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その場にレイルは崩れ落ちた。膝が大地に打ち付けられ、乾いた土が小さく舞い上がる。激しい頭痛が彼の意識を白く染め上げ、まるで脳髄を直接握り潰されるような痛みが全身を貫いた。残されたわずかな魔力は、傷つき疲れ果てた肉体を無理やり動かすための最後の糸だった。無数の光の網目が織りなしていた神秘の構造は、跡形もなく崩れ去り、その場所にはただ重い、鉛のような沈黙だけが漂っていた。


しかし、その沈黙の奥底で、微かだが確かに脈動する邪悪な波動が、レイルの全神経を逆撫でするように存在していた。それは、まるで世界そのものが恐怖に震えるような、底知れぬ闇の鼓動だった。レイルの体内を巡る魔力は、本能的な恐怖と抑えきれない怒りにざわつき、彼の心臓を締め付けた。


――魔王は、まだ消えていない。


その事実に、レイルの胸は焼けるような痛みで満たされた。限界を超えたエーテル干渉によって、彼の魔脈はすでに焼き切れかけていた。全身の神経が千切れるような激痛が走り、視界は霞み、喉の奥からは吐き気が込み上げる。膝をついたままの彼の指先は、土を掻きむしるように震えていた。だが、その肉体的な苦痛の頂点にあっても、彼の精神は一点の迷いもなかった。瞳の奥には、ただ一つの目的だけが宿っていた。それは、兄の遺志を継ぎ、世界を守るという、揺るぎない決意だった。


「兄さん……俺は、やり遂げるよ……」


レイルは、かすかに震える腕で大地に手をつき、ゆっくりと、しかし確実に立ち上がった。足元がふらつき、全身が悲鳴を上げる中、彼の視線は真っ直ぐに、遥か上空、果てしない天を仰いだ。そこには、かつてエーテル・マトリクスが輝いていた空があった。今はただ、灰色の雲が重く垂れ込め、まるで世界の終わりを予告するかのようだった。


彼は両手を胸の前で組むように交差させた。その瞬間、足元に黄金の魔法陣が、眩い光を放ちながら浮かび上がる。それは何重にも重なり合った幾何学模様と、古代の叡智が刻まれたルーン文字が螺旋を描きながら、空間そのものを震わせた。魔法陣の光は、まるで生き物のように脈動し、周囲の空気を結晶のように研ぎ澄ませた。その場にいるすべての存在を押しつぶさんばかりの重圧が生まれ、大地が微かに震えた。風が止まり、時間が凍りついたかのような静寂が辺りを支配した。





ーーーーー

レイルは転移魔法により、魔王の気配がした場所へ移動し、魔法を発動した。


「絶対魔法――《終律・ノヴァエクリプス》」


その言葉がレイルの唇から紡ぎ出された瞬間、周囲の空間に微かな亀裂が走り、世界が息を呑んだかのように静まり返った。それは、古の時代に封印された禁術にして、存在そのものを打ち消す最終魔法。物質の質量すべてを純粋なエネルギーへと変換し、膨大な爆発を引き起こす、根源的な術式だった。並の魔術師ではその発動すら夢物語であり、人智を超えたこの魔法は、術者の命を代価としてのみ発動が可能だった。


レイルの身体は、魔法陣から放たれる光を吸い込むように、徐々に、しかし確実に透け始めた。肉体と魂が、高次元の魔力に飲まれていく。それは耐え難い苦痛に満ちた変化だった。皮膚が焼けるような感覚、骨が溶けるような痛み、そして魂そのものが引き裂かれるような恐怖が彼を襲った。しかし、その苦痛の中にあっても、彼の心はどこか清澄だった。まるで聖者が昇天するかのような、荘厳な光に包まれ、彼の存在は神秘的な輝きを帯びていた。


風は完全に止まり、大地は深い沈黙に包まれた。空は黒と金の渦を描きながら震え出し、世界の均衡が崩れ始めるのを告げていた。地平線の彼方まで広がるエネルギー波動。その中心に、今まさに復活を果たさんとしている魔王の存在があった。かつて世界を恐怖に陥れ、絶望の淵へと突き落とした絶対的な悪。その魂が今、再びこの世に戻ろうとしている。その邪悪な波動は、レイルの体内で激しく脈動する魔力と共鳴し、彼を嘲笑うかのように響き渡った。


レイルの視界に、過去の光景が次々と、走馬灯のように鮮明に浮かび上がる。兄、カイルの屈託のない笑顔。共に剣を交え、共に笑い合った仲間たちの顔。故郷の静かな森の風景、小川のせせらぎ、鳥たちの歌声。そして、何よりも鮮烈に、兄の最期が脳裏に焼き付いていた。あの瞬間、魔王の圧倒的な力の前に立ち向かい、世界を守るために命を散らしたカイルの姿が、レイルの心を締め付けた。兄の血に濡れた地面、仲間たちの叫び声、そして自分自身の無力感。あの時、レイルは誓った。二度と大切な者を失わない。


