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それでも私は運がいい  作者: キキひげ


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第二章 母親にされていく

この物語は、正しさを証明するために書かれたものではない。

誰かを裁くためでも、許しを乞うためでもない。


私は長いあいだ、

自分の人生を「語るに値しないもの」だと思ってきた。

不幸は大げさに語るべきではなく、

苦しさは飲み込むのが当然で、

耐えられなかった自分の方が弱いのだと。


けれど、耐えた時間は確かに存在した。

泣けなかった夜も、

助けを求められなかった日々も、

すべて私の人生だった。


この物語に描かれるのは、

英雄的な克服でも、感動的な救済でもない。

ただ、守られるべき年齢で守られなかった子どもが、

その後の人生で何を背負い、どう生き延びてきたかという記録だ。


家族は必ずしも安全な場所ではない。

大人は必ずしも正しくない。

そして、子どもは想像以上に多くを理解し、

同時に、何も選べない。


私は長い沈黙の中で生きてきた。

説明することを諦め、

誤解されることに慣れ、

「大したことではない」と自分に言い聞かせながら。


それでも、言葉にしなければ終わらないものがある。

忘れることではなく、

なかったことにしないことだけが、

私に許された前進だった。


ここから先に書かれるのは、

美しく整えられた記憶ではない。

歪で、恥ずかしく、目を背けたくなる感情も含まれている。


もしこの物語が重すぎると感じたなら、

無理に読み進めなくていい。

あなたの心を守ることを、何より優先してほしい。


それでも読み続けてくれるなら、

私はここで、初めて嘘をつかずに生きる。


これは、

私が私の人生を引き受けるための物語だ。



私の母親生活は、保育園から始まった。


自分が産んだわけでも、望んだわけでもないのに、

「姉だから」「女だから」という理由だけで、

私は母親の代役にされていった。


弟の世話、着替え、機嫌取り。

できて当たり前、できなければ責められる。

誰も「子どもが子どもをやっている」という事実には目を向けなかった。


親戚は容赦がなかった。


「お前はダメだ」

「わがままだ」

「何をやっても中途半端」

「まともに母親ができないのか」


母親ですらない私に、

母親としての完成度を求める言葉が、毎日のように投げつけられた。


失敗すれば人格を否定され、

うまくやっても「それくらい当然」と片づけられる。

努力は評価されず、欠点だけが拡大されていった。


毎年、田舎に帰るたび、私は身構えた。


怒鳴り声。

叩かれる音。

視線を合わせても返ってこない沈黙。


暴力は特別な出来事ではなく、

無視は罰として機能していた。

そこでは、私が存在しないかのように扱われる時間が続いた。


家の中で、私は常に浮いていた。

逃げ場はなく、理由もなく、

ただ「気に入られない」というだけで標的になった。


救いは、祖父母だった。


多くを語らず、問い詰めず、

ただ食事を出し、布団を敷き、

「そこにいていい」と態度で示してくれた。


一方で、叔父と叔母は地獄だった。


感情をぶつける相手を必要としている大人たちの前で、

私は最も安全なサンドバッグだった。

反論しない、泣いても無力、逃げられない。

だから選ばれた。


その歪んだ怒りは、やがて私の中にも溜まっていった。


行き場のない苛立ちは、

いとこへ、弟へと向かった。

自分がされてきたことを、

無意識のうちに弱い存在にぶつけていた。


嫌悪感と自己嫌悪が、胸の奥で絡まり合った。


何もかもが嫌だった。

朝が来るのが嫌で、

家に帰るのも嫌で、

自分が生きていること自体が嫌だった。


子どもながらに、

「消えたい」

「終わりにしたい」

そう思わずにはいられなかった。


それでも私は生きていた。

生きる理由があったわけではない。

ただ、死に方を知らなかっただけだ。


この章で終わるのは、

子ども時代ではない。

「何もかも嫌だった」という感情が、

私の中に根を張った、その始まりである。


ここまで読み進めてくださった方がいるのだとしたら、

それだけで、この物語は私の手を離れたのだと思う。


書き終えてみて分かったのは、

過去は整理されるものではなく、

ただ「位置づけ直される」ものなのだということだった。

書いたからといって、苦しみが消えるわけではない。

記憶が優しくなるわけでもない。


それでも、言葉にすることで、

あれは確かに起きた出来事だったと、

自分自身にだけは嘘をつかずに済むようになった。


私は長いあいだ、

自分の人生を説明できないことを恥だと思っていた。

なぜ普通に生きられないのか、

なぜ同じところで躓くのか、

その理由を持たない自分が欠陥なのだと。


けれど今は思う。

説明できなかったのではなく、

説明する言葉を持つことを許されてこなかったのだと。


この物語に救いがあるとすれば、

それは未来の約束ではない。

ただ、沈黙してきた時間に、

ようやく声を与えたという事実だけだ。


もしこの物語の中に、

自分と重なる部分を見つけた人がいるなら、

あなたの感じてきたこともまた、

確かに存在していたのだと伝えたい。


そしてもし、

何も重ならなかったとしても、

ここまで読んでくれたあなたの時間に、

私は深く感謝する。


私はこれからも、

完璧ではないまま生きていく。

傷ついた部分を抱えたまま、

それでも自分の人生を引き受けていく。


この物語は終わるが、

私の人生は続く。

それだけで、今は十分だと思っている。


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