計画、そして実行
式の翌日、柚子が部屋に来てくれた。今日は一日何もせずに過ごして良いというので、カレンと暇を持て余していた。なので、柚子の来訪は嬉しかった。
「でも凄かったですね。レナンの舞は。さすが大国というだけありますね。」
柚子が目を輝かせてそう言うので、私はにっこりと笑顔を作った。
「ありがとうございます。私も知らなくて、驚きました。まさか踊り子ではなくお兄様達が直々に踊るとは。それだけこの国に価値を見出しているのだと思います。」
それを聞いた柚子は笑顔を消した。
「不思議なことをおっしゃいますね。私にははっきりとレイチェル様の為に見受けられましたが…。」
「そうですね。私の為…ですね。ありがたいことです。」
柚子は良い人だと分かっているのだが、まだ全てを話す気にはなれないので、それ以上踏み込んだ話をされないように、私は話を変えた。
「柚子様にはご兄弟はいらっしゃいますか?」
「はい。私は妹が一人と弟が二人。どちらも城下町にいますよ。私は元々庶民の出なので。」
それを聞いて少し驚いた。私の国では王族が王族でないものと正式に結婚する場合には王族から出て庶民として生きなければならないから。
「そうなんですか。意外です。高貴な出自の方だと勝手に思っていました。」
そう言うと柚子は気まずそうに曖昧に笑った。
「よく言われます。でも元々は只の女中の一人でした。運良く幸光様に見初められてここにいるだけなのです。」
「それは凄いことですね。身分の違いに囚われなかった幸光様も凄いですが、やはり柚子様にそれだけの価値を見出されたのでしょうね。」
そう言うと、柚子は恥ずかしそうな表情になって、練り切りで作った牡丹の形を模したお菓子を一口分切り分けて口に運んだ。
「それならば、柚子様、私にこの国のことを教えていただけませんか?」
外に出たい気持ちは今でも変わっていないので、柚子にせめて城下町のことくらいは聞きたかった。
「え、私などとてもその器では…。」
「お願いします。ただの世間話程度でもいいのです。実は小金を怒らせてしまったようで、この国やこの城での振る舞い方等についての学習が止まってしまっていて。」
そう言うと柚子は何か考える様に軽く下を向き、それからこっちを見て言った。
「…学習とまではいかないようなたわいもない話でよければ…。」
それを聞いた私は首を縦に振った。
それから柚子と私は時々お互いの部屋を行き来してお茶を飲みながら世間話をするようになった。柚子の部屋には鶴一も居て、時々鶴一も一緒に遊んだ。鶴一はなかなか行動派で、目を離すと庭に落ちそうになっていたりするので、柚子は毎日大変なんだろうなと思った。時々幸光も居て、盛大な惚気話も聞かされた。幸光とは柚子の話しかしていない気がする。
◆◆◆
「レイチェル様、何か良からぬことを考えていますね。」
部屋の前の廊下に立っているカレンが庭にいる私にそう声を掛けた。庭と言ってもここには池はない。大きな岩と紅葉の木が中央にあって、端の方の花壇には季節に応じた花が咲く。地面には一面に砂利が敷かれていた。私は防火効果と防水効果がある二つの魔石を組み込んだ布を砂利の上に広げてその上で作業をしていた。目を保護するお面のようなマスクを頭に掛けて私は言った。
「え?何も?別に?また趣味を再開しているだけよ。どうせここにはカレンと露葉と柚子様しか来ないし。あ、時々は鶴一様と幸光様も来るけれど。」
そう言って私はまたマスクを着けて溶接を始めた。カレンはこの計画に巻き込まないと決めている。もし罰をうけるはめになるのならば、自分一人でいい。
数日後、私はカレンの不在を見計らって姿見の前に立っていた。
「上手く作動するかしら?」
そう言いながら手首にかちりと腕輪をはめた。姿を変える魔法が込められている紫色の魔石と物を記憶する魔法が込められている同じく紫の魔石のついたその腕輪は私を露葉の姿に変えた。
「こっちは大丈夫ね。じゃあ、こっちは…。」
同じ作りの腕輪に付け替えると、今度は小金と幸光を混ぜて少し庶民風にしたような男性の姿になった。
「よし。ちゃんと出来ているわね。でも咄嗟の時に混乱しそう。こっちにはこの間貰った組みひもか帯留めでもつけようかしら?」
そんな独り言を言っていたら誰かの足音が聞こえてきたので、私は慌てて腕輪を外した。
◆◆◆
その日は誰も部屋に来る予定はなく、カレンも露葉に呼ばれていてここには居なかった。そして何時に戻るか明確な時間も決まっている素晴らしい日だった。
私はかねてよりの計画を実行に移した。
「露葉?何でここにいるの?」
そう言われて振り向くと、私が知らない女中がそこに居た。
「少し用事があって。城下町の方に買い物をしに行かなければならないのです。」
「なあに?その喋り方。最近高貴な方々とばかり会うからうつったの?やめてよ。他人行儀に聞こえるわ。」
なるべく庶民風に話してみたのだが、どうやらこれではないようだ。
「滝様が女中を使いにだすなんて珍しい。いつも身の回りのことは自分でするのに。もしかしてあのメイドと二人っきりになりたいからだったりして。」
「ど、どう…かな?そうかな?」
なるべく女中の真似をしながら喋ってみるが、ボロが出そう。というか既に出ている。早く立ち去りたい。そして露葉もカレンも滝に呼ばれているのね。小金、小金と呼んでいたが、どうやら柚子の話ではこの国の苗字は先に来るらしい。だとすると名前を連呼していた私は本当に子供に見えただろう。そういう所も怒らせた一因なのかもしれない。露葉は距離感が縮まってその方がいいと言ってくれたけれども。
「なんか変ね、露葉。こんな事話してたら、くだらない!とかいつも言うのに。」
「あ、あの、私急いでるから…。」
そう言って逃げようとする私の腕を女中がしっかりと掴む。逃げられない!
「まあ、ちょっと聞いていきなさいよ。あんたもそういう話に興味が出てきたってことね。いい傾向だわ。」
どうやら露葉は色恋話の類には興味がないようだ。あんなにしっかり者なのだからきっとこの国では引く手あまただろうに。なんとなくもったいない。
「実際あの二人が恋仲になったらここに勤める女中のほとんどが泣くわよね。
あんな色男、役者の世界だってなかなか見ないもの。」
「そ、そうね。」
確かに滝はこの国でいう色男にあたるのかもしれない。取り敢えず顔がぐしゃぐしゃというわけではない。私は一般的な人々とあまり関りをもったことがないからよくわからないけれど。だってここに来てから他に会った男性はカナリ様と幸光と鶴一だけ。比較対象が少なすぎる。お兄様達とはそもそも顔立ちが違い過ぎるし。女中はさらに話を続けた。