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人類と魔族の戦いの果て、勇者と天才魔法少年が魔王に挑む。

だが少年は凍結され深淵に消え、勇者は禁術で魔王を討ち命を落とす。

そして数百年後、凍った少年が日差しの中で目を覚ます——。

魔王誕生から16年。世界は終わりなき戦火に包まれ、人類と魔族の血塗られた争いは続いていた。荒廃した大地に希望の光が差すことはなく、人々はただ絶望の淵に立たされていた。

しかし、そんな時代にも、奇跡は確かに存在した。人類の最後の希望として、二人の若き天才が立ち上がったのだ。弟は、若干15歳にして魔法の常識を覆すほどの才覚を持つ、レイル・アークライト。そして、その才能を慈しみ、誰よりも信じる兄、カイルは18歳だった。

天才と謳われた兄弟は、荒廃した世界を救うべく、魔王討伐の過酷な旅路へと挑む。その瞳に宿るのは、世界に平和を取り戻すという、ただ一つの強い決意だった。


幾多の苦難を乗り越え、アークライト兄弟はついに魔王の城の前にたどり着いた。

そこに至るまでの道中で立ちはだかった、多くの命を奪ってきた魔王直属の魔族たちも、彼らの敵ではなかった。カイルの剣技とレイルの魔法は、まるで嵐のように敵をなぎ倒し、兄弟は寸分の狂いもなく魔王の間へと足を進めた。

その瞳には、世界の命運をかけた最終決戦への静かなる決意が宿っていた。


ついに魔王を前にしても、アークライト兄弟の集中が途切れることはなかった。研ぎ澄まされた気配で相対する二人を見下ろし、魔王は不敵に告げた。

「ふむ……よくぞここまで来た。愚かなる人間どもよ。さあ、この余を楽しませてみせよ」


「準備はいい? 兄さん」

レイルが静かに問いかける。その眼差しは、すでに魔王を捉えていた。

「ああ、行くぞ!」

カイルが応えた瞬間、彼の姿は一瞬にして消え去った。直前まで彼がいた場所には残像が揺らめき、その間にもカイルはすでに魔王の間合いへと踏み込み、音もなく攻撃を仕掛けていた。

それに合わせるように、レイルは片手を虚空にかざし、その場の空間を塗り替えるかのような固有魔法――『エーテル・マトリクス』を発動した。魔方陣も詠唱も必要ない。彼の頭脳の中で、複雑な計算式が瞬時に紡がれ、現実を書き換える。指先から放たれる光の軌跡が、虚空に幾何学的な紋様を織りなしていく。それは、この世界とは異なる理を持つ、レイルだけの領域。まるで星々の運行を模したかのように、複雑に交錯する光の線がいくつもの座標軸を設定し、その内部ではあらゆる法則がレイルの意のままに操られる。そこは、現実と幻想の狭間に生まれた、神秘的な独自空間と化していた。


カイルの剣が魔王の巨体へと肉薄する。しかし、魔王は動じることなく、その眼光だけでカイルの動きをわずかに鈍らせた。その一瞬の隙を突き、魔王は巨大な左腕を振り上げる。圧倒的な質量を持った拳が、カイルを叩き潰さんと迫る。だが、カイルは冷静だった。彼は剣を盾のように構え、魔王の拳を受け止める。轟音と共に衝撃波が広がり、床が激しく揺れた。

その衝撃の最中、レイルの『エーテル・マトリクス』が本領を発揮する。カイルが踏みしめていた足元の空間がわずかに捻じ曲がり、魔王の拳の衝撃が不可視の軸に沿って分散されていく。カイルへのダメージは最小限に抑えられ、彼は体勢を崩すことなく、魔王の腕を駆け上がった。

「もらった!」

カイルの叫びが響き、剣閃が魔王の腕を切り裂く。深々と刻まれた傷口から、禍々しい黒い血が噴き出した。魔王は呻き、腕を振り払ってカイルを吹き飛ばそうとするが、レイルが素早く追撃する。

「『重力収束グラビティ・コンプレッション』!」

レイルが手のひらを魔王に向けた瞬間、魔王の全身に想像を絶する重圧がのしかかる。あまりの圧力に、魔王の巨体が軋むような音を立て、その動きが鈍った。その隙を逃さず、カイルは宙で体勢を立て直し、再び魔王に斬りかかる。連撃、そして瞬速の斬撃が魔王の体を次々と捉える。カイルの剣筋は、魔王の強靭な肉体をもってしても避けきれないほどに研ぎ澄まされていた。

