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ショートストーリ創作工房 51~55  作者: クリエーター・たつちゃん
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ショートストーリ創作工房 51~55

5編のショートストーリズ。その後の「ウサギとカメ」、目玉を買いたい、詐欺電話からシナリオを作る、疑う恋人たち、園庭での大人の真似っ子。

目次

51.昨日の敵は今日の友

52.目玉商品

53.年老いた脚本家

54.猜疑心

55.園庭にて



51.昨日の敵は今日の友

 むかし、むかしのおおむかし。ウサギとカメは浦島の丘で1回限りの徒競走をしました。誰がみても、ウサギが勝つことは明らかでした。ウサギも勝つことを確信して、レースの途中、油断し昼寝をしてしまいました。その結果、ウサギはカメに負けました。

 ウサギが村に帰ると、村はこの話しでもちきりでした。ウサギは皆から「村の恥さらし」と罵声(ばせい)を受け、村から追い出されてしまいました。

 行く当てもなく、ウサギはススキの原で十五夜の月を見上げて泣いていました。

「どこか遠くへ行きたい」

 すると、天に昇っていく籠から自分を見下ろす者がいました。それは、かぐや姫でした。ウサギは大声で叫びました。

「わたしを籠に乗せてください!」

 かぐや姫はウサギの事情を理解し、籠に乗せて月の世界へと連れて行きました。月に着いたウサギは来る日も来る日も姫の好物である餅を()き、和菓子を作りました。そうして、修行を積んだかいがあって、ついに一流の和菓子職人となりました。

 かぐや姫は月夜になると、お爺さんとお婆さんの家へ里帰りをしていました。そのたびに、和菓子をご馳走しました。そのお礼として、お爺さんとお婆さんは、自分たちが作った有機栽培の餅米を持ち帰らせました。

 一方、カメはウサギとの競走に勝ちましたが、歩みが(のろ)くて、海辺に辿り着くのに日数を要していました。もう数歩で海に入れるというところで、子どもたちに見つかり、棒で打たれていました。そこへ漁師の太郎が通りがかり、子どもを叱って、カメを助けてやりました。

「漁師の子どもが海の生き物をいじめてはいかん!」

 太郎は不漁続きで、現金収入もなく、このカメを鼈甲屋(べっこうや)へ売り飛ばそうと考えました。が、カメから海の底にある竜宮城という小料理店のあることを聞かされ、気持ちが変りました。そこには美しい乙姫様という女将(おかみ)がいるそうです。助けてやったお礼に、太郎は「俺をその竜宮城へ連れて行け!」と、命じました。

 太郎はカメの背中に乗って3日と空けずに通ってきました。竜宮城では、飲めや食えや踊れや歌えや、ドンチャン騒ぎです。これでは店の食べ物、飲み物がなくなってしまいます。さらに風紀が乱れ放題でした。そこで乙姫様は思案し、「これは最高級のお土産です」と玉手箱を差し出しました。〝もう来るな〟という意図でした。ところが、グデングデンに酔っ払っている太郎はその場で玉手箱を開けてしまいました。すると、その瞬間、小さな水玉が無数に立ち上りました。水玉が消え去ると、乙姫様は皺くちゃのお婆さんに変身していました。

 これでは女将として店には出られません。客足は減るばかりです。そこで乙姫様は店の経営権を太郎に譲渡しました。太郎は鯛やヒラメの中から一番の美顔を選び、女将としました。また海辺からの交通路を整備し、カメのタクシーも増便しました。


 太郎はとりわけ集客に力を入れました。ある日、シルバー割引招待券を持ってお爺さんの家を訪ねてきました。そこにはかぐや姫がいました。互いの商売について話をしているうちに太郎とかぐや姫は意気投合し、月で作った和菓子を店へ卸すという商談がまとまりました。

 ウサギはかぐや姫とともに月夜を選んで、和菓子を浦島の海辺へ運びました。それを海の底へ運ぶのはカメの役割でした。こうしてかつてのライバルは、取引相手となったのでした。

 その後、太郎はかぐや姫を店の女将にご指名し、共同経営者となりました。ウサギは和菓子製造部部長、カメは運搬部部長となり、肩書きの上では同格になりました。

 部長職に就いても名ばかりで、ウサギとカメはかぐや姫と太郎にとことんこき使われていました。過労死のデッドラインをはるかに上回るサービス残業を強いられていました。ウサギとカメはそれぞれかぐや姫と太郎に助けてもらった恩義から、逆らうわけにはいかなかったのです。

