転生、のちにドンレミを出る
それは僕が普段使われていない学校の古いトイレで、自分でお尻が拭けない幼馴染である“篠井あやめ”のお尻を拭いている時の出来事だった。
突然、目の前が黄金の光に包まれ顔のよく見えない神聖な7人の男たちが姿を現した。
「ちょっと何で手を止めるの。せっかくの私と裕人のお楽しみの時間なのに」
「えっこれってそういう意味合いだったの? じゃあやめよ。汚いし」
「いや自分でお尻が拭けないのは本当よ。だからお願いやめないで」
『おい、お前』
「僕たち高校生だよ!もういい加減に自分でお尻ぐらい拭いてよ。赤ちゃんじゃないんだからさ」
「嫌よ。だってお尻って汚いし、自分で自分のお尻を拭いている様って滑稽じゃない?凄く笑えるわ」
「僕だって人のお尻拭くの汚いから嫌だよ。というか人に拭いてもらっている方がずっと滑稽だからね」
『おいお前!いつまで無視するつもりだ。神罰を下すぞ』
「あっすみません。ほらあやめちゃんもパンツ履いてよ」
「ちょっと!?拭きが甘いわよ。これじゃあ後でムズムズするわ」
『もういい。さっさと行け!』
その瞬間、目も開けられないほどの眩い光が僕らの視界を包んだ。
「ここは……?」
気がつくと中世風の質素な庭に立っていた。遠くには樫の森が見え、明らかにさっきまでいた都会ではないことがわかる。また、後ろを振り返ると教会があった。
そして目の前には僕たちと同じ歳ぐらいの女の子が涙を流している。
「あなたたちは?」
少女が尋ねる。
「私たちは気づいたらここにいたのよ」
「ああ、きっと神の御使様なのですね」
少女は姿勢を正し両手を祈るように胸の前で合わせた。
そして少女は名を名乗る。
「私の名前はジャンヌ・ダルク。神より祖国を救う使命を預かった者です」
ジャンヌ・ダルク? フランスの英雄にして聖女、同時に身に余る使命を負って非業の死を遂げた哀れな少女だ。
彼女がいるということはここは中世フランス。僕とあやめちゃんはそんなところに飛ばされたのか。
「ところで、御使様はどうしてそのような格好なのですか?」
僕とあやめちゃんが顔を見合わせる。あやめちゃんはお尻を出したままで、僕はそこにトイレットペーパーを添えている。
「たしかに初対面の人にする格好ではないわね」
「そうだね、初対面の人にこれはないや。見苦しいところを見せてごめんなさい。ほら、早くパンツ履いて」
「いえ、初対面かどうかは関係ないと思いますが」
たしかに。さすがは聖女ジャンヌ・ダルクだ。素晴らしい道徳観念を持っている。
あやめちゃんがパンツを履く間、僕は自己紹介をする。
「僕の名前は岡崎裕人、裕人でいいよ。それでこっちの頭にシュシュをつけてるのがあやめちゃん」
「なるほど。裕人様にあやめ様。私のことはどうかジャンヌとお呼びください」
「うん、そう呼ぶよ。ありがとう」
さて、ここまでどのくらいの言語が伝わるのか理解できた。日本語・フランス語間だけでなく、シュシュというこの時代にないものも伝わっている。さすがは神様だ。
「ねえ、それで私たちは何をしたらいいのかしら。早く家に帰って妹の充電コードを全てLitning端子に変えたいんだけど」
スマホ買い換えたばっかりなのに充電できなくなっちゃうじゃないか。なんでそんな陰湿なことばっかりするんだ。
「実は困っていたんです。お告げに従ってヴォラクールという街に行かないといけないのですが手段がなくて」
「そんなの家族に頼めばいいじゃない。私もよく親の車を借りて乗り回しているわよ」
「家族は私の使命に反対しているのです。家で母の手伝いをして暮らし結婚して普通の暮らしをして欲しいと」
「ふーん、あなたはそれが嫌なのね」
ジャンヌさんが俯いて黙る。それから庭の地面を撫でながら答える。
「もう友達にもお別れを済ませましたから。向こうの街に行ってからの手筈も整っているんです。後には引けません」
「あっそ。そのくせに移動手段を用意していないなんて間抜けね」
「協力者の叔父様が用意してくれるはずだったのですが、途中で馬が逃げてしまったと。きっとこれも試練なのでしょう」
あやめちゃんが整えられた庭の植物をぶちぶち抜きながら僕の方をみる。
「こういう転生モノってなんか凄い能力をもらうのが定番じゃない?何かないの?」
「そんなこと言われても。神様の話ガン無視しちゃったからなあ」
そう思いながら手に力を入れて念じてみる。
乗り物! 乗り物! 乗り物!
