初めての城下町
「上様命!って感じだからあの御年で結婚しないのかと思っていたけど、単純にここに勤める女達に興味がなかっただけなのかしらね。だとしたら悲しすぎる。私もお慕いしていたのに!」
そうね。多分カナリ様のことが第一なのはなんとなくわかる。嫌われたのはもしかしてそういう所に起因しているのかしら?私がカナリ様の事を第一に考えないから?でもそれって無理よね。だって向こうが初対面で私を拒否したのよ。そんな人のことをこっちが一方的に愛して望まれるように生きるの?いくらなんでもそんなこと出来ないわ。私だって人間なんだから。
「それにしても異国の人がお好みなのかしら。人形姫のことも嫌ってはいるけれど容姿に関しては美しいと言っていたようだし。露葉もそう言っていたわよね。」
人形姫というのは多分私の事よね。嫌っているって…やっぱり噂になっていたのか。滝は皆に好かれているようだし、そういう人に嫌われているなら皆の態度も冷たくもなるわよね。
何故嫌っているのか聞いてみたいけれど、先程の女中の話からすると、露葉はそんなゴシップめいたことを聞かなそう。
「で、露葉どう思う?滝様はあのメイドに好意があると思う?異国の女好みだと思う?私にもワンチャンあると思う!?」
そう、女中に前のめりに聞かれるので
「滝様はこの国の人が好きだと思うよ。」
とだけ言って、拳をぐっと握った女中を置いて速足で城の門に向かった。国の為にって散々言っていたし、きっと間違っていない。うん。多分。
◆◆◆
「露葉?今日は城に居るんじゃなかったのか?」
また私の知らない人だ。門番の若い男性はそう言って私を見て首を傾げた。この人を見て、失礼ながら滝が色男だと言った女中の気持ちがわかった。
「ちょっと城下町に買い物に行くの。滝様の使いで。」
女中の話を元にそれっぽい理由を作ってみたが、どうだろうか?通してくれるだろうか?
「ふうん。まあ、気をつけて行けよ。最近はスリが多くなってるらしいからな。」
そう言って彼はすんなりと門を通してくれた。でも露葉は知り合いが多いみたいだな。次に来るときは別の人にならないとダメかな?
「いい天気。まずは何処に行こうかしら。」
私はそう呟いて平に舗装された道を歩き始めた。空は晴天。風は爽やか。私はここに来てから初めて新鮮な空気を吸った気がした。
城下町は城では感じたことのない騒がしさがあった。フシュー、ガシャコン、フシュー、ガシャコンと蒸気特有の音が常にそこかしこから聞こえてくるのもその一因だが、城より人が多いのか、とにかく活気があった。
空を見ると丸いフォルムの飛行船が飛び交い、川を見ると、サイズの違う蒸気船が行き交う。小さな家が船に乗っているような形のものが、おそらく屋形船というものだろう。丸い提灯が屋根に沿って幾つかぶら下がっている。あれに灯りが灯る夜に乗ってみたい。どれもこれも物珍しくて目が追い付かない。私は今までになく興奮していた。
「色男の兄ちゃん、これ新商品だよ、ちょっと食べてみな!」
私が右へ左へと頭を振っていると、ふくよかな体格の女性がそう話しかけてきた。
私は露葉の恰好をやめて男性の姿になることにした。腕にはあの腕輪と青い組みひもが二連になっている腕輪。露葉の恰好のままだと露葉の知り合いに会いそうだという懸念があったのと、男性の方が強そうなので女性の姿よりトラブルが少ないような気がしたのだ。話しかけてきた女性は悪い人ではなさそうだが、私はお金を持っていないので、困ってしまった。
「すみません、今手持ちがないので…。」
「何言ってんだい、試食だよ!試食!ほら、美味しいかどうか言ってみな!」
その人が渡してきた小鉢の中には天ぷらが小さくカットして入っていた。中身は何か魚のようだ。城で出た海老の天ぷらも美味しかったので、ごくりと喉が鳴る。おそらくお金を払わなくてもいいようだ。私は小鉢を受け取り、天ぷらに刺さっている竹の切れ端のようなものを摘まんだ。そしてそれを口に運ぶ。
「熱つっ…美味しい…です。この葉っぱも爽やかで…ゴマも香ばしい。」
城のものと違って作ったばかりなのだろう。それはとても熱かったが中身がホクホクしていてサクリと噛むとほろりとほぐれるような食感で、とても美味しかった。
「だろう?葉っぱって…シソを知らないのかい?お兄さん、もしかして外国の人?」
早くもボロが出たのかと焦った。しかし、女性はからからと大きく口を開けて笑った。
「なーんてね。どう見てもこの国の人だよね。あ、田舎から出てきたとか?」
ほっとした。そうね、それならきっと変な所があっても大丈夫ね。私は女性の話を元にしてそれっぽく話した。
「はい。だからよくわからないことも多くて。手持ちがないのでまず何か持っているものをお金に変えたいんですけど、そういう場所はありますか?」
私がそう聞くと、女性は目を丸くして呆れたように言った。
「質屋に行けばいいじゃないか。なんだい、あんたの故郷は質屋もないのかい?本当に田舎なんだねえ。それにしちゃあ言葉使いは綺麗だね。城ででも働くためにここに来たのかい?」
そう言われて私は曖昧に微笑んで,
「そうなんです。城に行かないといけない時間が決まっているので、そろそろ行きますね。」
と言ってその場を後にした。これ以上はボロがでる。やっぱり女中と話した時みたいにすぐにボロが出るな。色々な人と少しずつ話をするのが今の私にはいいかもしれない。そう思って次に入る店を探した。
◆◆◆
「質屋って言うのはね、簪とか布団とかそう言うものを預けるとお金を借してくれる所なの。」
「借すんですか?売るんじゃなくて?」
そう聞くと、その女性は目を丸くした。今までゆったりと羊羹を食べていた手が止まる。何か変なことを言ったのだろうか?
「売る程余分なものなんて持ってないでしょう?私達庶民は。だから祝い事の時しか使わないとか、冬にしか使わないっていうものを預けてお金を借りる。そのお金を返すと預けていたものを返してもらえるのよ。」
なるほど、そうか。売る用に一応パールと魔石と簪は持ってきたけど、簪が良いのかな?でも簪だと無くなったらカレンにばれそうなのよね。後でお金を貰ってきて簪を返して貰えばいいかなあ?
「あ、当然、お金を返す期限はあるわよ。それまでに返せなかったらその品は質屋の物になる。元々売るつもりだったのなら、まあ、いいけど。」
そうか、じゃあパールにしようかな?あれお姉さまが魔法で出したものだし。ここの装飾品にもよく使われているから需要はありそうだし。そんなことを考えながら、私は女性が食べているものと同じ抹茶の羊羹を一切れ口に運んだ。