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希望を見出したレイルは、アルドの提案を受け入れ、追試を受けることを決意した。この追試は、通常の入学試験よりもはるかに倍率が高い。募集人数が極めて少ないだけでなく、試験監督たちの前で指定された魔法を披露するという、極めて実践的かつ厳しい内容が課されるからだ。
試験会場は、エリュシオン魔法学院の一室だった。室内には3人の試験監督がおり、それぞれが受験者にいくつかの課題を言い渡し、それに沿った魔法を披露させる形式だ。レイルは、自身の本名を名乗ると不要な混乱を招くと判断し、第二の名前として「エル」と名乗ることにした。
部屋に入ると、若い女性、中年男性、そしてあのアルド・フェルナンデスと思しき若い男性が試験監督として座っていた。
最初に口を開いたのは若い女性監督だった。
「では、最初の課題です。ご自身ができる限り大きく、炎の魔法を出してください」
レイルは困惑した。彼にとって炎魔法は初歩的なもので、この狭い部屋で最大火力など出せば、部屋どころか学院の一部が消し飛んでしまう。しかし、女性監督は彼の表情を見て、その意図を察したように続けた。
「心配はいりません。この部屋には高度な防御魔法が付与されています。炎の魔法程度ではびくともしませんから、遠慮なく最大火力でどうぞ」
その言葉に、レイルは意を決した。右手を掲げ、脳内で複雑な計算を瞬時に行う。彼の体は500年の眠りによって大きく衰え、全盛期と比べればその魔力は格段に落ちていた。それでも、彼が放つ炎は、常識を遥かに逸脱していた。
レイルが手のひらを向けた先で、空間がゆらりと歪み、灼熱の渦が膨れ上がっていく。それは、単なる炎ではなく、まるで太陽の一部を切り取ったかのような、圧倒的な熱量と光を放つ。部屋全体が赤く染まり、熱波が受験者席まで押し寄せる。
その光景を目の当たりにした女性監督は、思わず目を見開き、呆然と呟いた。
「7階魔法……!? しかも、魔方陣なしで…!?」
彼女の最高記録でさえ5階魔法。そして、何よりも驚愕したのは、通常は詠唱と共に描かれるべき複雑な魔方陣が、レイルの周囲には一切見られなかったことだ。
レイルが放った7階位の炎魔法、そして魔方陣なしの行使に、試験監督たちは衝撃を受けていた。その熱気が冷めやらぬ中、次に中年男性の試験監督が口を開いた。
「次の課題は、我々が知らないであろう魔法を披露することだ。もしあれば、だが」
その言葉に、レイル、ことエルは黙考した。彼の頭の中には、この世界では失われたとされる魔法の知識が膨大にあった。しかし、何を披露すべきか、慎重に選びにかかる。
レイルが深く考え込んでいると、彼の体がふわりと宙に浮き上がった。彼の癖だった。集中して思考を巡らせる際、無意識のうちに浮遊魔法を使ってしまうのだ。まるで重力から解放されたかのように、彼は部屋の中央で静かに、しかし確かに浮遊していた。
その光景に、試験監督たちは再び驚愕した。
「浮遊魔法だと…!? まさか、本当に失われた古代魔法を…!」
中年男性の監督が震える声で呟いた。それは、500年前の文献にしか記されておらず、もはや絵空事とまで言われていた、失われた古代魔法だったのだ。
アルドは、もはや新たな課題を出す必要はないと判断した。彼は静かに微笑むと、他の監督たちに向かって頷く。
「彼の合格で異論はないでしょう」
他の二人も、レイルが披露した魔法の数々に衝撃を受けながらも、その実力を認めざるを得なかった。
こうして、無事エリュシオン魔法学院に合格したエルことレイルは、数週間後に控えた入学式に向けて、新たな生活を始めることになった。彼はこの数日で、自分が500年の時を超えてきたことを確かに受け入れ始めていた。絶望に沈みかけていた心には、再び学び、生きることへの希望が灯っていた。
まずは現代の一般常識を学ぶことから始めた。彼の知る歴史や文化はもはや過去のもの。街の構造、貨幣制度、通信手段、そして人々の価値観まで、アルドや学院の職員が用意してくれた膨大な資料を貪るように読み込んだ。同時に、凍結による衰えと、治癒で消耗した魔力を取り戻すための鍛錬も欠かさなかった。500年の眠りによって弱体化した身体と魔力の回路を、再び全盛期に近い状態へと引き上げるため、彼は学院の訓練場を借り、来る日も来る日も己を追い込んだ。カイルと共に戦った日々を思い出しながら、彼は再び強くなることを誓った。
失われた時間を取り戻し、この新しい世界で自分の居場所を見つけるために。レイルの、いや、エルとしての新たな挑戦が、今、始まった。