そうすると目の前が光り出す。
おお凄い!僕にもチート能力が!
そして、光が収縮する。
そこに現れたのはローションマットだった。
風俗やソープ、ラブホテルに置いてあるらしい大きなエアーマット。目の前に現れたものはかなり大きく3人で乗ることは難しくない。
「最低な能力ね」
「仕方ないでしょ!なんか出たんだから。あやめちゃんだって何もしてないじゃないか」
「私は変態のあなたからジャンヌちゃんの処女を守るためにいるのよ」
ジャンヌさんが顔を赤らめてさっと胸元を隠すように両手で体を覆う。
くそっ自分だけ好感度を上げやがって。
「でもこれ凄いわ。ほらマットの後ろを見てみて」
あやめちゃんの言うとおり回り込むとマットの上側面にジェットのようなものがついている。
「それに見てみて。枕部分に収納があるわ。入っているのは……なるほどハンドルね」
ハンドルをよく見てみるといくつかボタンがある。もしかしたらこれはローションマットの姿をした乗り物なのかもしれない。これで移動手段を確保できた。
「よし、これに乗って隣町まで行こう!」
「えっ、ああそうね。ええ」
「は、はい。そのありがとうございます御使様」
二人とも反応が微妙だ。何か問題があったのだろうか。もしかした突然の出来事に頭がついてきていないのかもしれない。
「二人とも大丈夫だよ。僕の肌感だけど危ないものじゃないと思うから」
「いえ、そんな問題ではなくて」
「じゃあ、どんな問題だよ」
文句ばかり言うあやめちゃんに少し強めに不満を言う。そうするとジャンヌさんが小さい声で呟くのが聞こえる。
「これに乗って移動するところ街の人に見られたくないなあ」
……たしかに。この時代の人たちがローションマットに乗って高速で移動する人間なんて見たら腰を抜かすに違いない。というか、現代でも大騒ぎになる。
「それにこれに乗って行くと言うのは危険じゃないかしら。仮に上手く操縦できたとしてもマットの構造上必ず振り落とされてしまうわ」
あやめちゃんの言うとおりこのローションマットには掴む場所はおろか空気抵抗を受けるフロントも存在しないため乗ったところで振り落とされるのがオチだ。
「どうしようか」
「いやそもそもどうしてローションマット型の乗り物なのよ。普通の車とかを出せばいい話じゃない」
「わかったよ。やってみる」
そして、再び意識を集中する。そうすると眩い光がさっきと同様に目の前に起こり、それらが収縮してローションマットが現れた。
「ふざけているの?」
「大真面目だよ!というか、そう言うあやめちゃんこそ何かやってみてよ!」
「それは無理ね。さっきからけつに力を入れて色々と試しているけれど何も出そうにないわ。強いて言うならうんこが出そうよ」
「やめてよ! ここトイレットペーパーもゴム手袋もないんだよ。誰がお尻を拭くと思ってるの!」
つまりあやめちゃんは何の役にも立たないということか。
「はしたないですよ、あやめさん。せっかく大人びていて美しい方なのに」
「確かにあなたみたいな背の低いチンチクリンと比べればずっと大人ね。もっと褒めてもいいわよ」
「ごめんねジャンヌさん、あやめちゃんは自分の価値を貶めずにはいられないんだ」
曰く“黙っていれば美人なのに”を座右の銘にしているらしい。
「乗り物はこれで仕方がないとして他に何か出せないの? 体を固定するものと体せめて頭を保護するものが欲しいわ」
「それはそうだね。どれくらいスピードが出るのかはわからないけど、車と同じ速度が出るならその二つは絶対に欲しい」
そうして、もう一度集中して念じる。
「これは……!」
ギャグボールが出てきた。しかし通常の口につけるものとは違いベルト部分がかなり長い。
「よかった。今度は普通のものですね。ベルト部分が少し特徴的ですが」
「えっ」
ジャンヌさんはこれがSMグッズということに気づいていないのか?
