飲んで酔って食べて
それは・・・夢なのか現実なのか。
それとも、妄想か・・・。
これまでにも、何度かある体験だ。
私は夢の中で、誰かに抱かれている、愛撫されている。
「誰」かはわからない。
ただ・・、愛されて求められて応えている。
私は年齢の言ったいわゆる喪女だ。恋愛経験もスキンシップも乏しい。
小説や漫画は見る。
だが・・求められて愛されるほど気持ちいい経験はない。
夢の中は違った。
その時にもよるが・・・・。
「んっ」
誰かが乳房の脇を指でなぞっている。私は目を閉じ眠っているようだ。
指がわき腹をかすめて、腰骨をくすぐる。
キスをされ、舌が口腔内を縦横無尽にやさしく愛撫する。
「・・ぅは・・あっ・・・」
喘ぎ声が自然に出ては、すでに蜜口を濡らして、それ以上を望んでいる。
彼の手が下腹部に降り、じらすように秘蕾をさけた。
「ン・・ぅん・・」
私は身を捩る。
興奮する「誰か」の息が、秘蕾を掠る。
私は自然と腰を浮かして無言でねだる。すると・・
待っていたように熱い舌先が秘蕾をゆっくりと優しく、しかし快感を与えるようにうごめく。
「は・・っあ・・」
彼の舌は、まるで私のイイトコロを知っているかのように、止める暇もなく私を絶頂へと導く。
「んっ・、あぁんああ・・」
私は体を強張らせて絶頂を迎える。
「彼」は満足そうに身を引くと、「彼」の熱い高ぶりを蜜口に当てた。
さぁ、いよいよもっとすごい快感が来ると思うと私は、また、絶頂に達した。
「・・・?」
うつらうつらと夢見がちに目が覚める。
部屋には私以外いない。
自由業なので時間制限はないが、時計は昼前を指している。
エアコンの音が響き、ここが自分の現実なんだと知る。
起きたばかりの体は先ほどの絶頂の快感の影響で心地いい。
「???」
なぜ。
それが私の頭に浮かぶ言葉だった。
そもそも、恋人もセックスフレンドもいないし、自分で自分を慰めることも
ほとんど、ない。
しかも。乏しい実体験では得ることのなかった感覚だ。
愛されて満たされ、快楽で満たされ、男性の高ぶりで満たされる。
セックスの後、抱きしめられたかのように、心身が満たされている・・・。
不思議な話だ。
幾度となく、さまざまに愛撫されて、満足して目覚める。
そんな夢を見る時がある。
スマホが鳴って、仕事相手の担当者を表示する。
「どうですか?進捗具合は。進まなければ、お食事でもどうですか?」
社交辞令が朝のまぶしい光の中で私を眩ませて苦しめる。
「・・・進捗具合は・・まぁ、よくありません」
ああ、もっと余韻に浸っていたかったのに。
あんなに満たされて、愛されて、望まれて、・・私も「彼」を望んで幸福だったのに・・。
夢の中での「彼」は、電話の向こうの人ではない。
時には初恋の相手にやさしくされる。
いつも、自分が求める男性が、愛したい男性があらわれる。
相手は一体だれなのか?自分は誰を求めてそんな夢をみるのか?
それとも欲求不満なだけか・・・。
起きてから思考は激しく回るが、ただただ、余韻に、心地のよい時間に浸っていたくて、何度も眠った。
性愛を含まない、愛されるここちよさだけの時もある。
不思議なのは「そんな実体験は、一度たりともない」ことだ。
だるく心地のよい体を起こして私はシャワーを浴びに行く。
そこで余韻の流れで自慰することもできず、かすかだが見悶えて目を覚ますのだ。
先ほどの電話のアポイントメントで、余韻を孕んだ体を持て余しながら身支度をして会社に向かった。
「せっついたようで申し訳ありません。」
言葉の、机の向こうにいる男性が微笑んでいった。
清潔に襟足は首にかかるくらいの、よくある髪形。
目は愛想よく笑う、茶目っ気のある形に、濃茶の瞳。鼻はすっととおり、唇も程よい厚さで口角が上がっている。
仕立ての良いスーツに、男らしい指と清潔さを持った、骨ばった手指。
・・・低く見積もっても、華やかで嫌味でないモテる、仕事のできる男だ。
だが、たぶん…夢に来る男は彼ではない。
なのに、余韻を残した体は、そのしなやかで男らしい指に、目を奪われていた。
わたしは、ブンブンと頭を振り邪念を押しのけて言った。
「いかがでしょうか?進捗は遅いですが・・・今作は?」
彼はパソコンから目を上げて言った。
「いいんじゃないでしょうか?」
私は言葉に詰まった。
”いいんじゃないでしょうか”。それは「ありきたりで物足りない」ということだ。
「・・・納得させられなかったのですね。」
「いや・・そういう訳じゃないのですが・・。」
じゃあ、何なのだろう?私は核心をついて聞いた。
「・・うーん・・。あなたらな、もっと艶やかに、これからを表現できると思うのですが・・。」
彼は続けて言う。
「失礼ですが、潤いが、実生活に足りてないのでは?いや。作者のあなたが魅力的でないということではないんです。」
