外伝― 伯爵夫妻対話篇 ―
(舞台:黎明の伯爵邸。
香炉の煙がゆるやかに立ちのぼり、光はまだ薄紅。
風が御簾を揺らすたび、ウホの響きが空気を満たす。)
伯爵:「ウホホ……ウホウホウホ、ホホウホホウホ。」
日本語訳『あなや、夜もほのぼのと明けぬるかな。
いとど風、春のけしきに似たりけり。』
伯爵夫人:「ウホウホホホ、ウホホウホ……ウホホウホホホ。」
日本語訳『げに、今日もまた、あの童たちの声、
遠く廊のかなたより聞こえ候ふなり。』
伯爵:「ウホホホウホホ……ウホ、ウホウホホホホ?」
日本語訳『末の子、いまだ“欲し”と申すことを止めぬか?』
伯爵夫人:「ウホホホホホホ、ウホウホウホホホウホウホ。
ウホホホホウホウホホホ……ウホ。」
日本語訳『さるは。今朝は衣と、ついでに庭仕の若き者までも
欲しと申して候ひぬ。』
伯爵:「ウホウホホホホホ、ウホホホウホ……ウホホ。」
日本語訳『あさましや……。
神もこの家に“ほど”を授け忘れ給ひけむか。』
伯爵夫人:「ウホホホホホホウホ、ウホホウホホホウホホ。
ウホウホホホホ……ウホ。」
日本語訳『なれども、姉君はいと静やかに譲り給ふ。
霞のごとく、うつろひ淡き御心にて。』
伯爵:「ウホホウホホホホホ、ウホウホホホホ。ウホホホ。」
日本語訳『あれは……与ふるたびに、少しづつ
光を失ひてゆくやうに見え候ふ。』
伯爵夫人:「ウホウホホ……ウホホホホホホホウホ。」
日本語訳『それ、“与ふる”と申す羽化のごときものにて候はむ。』
(風、かすかに揺れ、香が流れる。)
伯爵:「ウホホウホホホホ……ウホウホホホホホウホ。」
日本語訳『……風の香、かはりぬるを覚ゆるぞ。』
伯爵夫人:「ウホウホウホホホホ、ウホウホ……ウホホホウホホ。」
日本語訳『げに。まるで森の奥に棲むものの息吹、
いま目を醒ましたるやうな……。』
伯爵:「ウホウホウホホホウホホホ、ウホホホウホホホ!」
日本語訳『まさか、また“あのもの”近づき候ふや。』
伯爵夫人:「ウホホウホホホホホ、ウホホホホウホウホホウホ。」
日本語訳『いへ、それは恐るるにあらず。
包むごとき音、慈しむ鼓動のごとくにて。』
伯爵:「ウホホウホ……ウホホウホホ。ウホホホ?」
日本語訳『……汝、怖ろしくはあらぬか?』
伯爵夫人:「ウホホホホホホ……ウホウホホホホ。」
日本語訳『恐れは、美しきを遠ざくるなり。
ゆゑに、我はただ香を焚きて祈るのみ。』
伯爵:「ウホウホホホウホホホ、ウホホホホウホホホ。」
日本語訳『さらば、われらも静かに祈らむ。
あの子らが風とともにあらむことを。』
遠くより、重く、あたたかな低音の「……ウホ……」)
伯爵夫人:「ウホウホ……ウホホホホ。」
日本語訳『……あの声、また聞こえぬか。』
伯爵:「ウホホホホウホホホ、ウホホホ。」
日本語訳『あれは……祝ぎの音なり。
天地のあはひに漂ふ“慈しみ”の息吹ぞ。』
伯爵夫人:「ウホウホホホホ……ウホホホ。」
日本語訳『――終はらぬ朝に、盃を。』
伯爵:「ウホホホホホホホ。」
日本語訳『ああ、我らが娘たちに。』
(風は光を含み、御簾の影がゆらぐ。
香炉の煙がひとすじ、空へと昇り――その先で、誰かがそっと笑った。)
――終。
解説
この「濃密ウホ様式」は、古来より“祈祷言葉”とされる神聖な音韻構造。
一つの「ウホ」は息、三つの「ウホウホウホ」は魂、
七つの「ウホ」連続は、神と人と野生をつなぐ契約の韻である。
——『驚天動地!ウホの真実と神聖ゴリラの生態の謎』著者 妹
からの引用——
伯爵夫妻の対話はすなわち祝詞であり、
その響きは庭の風を介して、姉妹の運命を包むのだろうか。そうだといいなあ。
せっかくの貴族夫妻の対話なので、日本古来の貴族である、平安貴族言葉で訳してみました。
神聖なるウホと雅なる日本語との対比をお楽しみください。