「ジャンヌさん、さっきのマットが何かわかる?」
「えっ、あれはボートではないのですか?かなりおかしな目をしていますが」
なるほど。もしかしたらジャンヌさんが現代に生きていた場合に知っている知識は伝わるのかもしれない。だからシュシュは伝わってもアダルトグッズなんかの特殊なものは伝わらない。
「わかってないわね。これは大人がへっひふふ」
「余計なことは教えないでね」
慌ててあやめちゃんの口を塞ぐ。ジャンヌさんの潔癖は僕が守らねば。
「何はともかくこれでマットと体を固定しよう」
「ねえ、何でさっきからデザインがいちいちアダルトグッズなのよ。22世紀のアダルトショップで買ってきているのかしら」
「エロのド○○もん!?」
何となく自分の能力がわかってきた。代償がわからないのが怖いけれどアイテム作成はかなり当たりの部類だろう。しかも僕に合っている。見た目はアダルトグッズ縛りだが。
「じゃあ、頭を保護するものを作るね」
そうして僕は近くの茂みに入った。下手なものが出た時にジャンヌさんに見せないようにするためだ。
「来い!」
口元以外を全て覆われた黒いマスク、いわゆるオーバーマスクが出てくる。
よかったジャンヌさんの前で出さなくて。こんなものをジャンヌさんにつけさせるわけには……。想像する。これはなかなか背徳的だな。僕の能力的に他のデザインは無理そうだし仕方ない。
もちろん、僕は公正と平等を愛する紳士なのでまず自分がそれをつけて二人の前に出る。
おっ意外と視界も問題ないぞ。
「二人ともこれ被ってー
ドゴッ
体が横に数メートル飛ぶ。
「強度は問題なさそうね」
「いきなり頭を殴らないでよ!」
「ごめんなさい。下心を感じたからつい」
くっ、言い返せない。
「ああ主よ、不敬にも私はこの旅に不安を感じています。どうかご加護を」
僕たちのやりとりを見て不安になったジャンヌさんが祈り始めている。
「もうふざけていないで行くよ」
カンカンカンカンカンカンッ!
突然、猛々しい鐘の音が聞こえる。
急になんだ?
「大変です皆さん!強盗が来ます!すぐに近くの城に逃げましょう」
「強盗?」
確かに怖いけれど街全体で警鐘が鳴るほどのことだろうか。
「彼らは近くの戦場へ向かう兵士の集団です。食料や生活費を得るために近い街から強奪を行うのです。ここは戦場が近いですから」
「そういうことか。あやめちゃんも早く逃げよう!」
あやめちゃんの方を見るとじっと立ち尽くしている。これはまずいかもしれない。
「あやめさん!早く逃げましょう!」
「いやよ」
出た、あやめちゃんのイヤイヤ期だ。こうなったらテコでも動かない。
「何を言っているんですか!?彼らは見境がありません。女性なんて捕まったら特に」
ジャンヌさんがあやめちゃんを必死に説得しようとする。しかし、あやめちゃんは耳を貸さない。
「あなた国を救うんでしょう?」
「それは……」
「じゃあこれぐらいで逃げては話にならないわ」
「でも私たちには兵力も武器もありません」
「それならあるじゃない、ここに全て」
ジャンヌさんが驚いて辺りを見渡す。しかし、そこには逃げ惑う人々の姿しかない。
「一体、どこに……」
「まあ見ていなさい小娘。裕人!武器を一振りと移動の準備をしなさい!」
「もう出来てる!」
一振りの長いディルドをあやめちゃんに渡す。あくまでディルドなので切れ味は無いがそれ以外は限りなく薙刀に近い。ただし、あやめちゃん用に通常の何倍も太く重くしている。渡すのに苦労するほど重いこの薙刀はおそらくあやめちゃんにしか扱えない。
「さすが私のバディ。惚れ惚れする出来ね」
「移動の準備もできているから早く乗って!」
「皆さん一体どうするつもりですか!?まさか戦うつもりじゃ……無理です!危険すぎます!」
ギャグボールのシートベルトをセッティングし、オーバーマスクを装着する。