 そんなある月夜、和菓子を海辺へ運び終えたとき、ウサギはカメに声をかけました。

「あのときは、カメさんのことを(のろ)まだなんて馬鹿にして、ごめんなさいね」

 カメも答えました。

「♪ なーんと、おっしゃるウサギさん♪ 自分も身のほど知らずに、ウサギさんに挑もうとしたから」

 すると、ウサギが思い切ってカメを誘いました。

「お互い、過労死させられないよう、ここから逃げ出そうじゃないか」

 カメはすぐに賛成しました。

 海辺に和菓子を残して、丘を目指して登って行きました。

 むかし、むかしのおおむかしとは違って、ウサギはカメの歩みに合わせて進んで行きます。カメはウサギに声をかけました。

「ウサギさん。どうぞ、先に行って待っていてくださいな」

 ウサギは首を左右に振って答えました。

「いいえ。今じゃあ、わたしたちは『カメ死(正しくは兎死(うさぎし))すれば兎(正しくは(きつね))これを悲しむ』の仲だもの」

 1羽と1匹の小さな影がゆっくりゆっくりと動いて行きました。(了)



52. 目玉商品

―広告文。在庫は豊富。お財布に優しい超特価。どんな症状にも真心を込めて対応いたします。交換は迅速、待ち時間なし。


1.店主 いらっしゃい! どういう目をお探しでしょうか?

競泳選手 私は競泳の選手なのですが、泳ぐときに水中メガネを掛けるのが面倒でぇ。そのうえ、水の抵抗も受けますから。できれば水中メガネなしでレースに出たいのですがね。そのほうがタイムも良くて。そんな目、ありますか?

店主 はい。ありますよ。このマグロなんかはどうでしょうかね。スピードも体力もありますよ。競泳にはもってこいです。

競泳選手 じゃあ、交換してもらおうかな。

店主 はい。承知しました。でも、一点だけ注意してほしいことがあります。

競泳選手 なんですか?

店主 交換しますと、休むことなくず~~っと泳ぎ続けなければなりません。


2.店主 いらっしゃい! どういう目をお探しでしょうか?

射撃選手 遠くを見るのが辛くなってしまって、なにかいい目はありますか?

店主 はい。とりわけ遠くがよく見えるものがあります。

射撃選手 ほ~。ぜひ、交換したいですね。来月、オリンピック出場候補者を決める選手権大会がありますので。そこで上位3位までに入賞したいのですよ。

店主 はい。事情はよく分りました。これ、これなんかどうです。いいですよぉ。イヌワシ。

射撃選手 ほ~。立派なイヌワシの目。さすがに鋭い眼光ですね。

店主 はい。当店の自慢の品の一つですから。でも、一点だけ注意してほしいことがあります。

射撃選手 なんですか?

店主 高い木を見ると、その枝へ登りたくなるのですよ。


3.店主 いらっしゃい! どういう目をお探しでしょうか?

老学者 加齢とともに夕方から夜にかけて活字が読みづらくてねぇ。研究が進まないのだよ。この目に代わるものはあるかね?

店主 昔でいう鳥目というやつですね。幸い、いいのがありますよ。これです。モモンガ。

老学者 う~ん、モモンガねぇ。もっと度が強いもの……。

店主 じゃあ。これで決まりです。シマフクロウ。

老学者 シマフクロウ?

店主 なにか、ご不満でもありますか? これでいいと思いますがねぇ。この目なら360度回転できますので、あちこちに散らばった資料を読むのに便利ですよ。さらにいいことがあります。

老学者 どんな?

店主 前後左右の視界が開けて、老人特有の追突や転倒の予防にもなります。は~い。


4.店主 いらっしゃい! どういう目をお探しでしょうか?

土建屋 地下鉄の工事で地中に長くいるんだが、目が疲れてしょうがないんだ。なにかと交換できんかね?

店主 土の下でしたら、これしかないです。モグラはどうですかぁ?

土建屋 モグラ?

店主 モグラなら電燈を点けなくても、へっちゃらですよ。節電にもなります。

土建屋 節電? こりゃあいい。モグラにしょう。

店主 ところで、現場はどこですか?

土建屋 目を交換するのに現場の情報が必要かい?

