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こゆるぎさんはゆるがない〜遺伝子でマッチングした推しの距離感がバグってる件〜  作者: 水月 灯花
第一章 推しと遺伝子マッチング!?

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3/7

3.こゆるぎさんはうちぬかれる①

 

『僕らと共に時を刻もう』


 そう言って、イントロが終わると共に三人が揃って踊りだした。

 S:yncは歌って踊れる男性アイドルグループなのだ。

 先程までBGMとして流れていたデビューソング、『Synchronize』がライブの一曲目だなんて、小憎い演出だと思う。


 ライブホールの空気が震えた。

 凪沙は思わず胸を押さえる。

 指先までぞくぞくする、この感覚――近くでアキを応援する瞬間が、ついに来たのだ。


(近すぎる……! アキが、目の前に……!)


 感激に目が潤むが、凪沙の体は自然にリズムに反応し、ペンライトを振る手も止まらない。

 歌声が耳に入るたび、心臓が跳ねる。


(……やっぱり生はすごい。画面越しじゃ絶対味わえない……!)


 涙を根性で押しやって、曲の合間、凪沙はアキの仕草や笑顔、ちょっとした癖まで細かく観察した。

 ステップの踏み方、マイクの握り方、ファンへの視線の送り方――全部が完璧だ。


(ああ、最高……!)


 今日の衣装はシンプルに、皆で揃えた短いジャケットと、縦縞のシャツに黒いスラックス。

 それぞれのイメージカラーのラインや胸元のブローチなどで差をつけていて、よく似合っていた。

 リーダーのSHOは青いクロスタイ、センターのAKIが金色のループタイ、少年系のREOは赤いリボンタイ――完全にファンの好みを理解している。


 曲が終わり、ファンの歓声が爆発する。

 ライトが少し落ちて、メンバーが自己紹介の位置に集まってきた。

 三人が笑顔で手を振りながら言う。


「――We are S:ync!」


 凪沙の心臓が跳ねる。


「We are pulse!」


 訓練されたファンも一斉に声を合わせ、返事が会場に響き渡った。


「パルスの皆、時を刻む準備はできてるかー!?」

「はーーい!」


 凪沙も自然と声を張り上げた。体中の熱が湧き上がる。


「短い間だけど、最高の時間にしような!」

「はーい!!」


 アキの言葉に全力で返した。

 推しの弾けるような笑顔、プライスレス。

 脳内課金が止まらない。


(今日は最高の一日……!)


 2曲目の曲調は前曲より少し激しめで、メンバーのダンスもスピードアップ。

 皆で手拍子を打ちながらも、凪沙の目はアキから一瞬も離れない。


(うわ、ここでジャンプするの、昨日のリハ動画と同じ……完璧……!)


 ペンライトの色を曲に合わせて切り替えながら、脳内でカウントを取り、動きを分析する。

 途中、アキがファン席に手を振ると、凪沙は思わず小さく叫んだ。


(え、私に向けて……? いやいや気のせい……でも嬉しい……!)


 じたばたと暴れそうな気持ちは全部、掛け声や歓声に乗せて吐き出す。

 終わりのポーズが決まった瞬間は、叫びすぎて喉を押さえた。


 3曲目は有名なドラマの主題歌になったバラード。

 ファンも静かに、染み入るような歌声を堪能していた。

 REOの天使のようなアカペラからはじまるユニゾンが最高で、天使のバラードという異名がついている曲だ。

 踊りも少なく、歌に集中できる。

 楽団と組んでコンサートを行わないかと誘われたこともあるとかないとか。


(耳が……幸せ……)


 ゆったりとペンライトを揺らしながら、うっとり美しい音楽に聴き惚れた。

 AKIの艶のある声がたまらない。伏せがちなまつ毛からあふれ出るフェロモンに痺れそうだ。

 目にカメラがついていたら、何百枚とシャッターを切っていた。

 何とか意識を強く持ち、最後の一音まで耳を澄ませる。

 終わった途端、激しい拍手が沸き起こり、凪沙も負けじと精一杯手を叩いた。

 S:yncのメンバー達は嬉しそうに手を振って応え、立ち位置を変える。


 一転して流れ始めたのは、お菓子のCMで有名になった、青春っぽい明るくキャッチーな曲だ。

 凪沙の手は再びペンライトを握りしめ、体全体でリズムを刻む。


「みんな一緒に!」

「TiC! TAC!」


 S:yncの呼びかけに返すコールも完璧。

 時計モチーフの彼ららしい曲。

 会場全体が一体となり、声援と光が交錯する中、凪沙は完全にライブの世界に没入していた。

 サビの振り付けは、皆で一緒に踊る。

 オタクの血が騒ぎ、心臓は幸せで破裂しそうだ。


「――最後に、新曲です。皆聴いてくれた?」

「聴いたー! SHO天才ー!」

「終わらないでー!」


 作曲したリーダーのSHOがギターを片手に笑う。


「――また、会いに来て」


 ぽつりと呟いて、REOの微笑みがファンのハートを射抜いた。

 凪沙もAKIがいなければ危なかった。


 惜しまれながらラストとして披露された新曲は、今度国際イベントで使われることが決まったらしい。

 8周年の門出を飾るに相応しい、爽やかで心に残るメロディーだった。


 最後の曲が終わると、ステージ上のライトが徐々に落ち、会場内に拍手と歓声が鳴り響く。


『15分間の休憩を挟みまして、トークコーナーに移らせていただきます』


 メンバーが手を振りながら一旦下がっていくのを、ファン達が名残惜しげに見送った。

 とにかく必死に応援した凪沙も、しばらく立ち尽くして、息を整える。


(ふぅ……まだ心臓が止まらない……でも、この瞬間、永遠に続けばいいのに……)