「大丈夫、僕とあやめちゃんの二人なら絶対に負けないから」
そう言ってマットにあやめちゃんとうつ伏せに並ぶ。運転は無免許運転常習犯のあやめちゃんだ。武器を片手にハンドルを握っている。
「ギャグボール締めるよ!」
「待ってください!私も行きます」
ジャンヌさんが飛び乗ってきた。
「ふん、好きにしなさい。自分の身は自分で守ることね」
「構いません!」
「じゃあこれ着けて!」
オーバーマスクを渡す。
ジャンヌさんは一瞬、嫌そうな顔をしたが意を決してそれを着けた。
そうして、敵軍に突っ込む最終準備を始める。真ん中は運転のあやめちゃん、それを両側から僕とジャンヌさんが挟み込む形で抱きつく。ギャグボールのベルトから抜け落ちた時にハンドルを握っているあやめちゃんにしがみつくためだ。
「不謹慎ですけど冒険みたいでなんだかドキドキしますね」
至近距離でオーバーマスクを着けたジャンヌさんが不器用に笑いながら言う。
「あやめちゃんといたら毎日がそんな感じだよ」
ブルルンッ、エンジンがかかる。
「今度こそ、ギャグボール締めるよ」
ボタンを押す。
「痛っ!」
余裕を持たせて巻いていたギャグボールが凄まじい勢いで締まったため体が鞭を打たれたようになる。これは改良が必要だ。
ジャンヌさんの方を見ると怪我はなかったことを目配せで教えてくれた。
「行くわよ」
そして、オーバーマスクを着けた3人を乗せた奇妙なローションマットが敵陣に向かって高速で発射した。
「きゃああああああああああああああああああああああああ!」
思っていたよりもずっと速い。振り落とされないように必死であやめちゃんにしがみつく。ジャンヌさんと何度も顔がぶつかるため、途中からは互いにおでこを合わせていた。
「止まるわ!衝撃に備えて!」
あやめちゃんが華麗にドリフト駐車を決める。慣性で吹き飛ばされそうになるのをあやめちゃんを頼りに堪える。さすがはあやめちゃん、大木のような安心感だ。
「はあ、はあ、はあ」
そして、起き上がると目前にはすでにざっと30人程度の兵士がいた。ギャグボールのベルトを外しすぐに臨戦体制をとる。
「なんだこいつら……いや、なんだこいつら!?」
オーバーマスクを着けた3人が高速で突っ込んできたらそりゃビビるよな。まあ色々と都合がいいから外さないけど。
「貴様らもしや悪魔の使いだな! 成敗してくれる!」
兵士は剣を抜き、すぐ後ろからも敵が向かって来ている。
「ジャンヌさん、僕たちは後ろに! 邪魔になるから」
「しかし、あやめさん一人では!」
「大丈夫だから!」
無理やり手を取って後方に避難する。巻き添えを喰らってはひとたまりもない。
あやめちゃんはすでに大きく薙刀を振りかぶっている。
「それじゃあ行くわよ!」
ドッッ
鈍い炸裂音が響く。
顔を上げると前方で人間が3人まとめて空中に吹き飛んでいる。
「本当にいい出来ね!裕人!」
人間離れした怪力のあやめちゃんに合わせてあの薙刀はかなり重めに作っている。成人男性でも持ち上げるのがやっとの代物をあんなスピードで振られてはたまったものでないだろう。
「彼女はいったい!?」
「篠井あやめは歴史ある薙刀の道場の一人娘だよ。そしてその実力は歴史に例を見ない大天才。不良相手に薙刀で喧嘩してしまうから万年出場停止になっているけどね」
僕が思うに薙刀を持ったあやめちゃんは人類で一番強い。
「では裕人様は一体」
「僕の仕事はあやめちゃんに武器を渡すこと。あとはちょっとしたサポートかな」
不良が群れをなして報復に来るのに周りの人があやめちゃんから薙刀を没収するから僕がいつも苦労して武器を調達したのだ。中学生二年の夏休みを全て費やして薙刀を1から作る技術を習得したのはいい思い出だ。夏休み最後の日に師匠が僕は僕でありえない才能があると褒めてくれたのは人生で一番嬉しかったかもしれない。