店主 はい。関東と関西ではちょっと違いますから。

土建屋 ほ~。

店主 関東はアズマモグラ、関西はコウベモグラです。

土建者 現場は滋賀だけど、どう違うのかね?

店主 山地が苦手で肥えた田畑には強いコウベモグラが勢力圏を広げています。アズマモグラはどんどん退却している状況です。

土建者 まるでヤクザの縄張り争いみたいだ。

店主 そうです。では、コウベモグラと交換しましょう。


5.店主 いらっしゃい! どういう目をお探しでしょうか?

男優 私、俳優をしているのですが、役に応じて目の色を変えたいのですがねぇ。

店主 もう少し詳しく……。

男優 日本人の役をするときは黒目のままでいいのですが、西洋人を演じるときは青い色つきのコンタクトレンズを入れています。しょっちゅう、取り替えていると、間違えることがあって、青い目の日本人なんていませんよね。

店主 は~は~、なるほどぉ。分りました。トンボの目をお勧めします。

男優 トンボですか?

店主 はい。おまけに複眼ですよ。

男優 でも、問題がありますよね。

店主 えっ? ありますか?

男優 ありますよ。♪トンボのメガネは水色メガネ、青いお空を飛んだから……、トンボのメガネは赤色メガネ、赤いお空を飛んだから……♪

店主 ??


6.店主 いらっしゃい! どういう目をお探しでしょうか?

社長 私は某商社で取締役をしているのだが、このところ赤字決算が続いていて、株主たちから経営責任を厳しく追求されてぇ……。こう言えば、分るだろ?

店主 は~? いまいち分りかねますがぁ。住む世界が違っているようで、すみません。

社長 んんっ。このままでは社長を解任されてしまうのだよ。だから、それ、ようするに、それ、あれだよ。う~ん、分ってくれよ。

店主 いえ、真意が分りません。

社長 早い話が、株主総会での雰囲気に応じて色いろと答弁を変えて(玉虫色)だな、言い逃れたいのさ。分ってくれよ。

店主 そうですかぁ。それでしたら残念です。ご要望にはすぐにお応えできません。その目だけはお取り寄せ、特注になります。

社長 どこから?

店主 はい。国会からです。(了)



53.年老いた脚本家

―オレオレ詐欺、還付金詐欺、未公開株売付詐欺、いずれも電話による対応はその会話を録音されることが犯人にとっては一番嫌らしい。


『ピィー。録音メッセージは5件です。再生します。ピィー。』

1.『おじいちゃん、オレ、もうだめだよ。交通事故をして示談金を今日中に払わないと、会社にばらされて、クビになっちゃうよ。300万円、口座に振り込んでくれないかな? もう~オレ死んだほうがましだよ。このことは誰にも言わないでね。ピィー』

2.『こちらは医療費還付センターです。私は担当の悪人アクトです。あなた様が1年前に病院で支払った医療費が還付されます。時間が過ぎているので手続きをするには3万円を還付金受取り口座へ振り込む必要があります。この件については、誰かにしゃべるとあなたの権利は消滅しますから、しゃべらないよう願いますね。ピィー』

3.『はじめまして、私、ボロ儲株式会社の有噌ウソと申します。上場予定の未公開株を購入するためにあなた様の名義をお貸ししていただけませんか。謝礼として 万円お支払いします。ピィー』

4.『私、裁判官の能無ノウナシと申します。あなたがおこなった名義貸しは法律違反です。すみやかに解決するには法的手続きが必要です。ついては 万円をレターパックで早急に送付して下さい。いいですか? 誰かに相談せずに送付してくださいよ。でないと、判決は死刑になりますよ。ピィー』

5.『もしもし、はじめまして、私、宝くじ情報提供会社の担当腹黒ハラグロと申します。当社は宝くじの当選番号を予想し、その情報をお客様にご提供しております。このたび、わが社のマーケティング調査に基づきまして、あなた様に当選番号をご提供できることになりました。百発百中のはずれ券なしです。ご提供に際し、登録料が必要になります。今回が初回ですので、お安くなっております、指定の口座へ2万円をご入金してください。入金の確認がとれしだい、すぐに当選番号をお知らせします。なお、個人情報保護法により、この情報はわが社の極秘情報となっておりますので、誰にもしゃべらないように願います。ピィー』

『ピィー。5件の再生を終了します』


脚本家「う~ん。番組名は『劇場型詐欺』と決めているのだが、まだ情報が足りない。情報、情報……もっと奇抜なぁ、斬新なぁ、情報がぁ欲しい。う~~ん。しかたない、これだけの情報からシナリオを作るとしよう。番組名も変更だな」


『腕比べ』

吉田(よしだ)(とし)(ゆき)鈴木(すずき)(あきら)に電話をかける。

吉田 もしもし、はじめまして。私、ロト情報分析社営業部主任の吉田と申します。いま、お時間いただいてもよろしいでしょうか?