「いや、ね。知り合いのある店の店主がですね、あなたは硬いと。まるで、処女の若い女のように固いと言うんですよ。開けば艶やかになるのに、と。」
私の耳には、もう彼のこえは届いてなかった。
自覚はある。経験が乏しく、年齢や言動に違和感があるのだろう。
これまでお付き合いに発展した男性に総じて言われている。
”年齢の割に、話が分からないし、青臭い。気持ちがわるい”と・・・。
確かにそうだろう。
私は心の闇に沈み、外部を遮断してこの時間をやり過ごす。
「睡さん?睡さん?聞いてますか??」
担当の声とともに、現実の喧騒が耳に届いて私は彼を見つめた。
「頭ごなしに否定してるんじゃないですよ?ただ。僕も固いかなとおもっているので・・。
どうでしょう?一度、その店主の店に一緒に食事に行きませんか??未来が開けるかもしれません」
担当者の言葉に、私は戸惑う。
だが、いつでも進まなければ、現状は変わらいものだ。
怪しさや、気後れを感じつつ、はっと気が付く。
「今朝の電話の、食事でもというのはその件でしたか」
どこかで安堵する私がいた。
そう、自意識過剰なのだ、私は。
素直だけど素直になれば、傷つくと怯えている。
いくつになっても・・・。
”まるで処女の若い女性のように固い”のだ。
仕方ないでしょ、経験なんて乏しいし、
恋愛の醍醐味とか経験ないし。
想像で補って、ここまで描いてきたのだ。
時に、絵が怖いとか、幼いとか、色気がないとか言われて、作画を代えてきたのだ。
「申し訳ありません。少し考えさせてください。興味はあってそのお店に伺いたいのですが・・
あの、どういう恰好や気持ちで臨めば・・?」
「気軽に、食事とお酒を楽しむ気持ちで、大丈夫です。店主は少し特殊な才能が有って・・。
見ると、理解できると。いやぁ、僕もなんの意味だか分からないんですが・・。
睡さんの突破口にでもなればと、提案したんです。」
じりじりと太陽が照り付け、肌を焦がす。
日傘をさしていても、今が真夏なのだとわかる。
車の走る音、街を歩く人ごみの音、セミの鳴き声に、一風流れる清涼な風の後の、
アスファルトに蒸されて、身を、息を詰まらせる熱気・・。
真夏の街は汗なしに歩けない。
趣味でしている、恰好さえ暑さは逃してくれない。
ノースリーブの紺地に小さな格子のタイトなワンピース。
ひざ丈はひざ下、ストッキングはガーターで止めてある。
帽子をかぶり、必要なものが入るバッグを持つ。
せめてもの暑さよけに、日傘。
化粧をした顔が汗とで、不快だ・・。
ハンカチで汗を抑え、私はビルの地下の涼しいトイレで顔を直し、
一刻も早く、と自宅に向かう。
早く、シャワーを浴びたい。
ふと、ある視線に気が付き、目をやると、
そこには涼しげな、私より若い、不思議な雰囲気を持った男がいた。
髪は長く、後ろでくくっている。
首や肩にタトゥーがちらっと見える。切れ長の二重の、瞳の濃い黒の・・・。
面立ちは、鼻梁もとおり、いわゆるイケメン。
ただし、圧倒的に、この真夏日に涼しい顔のイケメン。
瞳が・・不思議な感情を生ませて、虜にするような男だった。
私は自分が汗だくで臭う女になったようで、恥じらい、憤り、目をそらした。
私は百貨店に向かい、化粧を直すことに決めた。
耳に喧騒と、肌を焦がすような日差しが残った。
「ふぅ・・。」
冷房の効いた、よい香りのするフロアで一息、呼吸する。
美しく香るような美容部員がにこやかに接してくれる。
せめて、顔や髪の不快さだけでも、一から手直ししたくて、その旨を伝えると、
心地よいサロンに案内された。
数時間後、気持ちも体もすっきりした私は家路に向かう。
もう、汗だくになろうが構わない。
早くシャワーを浴びて、購入した心地よい香りに包まれたい。
最寄り駅で、熱い車内に疲弊いしながら歩く。
また、あの視線を感じる。
ああ。あの人だ・・。
不審にでも期待しながら目で追っていると、あるお店に入っていった。
私は、思考をシャットアウトして自宅へ向かう。
部屋につくなり、鍵を閉め、浴室へ向かうと、衣服を傷つけない程度に乱暴に脱ぐと、
シャワーをひねった。
暑さで不快になったすべてを流すように、髪や顔や体を洗っていく。
よい香りのバスグッズで体を洗うときも、服を脱ぐときも、
あの、誰をも虜にするような、しかし、誰でもは受け入れないような、
不思議な瞳の男の影が、私の体の、心の周りにいた。
私はすべての雑念を追い払うように、冷水を浴び、バスタオルで身をくるむと
担当者に電話した。
「もしもし、睡です。今お時間いいかしら?ええ。あのお話のお店に行きたいと思って・・。」
考えないで決断した。
その後、いいのかよくないのか、当日まで悩むこととなる。
が、あの瞳が、頭をよぎって、私を放してくれなかった。
ーセックスは…嫌いなの…ー
聞き慣れた自分の声が身体に響いた。