「まあ武器は渡したからあとはサポートだね。ジャンヌさんは後ろにいて」
そう言いながら手元に再び武器を作る。その間も人間の花火が打ち上がり続ける。
不良と違って相手はすでに人を殺したことのある人間、しかも戦いに慣れた兵士だ。さっきからひやっとする場面が少なからずある。
「あやめさん!」
あやめちゃんの背後から兵士が襲いかかっている。まとめて吹き飛ばされた際に味方が緩衝材になってダメージが浅かったのだ。だが、あやめちゃんは全く振り返らない。
そう、これは僕の仕事だ。
「ぐあっ!」
僕の手に付いた筒からエネルギー弾が放出され兵士を撃ち抜く。上手くいった。
「裕人さん、それは一体!?」
僕が手につけているのは非貫通型オナホールだ。もちろんただのオナホールではない。手を中に突っ込むとレバーがありその先に付いたボタンを押すことで弾が発射される。
僕はこれを“オナ砲ル”と命名した。
「後ろのガキを狙えっ!危険な飛び道具を持っているぞ!」
「よそ見していいのかしら?」
また人間が打ち上がる。さっきの僕の一撃で相手の連携が乱れた。その間を縫って的確に敵を撃ち抜く。一発打つごとに10秒ほどのクールタイムが必要だが、そこはあやめちゃんがカバーしてくれている。
―勝てる
そう思った時だった。
「うわああああん! やめろおお!」
少し離れた場所で子供の声がする。
「ジャンヌさん!」
後ろを見るとジャンヌさんがいなくなっている。
代わりに子供の声がする方を見ると、ジャンヌさんが子供を庇い一人の兵士から背中を蹴られている。
「女は殺さず連れていって遊んでやる!その前にガキをよこせ! そいつ、さっき金になりそうなもん持ってたよなあ!」
「いやです!子供に手は出させません!」
「ったくめんどくせえなあ! 上玉だからたっぷり犯してやろうと思ったがいいや。ぶち殺して死体で遊んでやる!」
「恥を知りなさい!」
兵士が腰の剣に手を伸ばす。ジャンヌさんはその場にしゃがみ込んで動けない子供を抱きつくような姿勢で必死に守る。
「裕人! 何とかしなさい!」
「何とかって! 僕の武器じゃ巻き込んじゃうよ!」
何かいい方法は?今から武器を作る?いや間に合わない。
周りを見渡す。あるのは乗ってきたマットとベルトのみ。考える。
「ほらっ、子供をよこせば殺さないでやる!早く選べ!」
「この子には指一本も触れさせません!」
「お姉ちゃああああん!!」
「裕人!」
「わかってる!」
ギャグボールをマットのハンドルに結びつけ、マットのエンジンをかける。そして、ギャグボールのスイッチを押しながらマットを斜め上に発射する。
「ぬおっ!なんだ!?」
兵士の頭上を高速でマットが駆けた。
「驚かせやがって! そんなもん当たるわけねえだろうが!」
当たる必要はない。そもそも当たったところでたいしたダメージにもならない。狙いは僕とあいつとの間に輪を作ること。
ギャグボールはスイッチを押している間はベルトが伸び続ける。そのため今あの兵士はマットに結びついたベルトと僕の間で出来た輪の中にいる。
ギャグボールのスイッチから指を離しもう一度スイッチを押した。
「ぐっあああああ!」
ベルトが高速で締まる。それに引っ張られて僕も高速で引きずられる。
しかしまだ離すわけにはいかない。
「もう待たないからな!二人ともぶっ殺してー!?」
「いっけえええええええ!」
空振りしないようにギリギリまで位置を調整したギャグボールから手を離す。僕の体重がなくなったぶんさらに加速して目にも止まらぬ速さで兵士に飛んでいく。
「ぐあっ!!」
兵士の脇腹にギャグボールが食い込み、反対側からマットに挟まれる。
「なんだこれ!?おい待て!進むな!」
そして、マットに拘束された兵士はエンジンがかかったままのマットにそのまま攫われていった。