レイルの胸元から、眩いばかりの光が噴き出した。それは彼の魂そのものだった。光は加速度的に増幅し、空間そのものを歪ませていく。魔法陣はもはや地面に収まらず、空へ、そして無限の天球へと広がりながら、世界の法則すら塗り替える力を帯びていく。それはもはや、単なる魔法陣ではなかったものだった。世界の終焉を告げる、神聖なる門のように見えた。光の柱が天を突き破り、雲を裂け、星々の彼方へと伸びていく。


――この術の中心にある者は、逃れられない。


レイルは、光と影の狭間で揺らめく精霊のような姿となりながら、魔王の魂核が潜む地点へと、ゆっくりと、しかし確かな足取りで歩みを進める。もはや人間の形を成していないその身は、高次元のエネルギーそのものと化していた。魔王の残留魂が、その存在に反応する。狂気にも似た闇の声が、彼の精神に直接響き渡った。


《貴様……その身一つで我を消滅させる気か!?》


魔王の魂は、嘲笑い、その無謀さを侮辱する。だが、レイルの精神は微動だにしなかった。闇の声がどれほど彼を揺さぶろうとも、彼の心はすでに決まっていた。


「そうだ……お前の存在すべて、この世界から無に帰す……」」


レイルの言葉は、確固たる意志に満ちていた。魔王の魂が暴れ出す。空間に黒い裂け目が走り、雷鳴のような音が四方八方へと響き渡る。闇の波動が、世界を飲み込もうと膨張する。しかし、レイルの魔法は、それらすべてを包み込む神聖域を帯び、全ての干渉を無力化していく。闇の力は、その輝きの前では無意味な塵と化した。


そして――


「《終律・ノヴァエクリプス》、発動――!」


その言葉と共に、空が割れた。


それは爆発ではなかった。それは“変換”だった。レイルの体を中心に、周囲の空間が光の奔流に飲み込まれていく。大気は、土、岩、空気中の水分、魔王の残留物、そして闇の魂核に至るまで、すべてが粒子へと還元され、純粋なエネルギーへと変換されていく。その光景は、美しく、そして哀しかった。まるで無数の星が瞬きながら消えていくように、全ての物質が静かに、だが確実に存在を失っていく。


大地は焼き尽くされず、空は破壊されず、ただ静かに――完璧なまでに、魔王という存在の情報がこの世界から消去されていった。それは、物理的な破壊ではなく、存在そのものの“削除”だった。魔王の魂が、どこにも存在しなくなる、根源的な滅。


レイルの意識は、光の中で徐々に遠ざかっていく。彼の視界は白く染まり、感覚が薄れていく。最後に、彼の脳裏にはカイルの声が響いたような気がした。暖かく、優しく、そして誇りに満ちた声が。


「よくやった、レイル……」


光が世界を包み込んだ瞬間、すべては終わった。



数日後の世界は、静寂を取り戻していた。魔王復活の兆しがあった場所は、巨大なクレーターのように広がっていたが、そこには焦土も、死の気配もなかった。代わりに、一面の光の粒子が風に舞い、まるで祝福のように空を彩っていた。太陽の光を浴びてきらきらと輝くその粒子は、まるで故人からの最後の贈り物であるかのようだった。


聖騎士団の一人がその地を訪れ、呆然と立ち尽くした。 信じられないという感情と、途方もない畏敬の念が混じり合っていた。戦いの痕跡はどこにもなかった。大地は争いの記憶を一切残していなかった。ただ、清らかな風と、降り注ぐ光と、途方もない静けさだけがあった。


聖騎士たちはその場で膝をつき、静かに祈りを捧げた。魔王を倒し、この世界を守るために命を賭けた名もなき英雄のために。彼らはレイルという存在を知らずとも、彼が成し遂げた偉業を心で感じ取っていた。その光の粒子が、まるで彼の魂の欠片であるかのように、彼らを守るようにそっと舞っていた。


やがて、世界の記録官たちは新たな歴史を刻んだ。「古の書」に記された一節は、こう語る。


「終律の光に包まれた時、世界の闇は完全に消滅した。レイルという魔術師、その魂は天上に昇り、光の柱となりて永遠を照らす。」


彼の名は、やがて伝説となった。墓碑銘の代わりに、夜空に瞬く星々が彼の証とされ、人々は夜空を見上げ、最も輝く星に彼の魂を感じ取った。語り部たちは、彼の物語を語り継ぎ、子どもたちの間で英雄譚として広めていった。


レイルの犠牲は、決して無駄ではなかった。世界は再びを取り戻し、人々は笑顔で暮らすことができた。それは、彼が命を賭けて手に入れた、かけがえのないものだった。彼の名は、伝説となり、未来永遠に語り継がれる。彼は、確かに世界を救ったのだ。

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