鈴木 はい。いいですよ。ご用件は何でしょう?

吉田 はい。ありがとうございます。わが社の主たる業務はロトの当たり番号を予測し、それをお客様にご提供することです。このたび、そのお客様として、わが社の顧客情報の中からあなた様が選ばれました。おめでとうございます。膨大なビッグデータを詳細に分析した結果、確実に5億円の賞金が手に入るロトの当たり番号をあなただけにご提供します。あなたは実に幸運な方です。これで億万長者になれます。もう働くこともないでしょう。

鈴木 あぁ、ロトですか。そうですか。確実に当たるのですね。

吉田 はい。100%当たります。わが社は45年の実績があり、これまで多数のお客様にご奉仕してまいりました。心配、ご無用です。13時までに指定の銀行口座へ200万円を入金していただければ、折り返しご連絡を差し上げます。 時を過ぎますと、あなた様の権利は消滅します。すぐにコンビニのATMへ行って、こちらの指示どおりにご入金してください。

鈴木 なるほどぉ。でも確実に儲けるのであれば、ロトより株でしょう。株は配当金とキャピタルゲインを手に入れることができますからね。実はここだけの話にしてほしいのですが、あなたにだけこの情報を教えるのですがね。こういう電話をお待ちしておりました。きっとこれまでに同じ手法でボロ儲けをされて、あぶく銭をお持ちでしょ。で、ですねぇ、私、手元に未公開株で近いうちに上場される株をもっているのですよ。そのうちの1000株をお譲りしてもいいですよ。証券業界でも一押しの株です。確実に180%値上がりします。300万円を 時までに指定の銀行口座へ振り込んでいただいて、こちらで入金が確認されしだい、折り返しすぐにユーパックで1000株を送ります。ロトより確実な投資です。口座番号をお教えしますのでメモをとってください。慌てることはありませんよ。あなたにだけお譲りしますから。しっかりメモをとってくださいね。それからすぐにスーパーのATMへ行って、こちらの指示どおりにご入金ください。

吉田 そうですか。いい儲け話ですね。じゃあ、お互いにATMの前でもう一度、連絡を取り合いましょう。

鈴木 了解です。(了)



54. 猜疑心

 夏の太陽は西に傾きかけていた。

「コンビニ シックス・テン」の駐車場にグレーのワンボックスカーがブレーキ音を出して急停車した。

ドライバーの男は厳ついサングラスを掛け白地に、青色でWantedとプリントされたTシャツを着ていた。助手席の女は淡いピンク色でレンズが大きめのサングラスを掛け黄色地に、黒色でPrisonerとプリントされたTシャツを着ていた。

 男はエンジンをかけたまま車のドアを開け、「なにか食い物と飲み物を買ってくるから」バタンと閉めた。一瞬、騒音にも似たロックバンドの激しいビートがガンガンと洩れた。

 男は両手にコーラとカッパエビセンを持って、すぐに出てきた。車に向かってダッシュしつつきょろきょろと周囲に目を泳がせてから、乗り込むとちらっと腕時計に見ると急発進させた。

 しばらく走り、西の空に目をやると太陽はかなり傾き、夕陽に変わりかけていた。それを確認してから、女は「コンビニ シチズン・マート」で車を停めさせた。

「私もなにか買ってくるから」と言い残し、車を降りた。

 車のドアが開くと、また騒音にも似たロックバンドの激しいビートがガンガンと洩れた。女はそのドアを後ろ手でバタンと閉めた。

 ゆっくりした足取りで店に入った。数十秒後、視線を空にやったまま両手にペットボトルのお茶と串団子を持ち小走りで戻ると、すぐに車を出すよう急かせた。男は慌てたふうに発進させた。

 数分後、車は大海原を見わたせる高台の公園に停まった。他に駐車する車はなかった。目の先には今まさに沈みかけている大きくて真っ赤な夕陽があった。それを無言で眺めている2人の耳にFMラジオから流れてくるムード音楽は心地よかった。ほどなく2人はリクライニングシートを倒して、食べ物と飲み物を口に運びはじめた。


