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負の感情を吐き出した夜、僕は生まれ変わった

作者: 隣町の人
掲載日:2025/02/15

社会人になって数ヶ月、毎日が必死だった。

全力でやっているのに、成果が出ない。ミスばかりして、叱られる日々。



指導係の田中さんには毎日のように怒鳴られた。

「何回言ったら分かるんだ!」

「本当にやる気があるのか?」

頭では理解しているつもりなのに、いざ行動に移すとミスをする。

どれだけ頑張っても、空回りばかりだ。



次第に、僕は卑屈になっていった。

「俺がダメなんじゃない。田中さんの教え方が悪いんだ」

そう思わなければ、自分が潰れてしまいそうだった。



同期はというと、まるで別世界にいるようだった。

飲み会の席では、楽しそうに

「仕事が楽しい」

「鈴木さん(上司)は優しくて頼りになる」と笑い合っている。

僕は心の中で叫んでいた。

「取り返しのつかないミスをして、消えてしまえ」

嫉妬と妬み、醜い感情が胸の中を渦巻いていた。




ある日、仕事が終わり帰り支度をしていると、久保田部長が近づいてきた。

「あのさ、今日の夜、時間あるか?ちょっと飲みに行こう」



「説教だな」

瞬時にそう思った。仕事のできない僕を呼び出して、上から目線で説教するつもりだろう。

断ろうとしたが、腕を引かれて半ば強引に連れて行かれた。



焼鳥屋のカウンター席。

久保田部長はビールを一気に飲み干して、ひとこと。

「お前、俺のこと嫌いだろ」



「……え?」


予想外の言葉に、思わず固まった。



「いや、そんなことはないです。尊敬してますし、今日も誘っていただいて嬉しいです」

言葉が軽かった。自分でもわかるくらい薄っぺらい建前だ。



久保田部長はビールをもう一口飲んで、僕を真っ直ぐに見た。

「嘘つけ。断ろうとしたくせに、そんなこと言ってんじゃねぇよ。本音で話せ」



何かが弾けた。


胸の奥に溜め込んでいた感情が、堰を切ったように溢れ出した。

「ムカつくに決まってるじゃないですか!俺ばっかり怒られて、仕事もうまくいかなくて……同期はみんな楽しそうで、恵まれた環境にいるのに、俺だけが……!」



気づけば、言葉が止まらなかった。

心の中に溜まっていた嫉妬、妬み、不満、悲しみ、自己嫌悪。

すべてをぶつけ続けた。



久保田部長は黙って頷きながら聞いていた。

言葉を挟まず、ただただ受け止めていた。



「……ふぅ」



ようやく息が切れて、僕はビールを一気に飲んだ。

不思議と、胸が軽くなっていた。



「どうだ、少しはスッキリしたか?」

久保田部長が笑う。



「はい……なんか、すみません」

そう言いながらも、心の中は驚くほど静かだった。



「いいんだよ。溜め込みすぎると、人間は壊れる。だから、負の感情は吐き出す場所が必要なんだ。ただし、吐き出していい相手を間違えるな」



「え?」



「感受性が強い人や、真面目な奴に言うと、余計に悩ませちまうからな。俺みたいな適当な人間にぶつけろ。俺はお前の嫉妬や愚痴を肴に美味い酒が飲めるからな。ありがとうよ」

目の前で笑う久保田部長は、まぶしく見えた。



「……今日、俺を誘ったのは、その話をするためだったんですか?」



「ああ。お前、最近ちょっとヤバそうだったからな。昔の俺を見てるみたいで、ほっとけなかった」

「昔の……部長が?」



「ああ、俺もな、同期に嫉妬して仕事が嫌になって、何度も辞めようと思ったよ。だけどな、その感情を吐き出せる相手がいて救われたんだよ。だから今度は俺が、その役目をする番だ」



僕の目に、じわりと涙が浮かんだ。

久保田部長が、優しく笑った。

「泣いてもいいぞ。負の感情は出し時さえ間違えなければ、出してもいいんだよ」



次の日、世界が少しだけ明るく見えた。

田中さんに怒られても、昨日までのように心が沈まなかった。

「ああ、また飲み会で吐き出せばいい」

そう思えたからだ。




今では、久保田部長との「負の感情の交換会」という名の飲み会が毎月の恒例行事になっている。

僕はまだ仕事ができないけれど、負の感情の吐き出し方を知ったおかげで、少しずつ前に進めている。



そして、負の感情を受け止めてくれる存在の大切さを知った。



ーあの夜、僕は生まれ変わったのだ。

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