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「貴様ァッ……!」
エルの怒りは、もはや理性を超えていた。彼は後先を考えず、魔力の全てを解き放つ。全盛期と同等、10個もの基底を生成する第10階位の固有魔法『エーテル・マトリクス』を発動させたのだ。その瞬間、周囲の空間は、エルの意志一つで完全に支配される。現実の法則は捻じ曲げられ、まるで世界の設計図そのものが書き換えられたかのようだった。
そんな圧倒的な空間の支配下にあっても、ゼノスは腐っても7階位の魔法使いだ。彼の顔には驚愕の色が浮かんでいたが、それでも本能的に反撃の糸口を探る。わずかな空間の歪みを利用し、なんとかエルに一矢報いようと、7階位の雷魔法を放った。しかし、その雷はエルの支配する空間に触れた途端、まるで蜃気楼のように揺らぎ、見当違いの方向へと拡散していく。
レイル…いや、エルはゼノスを睨み据えた。彼の肉体から、目に見えない無数の線がほとばしり、空間のあらゆる方向へと射出される。それは、まるで宇宙の広大な闇に瞬く星々の軌跡のようであり、同時に、世界の根源を成す見えない法則が具現化したかのようだった。線はゼノスの周囲に幾重にも絡みつき、彼の動きを封じる。次の瞬間、その無数の線の一つ一つが、鋭利な刃となり、あるいは巨大な質量を持つ拳となり、ゼノスへと襲いかかる。
ゼノスは、来るはずのない方向から放たれる衝撃に、何度も呻き声を上げた。彼は、空間そのものから現れる攻撃に、防御の術を持たない。避けても、防いでも、攻撃は異なる次元から現れ、彼の肉体を貫く。それは、単なる魔法ではなく、理不尽そのもの。絶対的な空間支配の中で繰り広げられる、一方的な、そしてあまりにも残酷な猛攻だった。
ゼノスがなぶり殺しにされる中、他の教授たちがエルを止めようと駆け寄る。しかし、彼らがどんなに足掻いても、エルとゼノスがいる空間には近づけない。まるで次元が違うかのように、彼らの手は空を切るばかりだった。教授たちは、本能的にその異常な状況を察知し、ただ呆然と、ゼノスが一方的に蹂荙されていく様を見ているしかなかった。
そして、ついにエルは、ゼノスへの猛攻をぴたりと止めた。
ゼノスは満身創痍だった。全身に無数の傷を負い、意識も朦朧としている。しかし、エルはそんな彼を見下ろしながら、ゆっくりと右手を差し伸べた。そして、彼の掌から優しい光が溢れ出し、ゼノスの傷を癒やしていく。見る見るうちに傷口は塞がり、息遣いも落ち着いていく。
「これで、命に別状はないはずだ」
エルは静かに呟いた。彼の回復魔法は、失われた古代魔法──肉体を再生するほどの奇跡の業だった。