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負の感情を吐き出した夜、僕は生まれ変わった

作者: 隣町の人

社会人になって数ヶ月、毎日が必死だった。

全力でやっているのに、成果が出ない。ミスばかりして、叱られる日々。



指導係の田中さんには毎日のように怒鳴られた。

「何回言ったら分かるんだ!」

「本当にやる気があるのか?」

頭では理解しているつもりなのに、いざ行動に移すとミスをする。

どれだけ頑張っても、空回りばかりだ。



次第に、僕は卑屈になっていった。

「俺がダメなんじゃない。田中さんの教え方が悪いんだ」

そう思わなければ、自分が潰れてしまいそうだった。



同期はというと、まるで別世界にいるようだった。

飲み会の席では、楽しそうに

「仕事が楽しい」

「鈴木さん(上司)は優しくて頼りになる」と笑い合っている。

僕は心の中で叫んでいた。

「取り返しのつかないミスをして、消えてしまえ」

嫉妬と妬み、醜い感情が胸の中を渦巻いていた。




ある日、仕事が終わり帰り支度をしていると、久保田部長が近づいてきた。

「あのさ、今日の夜、時間あるか?ちょっと飲みに行こう」



「説教だな」

瞬時にそう思った。仕事のできない僕を呼び出して、上から目線で説教するつもりだろう。

断ろうとしたが、腕を引かれて半ば強引に連れて行かれた。



焼鳥屋のカウンター席。

久保田部長はビールを一気に飲み干して、ひとこと。

「お前、俺のこと嫌いだろ」



「……え?」


予想外の言葉に、思わず固まった。



「いや、そんなことはないです。尊敬してますし、今日も誘っていただいて嬉しいです」

言葉が軽かった。自分でもわかるくらい薄っぺらい建前だ。



久保田部長はビールをもう一口飲んで、僕を真っ直ぐに見た。

「嘘つけ。断ろうとしたくせに、そんなこと言ってんじゃねぇよ。本音で話せ」



何かが弾けた。


胸の奥に溜め込んでいた感情が、堰を切ったように溢れ出した。

「ムカつくに決まってるじゃないですか!俺ばっかり怒られて、仕事もうまくいかなくて……同期はみんな楽しそうで、恵まれた環境にいるのに、俺だけが……!」



気づけば、言葉が止まらなかった。

心の中に溜まっていた嫉妬、妬み、不満、悲しみ、自己嫌悪。

すべてをぶつけ続けた。



久保田部長は黙って頷きながら聞いていた。

言葉を挟まず、ただただ受け止めていた。



「……ふぅ」



ようやく息が切れて、僕はビールを一気に飲んだ。

不思議と、胸が軽くなっていた。



「どうだ、少しはスッキリしたか?」

久保田部長が笑う。



「はい……なんか、すみません」

そう言いながらも、心の中は驚くほど静かだった。



「いいんだよ。溜め込みすぎると、人間は壊れる。だから、負の感情は吐き出す場所が必要なんだ。ただし、吐き出していい相手を間違えるな」



「え?」



「感受性が強い人や、真面目な奴に言うと、余計に悩ませちまうからな。俺みたいな適当な人間にぶつけろ。俺はお前の嫉妬や愚痴を肴に美味い酒が飲めるからな。ありがとうよ」

目の前で笑う久保田部長は、まぶしく見えた。



「……今日、俺を誘ったのは、その話をするためだったんですか?」



「ああ。お前、最近ちょっとヤバそうだったからな。昔の俺を見てるみたいで、ほっとけなかった」

「昔の……部長が?」



「ああ、俺もな、同期に嫉妬して仕事が嫌になって、何度も辞めようと思ったよ。だけどな、その感情を吐き出せる相手がいて救われたんだよ。だから今度は俺が、その役目をする番だ」



僕の目に、じわりと涙が浮かんだ。

久保田部長が、優しく笑った。

「泣いてもいいぞ。負の感情は出し時さえ間違えなければ、出してもいいんだよ」



次の日、世界が少しだけ明るく見えた。

田中さんに怒られても、昨日までのように心が沈まなかった。

「ああ、また飲み会で吐き出せばいい」

そう思えたからだ。




今では、久保田部長との「負の感情の交換会」という名の飲み会が毎月の恒例行事になっている。

僕はまだ仕事ができないけれど、負の感情の吐き出し方を知ったおかげで、少しずつ前に進めている。



そして、負の感情を受け止めてくれる存在の大切さを知った。



ーあの夜、僕は生まれ変わったのだ。

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