「ナイスよ! 汚名探偵!」
「誰が汚いコ○ンくんだ!?」
僕はジャンヌさんの元へ駆け寄った。
「大丈夫ですか!?」
「はい、それよりもこの子を。足をけがしています」
子供の方を見ると足に擦り傷がある。逃げるときに転んだのだろう。それよりも問題なのはジャンヌさんの方だ。全く大丈夫じゃない。殴られて頭から血が流れている。
「オーバーマスクはどうしたんですか!?」
「子供が怖がるといけないので……」
確かに僕の方を見て子供があの兵士以上に怯えている。僕も慌ててマスクをとった。
「あのお兄さん、お姉ちゃんは大丈夫なんですか?」
「うん、きっと大丈夫。僕に任せておいて」
手元に集中してアイテムを出す。精力剤が出てきた。
「これ飲んで!」
「ありがとうございます」
ジャンヌさんがそれを飲むと瞬く間に傷が癒えていく。よかった、ちゃんと回復した。見た目じゃ効能がわからないから普通に精力剤だったらどうしようかと思った。
「あやめさんは大丈夫なんですか?」
「ああ、あっちはだいたい片付いていたから大丈夫だよ」
あやめちゃんの方を見るともう誰も立っていなかった。それどころかあやめちゃんが残党狩りをしている。
「やめてくれえ! 命だけは!」
「ええ、命は奪わないわ。でもその金玉はいただくわよ。私たち悪魔は人間のすりつぶした金玉が大好物なの」
オーバーマスクを被ったままのあやめちゃんが超重量の薙刀で兵士の金玉を潰す。あの人たちはこの光景を一生忘れないだろう。
あやめちゃんの残党狩りが終わり、まだ動ける人間が気絶した兵士を連れて撤退していった。
「少しやりすぎではないですか?」
「あのぐらいやらないと報復に来るじゃない」
「そういうものでしょうか?」
「まあ、あっちもその覚悟でやってるんだから命があるだけいいんじゃない?」
ジャンヌさんが子供の手を引きながら住民が避難している城へと辿り着く。
「ここからはもう一人で大丈夫ですね?」
「お姉ちゃんたちは来ないの?」
「私たちは行くべきところがあるのでここで」
「じゃあお礼にこれあげる!」
そう言う子供は手から小さな金の髪飾りを差し出す。
「受け取れません! これはきっと大事なものなのでしょう? 私なんかに」
「なら私が貰うわ」
「いや、それは違うから」
横から余計なことを言うあやめちゃんを止める。その間も子供は髪飾りを渡す手を引かない。
「わかりました。これを旅のお守りにします。ですから私が無事に戻ってくることが出来たならこれをお返しさせてください」
そう言って子供から髪飾りを受け取る。子供は満足そうに頷いてから家族のいる城へと駆けていった。
それを遠目に見る僕にあやめちゃんが側まで寄ってくる。
「ねえ、裕人。ジャンヌ・ダルクってたしか……」
「……」
旅の終わりに彼女を待ち受ける運命は多くの人間の知るところである。彼女が国を救い火刑になるまでの短い期間に故郷へ帰ることが出来たのかどうかはわからない。だが、当時の状況を考えるとそんな暇は無かったと考えるのが妥当だろう。
「みなさん!出発しましょう!」
ジャンヌさんが笑顔で向かってくる。
「そうだね、行こうか」
僕は再びオーバーマスクを被りマットとベルトを出す。
この旅の先に何が待ち受けているのか。僕にはわからない。
だけどきっと僕とあやめちゃんなら大丈夫だ。
「ねえ、やっぱりこれで行くの?」
「えっ、あやめさんは嫌なんですか?」
意外にもジャンヌさんが乗り気だ。もうすでにオーバーマスクを被っている。
「……まあ、あなたがいいならいいわ」
僕たちは再びマットに乗った。
「じゃあ行くわよ!」
僕たちは目的のヴォクラールへと出発した。
月一回更新予定の短編です。
毎日更新の長編も連載しているのでよければぜひお願いします。