第一章 はじまりの嘘
この物語は、誰かを告発するためのものではない。
また、可哀想な子どもだった自分を救済するためだけの記録でもない。
ただ、確かにそこに存在した時間と、
そこで生き延びた一人の人間の感覚を、
なかったことにしないために書く。
家族という言葉は、美しい。
血縁という響きは、安心を約束するように聞こえる。
けれど現実は、必ずしもそうではない。
守られるはずの場所で、
説明もなく役割を与えられ、
感情よりも空気を読むことを優先させられた子どもがいる。
この物語に登場する出来事は、
特別に残酷でも、劇的でもないかもしれない。
ただ静かで、長く、逃げ場がなかった。
それでも私は生きている。
壊れたままではあるが、確かにここにいる。
これは再生の物語ではない。
希望を安易に差し出すつもりもない。
けれど、言葉にすることでしか前に進めなかった人間が、
自分の人生を引き受け直そうとする、その過程の記録だ。
もしこの物語が、
誰かの過去を無理に思い出させてしまうなら、
どうか無理をせず、ページを閉じてほしい。
そしてもし、
「自分だけではなかった」と感じる瞬間があるなら、
それだけで、この物語を書いた意味はある。
ここから先は、
私が私の人生を語る。
それだけの話だ。
私は、嘘から生まれた子どもだった。
若い父と、父を射止めるために年齢を偽った母。
二人のあいだにあったのは恋だったのか、賭けだったのか、今となってはもう確かめようがない。ただ一つ確かなのは、私は最初から「無理をして成り立っている関係」の上に産み落とされた、ということだけだった。
父はまだ子どもに毛が生えたような年齢で、未来よりも今を生きていた。
母はその父の未来に、自分を無理やり滑り込ませた。
履歴書の年齢欄を一つ削るように、軽く、ためらいもなく。
私はその嘘の証拠だった。
弟が生まれたのは、私がまだ「家族」という言葉の意味を知らない頃だった。
赤ん坊の泣き声が家に増え、母の顔から余裕が消え、空気が変わった。
それは嵐の前触れのような、説明できない不安だった。
間もなく母は病気になった。
最初は「ちょっと検査だから」と言われた。
次は「念のため入院」。
そして気づけば、母は家にいない人になった。
病院の白い廊下、消毒液の匂い、無機質なカーテン。
ベッドの上で弱っていく母を見て、私は「怖い」という感情を覚えた。
それが病気への恐怖なのか、置いていかれる予感なのか、当時の私には区別がつかなかった。
父は変わっていった。
母がいない家で、父は急に大人になることをやめた。
洗濯物は溜まり、食事は不規則になり、家は静かに荒れていった。
弟は泣き、私は黙った。
私は学んだ。
泣いても誰も助けてくれないこと。
欲しいと言ってはいけないこと。
「いい子」でいれば、邪魔にならずに済むこと。
母の入院が長引くにつれ、家には別の空気が入り込んできた。
それは言葉にされない違和感で、視線のズレや、帰宅時間の遅れや、知らない匂いとして存在していた。
大人たちは何も説明しなかった。
説明されないまま、私は理解する役を引き受けさせられた。
こうして、私の地獄は静かに始まった。
叫びもなく、血も流れず、
ただ「子どもが子どもであることを許されない世界」が、当たり前の顔をしてそこにあった。
私はまだ、逃げ方を知らなかった。
それぞれに人生や考えや個性がある。
でも何も頑張れない時がある。
そんな誰かの背中を押せたらと思い、執筆いたしました。