「小癪な!」

魔王は激昂し、口から暗黒の雷を吐き出した。それは空間をねじ曲げ、あらゆるものを灰燼に帰す破壊の力だ。しかし、雷がカイルに到達する寸前、レイルは再度『エーテル・マトリクス』を駆使した。雷の進行方向が微妙に歪められ、カイルの横をかすめていく。雷は魔王の城壁に当たり、黒い焦げ跡を残した。


激闘の中、魔王は不敵な笑みを浮かべた。

「小童め…その才、ここで潰してくれよう!」

魔王が大きく振りかざした腕から、漆黒の魔力が凝縮され、凄まじい速さでレイルへと放たれた。それは、空間すら歪ませる純粋な破壊の塊、暗黒魔法。レイルは反応しようとするが、あまりにも速すぎた。刹那の間に魔王の力がレイルの右横腹を貫通した。

「ぐっ…!」

レイルの口から、鮮血が噴き出す。激痛が全身を駆け巡り、意識が遠のきそうになる。その傷は深く、継続して体力を奪っていく。だが、ここで倒れるわけにはいかない。回復魔法を使う暇などないことを本能的に悟ったレイルは、苦痛に顔を歪ませながらも、最後の力を振り絞る。

「『絶対防御イージス・ウォール』!」

傷ついた体で、レイルはカイルと自分を覆うように、強固な防御魔法を展開した。半透明の強固な壁が、迫りくる魔王の追撃から二人を守る。その壁には、レイルの命が燃焼するような輝きが宿っていた。



激闘の中、魔王はレイルの才覚を危険視し、まずは彼を戦闘不能にしようと狙いを定めた。

「小賢しい小童め。永久にその輝きを失うがいい。永久凍土インペリアルアイス!」

魔王が放ったのは、空間そのものを凍てつかせる絶対零度の嵐だった。レイルは瞬時に反応し、自身の周囲に半透明の円盤を三重に重ねた防御魔法を展開する。しかし、その氷塊は、レイルの防御を嘲笑うかのように、何の抵抗もなくすり抜け、彼に直撃した。

『インペリアルアイス』は、対象を殺すのではなく、活動を完全に停止させる「非殺傷魔法」。そしてレイルが展開した防御魔法は、防護範囲を限定することで防御力を極限まで高めるものの、その対象は「殺傷を意図した攻撃」に限定されていた。故に、非殺傷である『インペリアルアイス』は、レイルの魔法を無効化し、彼を完全に包み込んだのだ。

レイルは、透き通るような氷の中に閉じ込められた。息をすることも、指一本動かすこともできない。まるでコールドスリープのように、彼の命の灯火は守られていたが、その氷は日光でしか溶けないという特性を持つ。

魔王は凍りついたレイルを嘲笑うかのように軽く持ち上げ、部屋の奥にぽっかりと開いた、どこまでも続く底なしの闇へと投げ込んだ。

「永遠に光の届かぬ深淵で、眠るがいい」

レイルが暗黒海の深淵へと消え去った瞬間、カイルの理性が吹き飛んだ。最愛の弟が、闇に囚われた事実が、彼の全身を激しい怒りで満たしていく。

「レイル……レイルっ!」

カイルの全身から、凄まじいまでの闘気が噴き出した。それは、命の炎を燃やし尽くす禁術――『終焉の咆哮エンド・ロアー』の兆しだった。彼の肉体は限界を超え、周囲の空気が熱を帯び、目に見えない圧力波がほとばしる。大地は軋み、空間そのものが震え上がるほどの超高速で、カイルは魔王へと突進した。

「貴様だけは……ッ!」

魂を削り、全てを賭したカイルの一撃は、魔王の強固な防御を紙切れのように引き裂き、その巨体を真っ二つに断ち割った。世界を苦しめてきた魔王は、断末魔の叫びと共に崩れ去り、その肉体は黒い塵となって消滅した。

魔王が消滅し、邪悪な瘴気が薄れていく。しかし、勝利の喜びは訪れなかった。魔王が死んだ数秒後、カイルの全身を包んでいた光が急速に失われていく。力尽きた彼の肉体は、静かにその場に倒れ込んだ。

世界は救われた。だが、その代償は、あまりにも大きすぎた。

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