 ステージ上が薄暗くなり、椅子などがセッティングされていく。

 きっと、S:yncは今頃水分補給や手順の確認などをしているのだろう。


 ファンも休憩の時間ではあったが、皆興奮冷めやらぬ様子でざわざわと語り合っているようだった。


 凪沙は深呼吸して、トートバッグにペンライトを仕舞うと、パイプ椅子に腰掛けて、ハンカチで手のひらの汗を拭った。

 汗ばむくらいの陽気なので、水分を摂るようにとアナウンスが流れていて、凪沙も水を飲む。

 過去に脱水で倒れて搬送されたファンがいたそうで、基本的に飲食不可のホールでも、お茶や水などの水分の携帯が推奨されていた。

 ライブ自体が長くはなかったので、手洗いに立つ人は少ないようだ。

 ミニライブのセットリストや感想を携帯に記録している内に、休憩はすぐに終わった。


 何度か休憩の終わりを知らせるアナウンスが流れる。

 ブー、と舞台が開く時のような音が鳴り、ステージにS:yncが再登場した。

 歓声が湧く中、メンバーが椅子に腰掛け、笑顔でファンの反応を見ている。

 まず、アキがマイクを握って話し始めた。


「今日は遠くからも、近くからも来てくれてありがとう! 皆のおかげで8周年を迎えられました!」

(ひぇぇ顔がいい……!)


 目が合ったかも、と思うたびに息が止まりそうだ。笑顔が尊すぎる。

 お礼を言うのはこちらのほうだ。今日も生きる糧をありがとう。

 凪沙は天にも昇る心地の中でさえ、アキが話すたびに動く頬の筋肉や、目の輝きに全神経を集中していた。


「ライブどうだったー?」とSHOが聞けば、「最高ー!」とファンが返す。


「5曲だから、今日のセトリ悩んだんだよなー」

「無難な定番に落ち着くよな」

「皆知ってるかな、って……だいじ」


 うんうん、と皆が頷く。

 ファンやスタッフ、メンバー皆で作り上げるのがS:yncのコンセプトなだけに、会場の雰囲気は和やかで心地よい。

『理想のお兄さん』芸能界No.1に輝いたSHOは、メンバー最年長らしく、明るく爽やかながらメンバーを引っ張る、包容力にあふれた兄系リーダー。

 作曲もこなすギタリストと多才で、S:yncの曲の多くは彼が手がけている。


『天使の美貌』『永遠の少年』と称されるREOは、成人を迎えているというのに信じられない程に若々しく、白皙の美少年という言葉が似合う。

 普段口数が少ないのに、見た目に反して激しいダンスやラップも巧みで、ギャップにやられる人は多い。


 凪沙の永遠の推し、AKIは太陽のようなカリスマセンター。情熱と色気を併せ持つ、ストイックな努力家で――


(アキのことは考え始めると止まらないから止めよう)


 とにかくバランスの良い三人は仲も良い。

 メンバー同士の掛け合いは名物の一つだった。


(今のツッコミ最高……!)

(わ、この仕草……生で見られるなんて……!)

(衣装のこだわり、昨日の配信で言ってたやつだ!)


 凪沙は頭の中で何度もメモを取り、心の中で叫び続ける。

 周囲のファンも楽しそうにしている。


(ああ……もう、今日ここに来られて本当に良かった……!)


 ちょっとしたライブの小ネタや、ファンからの事前アンケートに答えていく間に、トークコーナーの時間も飛ぶように過ぎていった。


「そういえば今日、始まる前にちょっとだけ機材トラブルがあったみたい」

「びっくりさせてごめんなー」

「申し訳ない……です……」


 スタッフも頑張ってくれてるから、と庇う様子に、ファンは「大丈夫だよー!」「スタッフさんいつもありがとうー!」なんて返す。


「皆ありがとう! ついでにスタッフに感謝の拍手を一緒にお願いします!」


(やっぱり機材トラブルだったんだ。――アキのこういう所、本当に好きだなぁ)


 推しの言葉に万雷の拍手が起こった。

 ホールのあちこちで、ぺこりと頭を下げる人々の姿が見える。

 きっと、スタッフ達も一緒に仕事をしていて楽しいアイドルだろう。

 いち社会人として、見習うべき姿勢だと思う。


「今日は本当に、皆の貴重な時間を割いてくれてありがとう」

「ライブ&トークはこれで終わりだけど、まだまだ俺達のこと応援してください!」

「……今後も、よろしくお願いします……」


 トークタイムが終わり、笑顔でS:yncが退場していく。

 推しの穏やかな微笑みがよく見えて、凪沙はじーんと感動に震えていた。


ブクマ評価感想頂けるとモチベーションがあがりますので、何卒よろしくお願いいたします。

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