「これ、食べる?」

 女が男に訊ねた。

「いや、俺、甘いもの好きじゃないし」

 男はつれなく断った。

「これ、♪止められない、止まらない♪だぜ」

 男は袋を女にかざした。

 女は、このメロディに目元を弛め袋に指を入れガサガサ音を出させて2、3個口に運んだ。その横顔に男は満足そうな目を向けた。女もふっふっと笑みで答えた。至福の時が流れていた。


「臨時ニュースです」

 突然、ムード音楽が中断した。

「さきほど、6時20分過ぎに、国道12号線沿いにあるコンビニ シックス・テンで強盗事件が発生しました。犯人とみられる若い男はコーラとスナック菓子だけを奪い、エンジンをかけたまま停めてあったグレーのワンボックスカーで海岸方面へ逃走したもようです。対応したコンビニの店員によりますと、男はサングラスを掛け白地のTシャツを着ていたとのことです。胸にはなにかアルファベットがプリントされていたようですが、すばやい犯行だったため読み取れなったということです。なお、被害総額は税込みで235円です。警察はこのグレーのワンボックスカーを捜索中です。以上、臨時ニュースでした」

 聴き終わると、女は連れをちらりと見た。その視線に気づき男は飲みかけのコーラを吹き出しそうになり、口から離した。また、ムード音楽が流れてきた。


 数分後、ふたたびラジオが中断した。

「新しいニュースが入りました。6時25分頃に、海岸通りにあるコンビニ シチズン・マートで強盗事件が発生しました。犯人は若い女で、店からペットボトルのお茶と和菓子だけを奪い、エンジンをかけたまま停めてあったグレーのワンボックスカーで逃走しました。どうやら共犯者がいるもようです。対応したコンビニの店員によりますと、女は大きめのサングラスを掛け黄色地のTシャツを着ていたようです。胸にはなにかアルファベットがプリントされていたようですが、すばやい犯行だったため読み取れなったということです。なお、被害総額は税込みで288円です。この前にあったコンビニ シックス・テンでの強盗事件と関連があるのか、警察では調査中です。広く情報も求めています。コンビニやスーパーなどで白地と黄色地のTシャツにアルファベットがプリントされたものを着ている人物がいれば、また海岸方面を走るドライバーの方はグレーのワンボックスカーを見かけたときは最寄りの警察署へお知らせください。電話番号は〇×△です。以上、コンビニ強盗に関する新たなニュースをお知らせしました。続報が入りしだいお知らせします」

 聴き終わると、男は連れをちらりと見た。その視線に気づき女は飲みかけのお茶を吹き出しそうになり、慌てて口元に手をやった。またまた、ムード音楽に切り替わった。


 2人は、手にするものを黙って胃の中へ運び終えてから、リクライニングシートを元に戻した。

 女はラジオの音量をミュートにした。車内は静寂な空気で満たされた。次に、女は男の目をしっかり見て訊いた。

「まさか、あなた……」

 すかさず、男も女の目をしっかり見て訊き返した。

「まさか、お前……」

 夕陽はすでに海へ落ち込んでいた。(了)



