ、『抜き打ち婚約破棄テスト』とでも名付けようかの?」


 曰く、突発的な事態にも取り乱さないかや、状況に応じて立ち回る柔軟さ、そして王家への忠誠心を試したかったのだ……という事らしい。


「成程、そうだったのですね」

「ははは、思ったのと違ったが少なくとも王家への忠誠はみてとれた。だが、お前はもう少し視座を高く持った方がいいぞ」


 公の場でシマーズ家を試す様な真似をし、かつ最後まで尊大な態度をとる王家に眉を顰める国賓もちらほらといたが、ともあれこうして、彼女は公の場で資質を認められることになる。

 そして一月後に辺境領でささやかに、二ヶ月後に王都にて大々的に、合計二回のセレモニーを行った後入籍する運びとなった。




 そして一月後。




(う、嘘だろう!?)


 王太子ビグフレド・ソーリンは目を白黒させていた。セレモニーのために辺境領に赴いたところ、首に剣を突きつけられているのだから。ちなみに、王と王妃は簀巻きで猿轡を噛まされた状態で床に転がっている。


「な、なんでこんな事を……」

「おかしな事をおっしゃいますね。そちらがはじめた物語でしょう」


 その問いに答えるのは、サトゥマ・シマーズ。



「代々シマーズの役割は、不要な血が流れぬようその武威をもって国に安寧をもたらすことでした。そんな家が最も避けねばならないことはなにか、わかりますか?」

「は、敗北すること……?」

「いいえ、ちがいます。戦で百戦百勝はむりですから。それよりも避けねばならないのは侮られることです。ゆえに我々は戦になれば命を捨てる覚悟で臨んできました。しかしながら——」


 笑顔を浮かべているが、目は笑っていなかった。


「王家はわたくしを、ひいてはシマーズを試しておられた。()()()()()()()()()()。脅せば畏れ入って許しを乞うだろう、自分達にひれ伏すでしょう、と」


 そこで王子は、というか王族は事の重大さを理解した。そして顔を真っ青にした。

 元々、王家はシマーズとの婚約破棄などするつもりはなかった。最終試験と銘打ちその実は王家の権力と優位性を示す、ただそれだけのつもりだったのだ。


 しかしそれが、シマーズの逆鱗だったらしい。


 サトゥマは王子に伝える。

 武家が舐められたら、後に待つのは衰退ばかりだ。故に舐めた相手には何があっても抗わねばならぬ、例えその相手が王家だとしても……

 そうでなければ家が歴代命をかけて保ってきた威信に関わる。そして抗うのが正しいとすれば、あとはどうやって勝つかという問題になってくると。


 今日がその決行日だったのだろう。


「首だけとなる前に、申しひらきはありますか?」

「す、すまなかった!」


 王子は、プライドを捨ててひれ伏した。

 死ぬのは、どうしても嫌だったのである。


「こ、こちらが間違っていた!反省しているから命だけは助けてくれ。と、というかそもそも父上がテストの事を言い出した時、俺は乗り気ではなかったのだ。」


 言い切った王子。場に静寂が響く。

 そんな中でサトゥマは彼女の父、辺境伯へと視線を向ける。その男が発したのはこんな言葉であった。


「不合格」


 それを聞いた兵士は剣を下ろして、他の王族の縄を解きはじめた。事情が飲み込めずぽかんとする王族一同に、辺境伯は説明する


「そちらが娘ん事を試すちゆなら、こちらも王子を試すとが筋ちゅうもんじゃ」


 先先代の国王は非常に良くできた人物で、故にシマーズ家も忠誠を誓い王国と辺境領はそれぞれの発展に尽力してきた歴史がある。そして、かの先先代国王はこうも言っていた「もし子孫が暗愚に堕ちる事があればシマーズ家は国を見限ってくれても構わない」と。


 故に、シマーズ家は今日、王子を試した。土壇場で胆力を発揮できるか、これからも自分たちの忠誠を誓い支えるに足る人物かと。そして相応しいと認めればこれからも支持するつもりであったと。しかしーー


「相応しゅなかったようじゃな」


 ペラペラ言い訳臭うかっごが(臭く覚悟が)決まっちょらん、謝っくれなら初めからやっな、ほんのこて悪かと(本当に悪いと)おもっちょんならば腹をきれーーと散々な言いようである。


「ちゆわけで国王どん、辺境領は王国を抜けて独立すっ。とは言えおい達は卑怯な不意打ちを好みもはんで、文句があっようなら後日正々堂々と戦いもんそ。」




 そんな事があったさらに一月後。


 完全にメンツを潰された形になったソーリン王家はシマーズとの開戦を企画していた。だがーー


「ええい、まだ戦の準備は整わんのか!」


 準備は一向に進む気配がない。

 どの家も、落ち目王家への義理立てなどのために自らがシマーズと事を構えるのを嫌がっているからだ。


「ヨリヒミ伯爵は何をしておる、国難の際は一番槍を務めると豪語しとったろうが。ソアマクへ婚姻話も出してやっとるというのに!」

「現在、持病のぎっくり指と腹の魚の目で戦える状況にないから一番槍は他家に譲ると書状が届きました。あと、ソアマクは真実の愛を見つけたので辞退すると……」

「ええい!」


 怒りのあまり机を殴る国王。

 べしん、と今ひとつ迫力に欠ける音だった。


「将軍と宰相を呼べ!こんな火急に何処へいった」

「それが二人とも昨日から姿が見えません。使いをやったところ屋敷はもぬけの空でした、もしかしたら出奔したのかも……」

「ど、といつもこいつも馬鹿にしおっ……うっ!」

「ち、父上!?……これはいかん、どこか血管が詰まったのかもしれん。医者を呼べ!」


 この日以降、床にふせることになった国王。

 未婚のまま急遽後を継ぐことになったビクフレドに国をまとめる力はなかった。

 結局開戦は見送られ、以降王国は衰退の一途を辿る事となる。




 一方その頃、サトゥマ・シマーズがどうなっていたかと言うと。




「パスルタ王国の王子から求婚?また政略結婚じゃしか……」

「いや、そいもあっじゃろうが婚約破棄ん現場でわいが(お前)切ったか啖呵を見て惚れたげな。わいを嫁もれ(お前を嫁にし)いもっじょ(妹を)をこちらに嫁がせてちゆてきた(たいといってきた)


 そんなことになっていた。


「パスルタはよかど、何度か戦うたがわっぜ勇猛できもっよか奴らだ」

「友誼をきびっに値すっと?」

「ああ、うちとしてん助かっ」

「ではそん方とといえいたしもん(結婚いたしましょう)


 そうして友誼を結ぶことになった二国。

 両国とも国王夫婦は仲睦まじく、共に末長く繁栄していったそうな。

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