55.園庭にて

「ブーブー、ブブーブー」

「ブーン、ブブーンー」

「おい、てめえ! 危ないじゃないか。どこ見て運転してんだー。気をつけろ! ちょっと車を停めろや!」

「なに! そっちこそ車間距離を詰めやがって。俺に、なにか怨みでもあるのか? ブーン、ブブーンー」

「そっちが先に割り込んできて、急ブレーキをかけたんじゃないか!」

「ちんたら走らせるから、後続車はイライラするんだ。周りのスピードに合せろ。このバーカ。

そっちが原因をつくったんだぞ」

「とにかく停まれ!」

「キーッ。あぁ、停まってやったぞ」

「いいかぁ、そういう運転を『あおり(妨害)運転』って言うんだ。道路交通法が改正されて罰則が厳しくなったことを知らんのか?」

「あ~ぁ、知ってるよ」

「じゃあ、言ってみろ」

「あおり運転をした場合、3年以下の懲役または50万円以下の罰金が課され、違反点数は 点、

免許は取り消しされるんだ」

「ほ~、これは感心だな。よく知っているじゃないか。歳のわりにはよく覚えたな?」

「ドライバーにとっちゃ、こんなの常識だ。へっへっへっ」

「どだい、あんたはいつもスピードの出しすぎなんだ。ハンドルさばきも鈍いくせに」

「俺はドライブが好きなんだ。あんたに意見される筋合いはない」

「『狭い日本、そんなに急いでどこへ行く』ふっふっふっ」

「それって、大昔に流行った交通事故抑止のキャンペーン標語だな。聞いたことがあるぞ」

「そうよ。祖母(ばあ)ちゃんに教えてもらったんだ。祖母ちゃんは優しいんだぞ」

「祖母ちゃんかぁ。でも、あんたには意見されたくないね」

「意見じゃなくて、あんたのスピード狂を心配してやってるんだ。分らんか? 取り返しのつかない事故を起す前に……」

「ハンドルを握るときは、いつも交通ルールを守り、法定速度内で走っている。パトカーに止められたこともないぞ」

「違う。今回は25キロオーバーだぞ。暴走だ。この場所はせいぜい2キロで走るんだ」

「なにを! このヤロウ! 言いたいことばかり言いやがって、車から降りろ。その(つら)を貸せ」

「ふん。運転席に座ったままでも十分に話はできる。車から降りると、殴ったり蹴ったりするんだろ」

「そんなことはしない。話をするだけだ」

「嫌なこったぁ。こっちには証拠がある。ドライブレコーダーが……」

「はっはっはっ。付いてない」

「そっちも付けていないじゃないか」

「あれは高価すぎて、俺の小遣いじゃとても買えないのよ。クソー」

「この貧乏人め!」

「そっちだって付けていないのだから貧乏人だろ」

「俺はルールどおり運転する性分なので、そんな器械は不要さ」

「しかたない。警察(ポリさん)を呼んで実証検分してもらおう」

「おぉ、すぐにでも望むところだ」

「だが、ちょっと待ちなよ。お前のその車、ずい分と古そうだが、車検はとったのか?」

「車検? そんなものとうの昔に切れている」

「なに! 車検なしで運転しているのか」

「そうよ。そっちはどうなんだ?」

「俺は、祖父(じい)ちゃんに毎年、1回ネジを締めてもらっているし、油も注してもらっている。十分に整備しているぞ」

「ほ~。祖父ちゃんかぁ。優しいだろ」

「もちろん、優しいさ。ちなみに自賠責保険には加入しているんだろうな?」

「いいや」

「いいや、って。おい、自賠責保険に加入するのはドライバーの義務だろ? 自賠責くらい入れ。事故を起こしたら大変だぞ」

「あぁ、ご忠告、ありがたくいただくよ。あんたはどうなの? 入っているの?」

「……俺は安全運転だから入る必要はない」

「そりゃあ屁理屈だろ。他人に勧めておいて、自分は入らないなんて」

「余分な出費なのよ」

「そりゃそうだ」

「ところでぇ……あんた、免許の色はなんだ」

「色?」

「そう、色だよ。色を見れば分る」

「そんなの……」

「俺はゴールドだぞ。無事故無違反の優良ドライバーの証しだからな。更新手続きも5年ごとだ。んんっ? まさかぁ、お前、免許持っていないのか? どうなんだ?」

「……」

「おい。これまで無免許で運転していたのか?」

「すまない。ここだけの話にしてくれ。内緒にしてくれ。そのゴールドとやらを見せてくれよ」

「……」

「色はゴールドだろ?」

「あぁ、ゴールドだよ」

「じゃあ、見せてくれって」

「家の貯金箱の横においてあるんだ。大事な物で紛失すると困るから」

「それじゃ、免許不携帯で運転していたのか」

「すまない。ここだけの話にしてくれ。内緒だぞ。へっへっへっ」

「それにしてもここの道路は狭いし、短い」

「動物園のクマみたいに同じ場所をぐるぐる回るばかりだ」

「お上の道路行政がなっとらんのだ」

「責任者、出てこい!」

「出てきたら、どうするの?」

「謝ったらええんやないかぁ」


(とし)ちゃん! (あき)ちゃん! そんな乱暴な言葉を使っちゃあいけませんよ」女性の保育士はしっかりと諭します。

「だってぇー、せんせい! 利ちゃんが……」

「違うよー。先に晃ちゃんが……」

「どっちでもいいから、さあ三輪車をお片づけしてください」

「はーい」

「はーい」(了)




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