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結婚式


 長い長い廊下を(おごそか)かな笛や太鼓の音に合わせる様に彼と並んでゆっくりと歩く。この国特有の神秘的な音楽が神聖な雰囲気を醸し出す。私に一切触れないと言った彼が私の手を引き、右隣りを歩く。意外にも彼の手は温かかった。私の手より一回りは確実に大きいその手は指が長く、私の手よりも硬さがあった。私はこの手に触れることは金輪際ないのだなあとどこか他人事のように思っていた。彼は私よりも頭一つ分背が高く、やはり顔は見えないが、その真っ黒な、長い髪をきっちりと頭上より少し下の方で纏めている。髪型は幸光と同じだが、髪の毛一本の乱れもない程にしっかりと纏められてる。そしてその髪色は幸光や鶴一と同じ。もしかしたら彼らと同様に金色の瞳なのかもしれない。


 そんなことを考えていたからだろうか、着物の裾を踏んでしまった。ぐらりと体を揺らした私の手を彼は力強く握った。瞬間、彼と目があった。彼もやはり金色の瞳をしていたが、幸光のような細めの目ではなく、眼力を感じるほどくっきりとした目をしていた。鼻筋も通っていて予想に反して綺麗な顔をしていた。彼も私を凝視していたが、すぐに興味を失ったように前を向き、早く歩けといわんばかりに私の手を引いた。少し歩いて冷静になった私は彼にどう思われているかではなく、後ろに列をなす家族達に失望されたのではないかと、そんなことを考えていた。


 式場に入ると、両側に長い机と幾つもの椅子が置かれ、思ったよりも多くの人がこの式に列席していることを知った。小金の言う通りの目的なのだろう。私はほぼ全員の人間に見覚えがなかった。そこから先は私には何が何だかわからなかった。説明を受けたときも分からなかったのだが、取り敢えず段取りだけ頭に入れるように言われていた。儀主という人がよく分からない言葉を唱えながらバサリバサリと頭上で謎の棒のようなもの振る。右、左と振られるその棒にはギザギザした紙がついていたので、なんとなく魔除けの類の儀式なのだろうと思った。さらに謎の言葉は続き、私が着物の重さに耐え兼ねて倒れた姫はいないのかとか儀主という人がどういう発声をしているのかとかたわいもないことを考えるほど気が散り始めた時、大中小の三つの盃が目の前に置かれた。


 この儀式は庶民でも知っているくらい有名な儀式だから間違えないようにと露葉に念を押されたことを思い出した。同じ盃を使ってお酒を飲むなんてやっぱり不思議。盃を持つ手の形まで何度も練習させられたからちゃんと出来ていると思うけど、どうかしら。初めて飲むお酒の味は甘いのに辛い不思議な味で、喉が熱くなる。ちらりと彼を見ると、間違えることなどないというかのように堂々と三度に分けて酒を飲み干す。私は本当に人に言われるまでもなく、何も知らない。この盃は過去、現在、未来を表していると女中が言っていたが、きっと、私達に未来はない。


 その後は華やかな舞。部屋の一段高くなっている場所に二人で座る。その席は部屋の外が正面になるように設置されていて、障子は全開になっていた。庭の中央に用意された舞台で舞い踊る女性達は只々美しかった。色とりどりの着物を着た女性達がくるりくるりと回ったり、扇を翻して踊っている。私と似た格好だが、もう少し軽装のようだ。鈴の音や、笛や太鼓の音が彼女達の舞を盛り上げる。彼女達は花か、蝶か、そんな雰囲気。その舞の独特な優雅さに私の心は少しだけ弾んだ。


「本日は、奥方様の国の方々も舞を踊られます。奥方様への贈り物でございます。ご列席の方々もどうぞお楽しみくださいませ。」


 舞を終えて、中央に居た女性が頭を下げながらそう言ったので、私は驚きを隠せなかった。すぐに彼女達は舞台を後にし、入れ替わるように一人の男性が舞台の中央に向かって歩いてきた。煌めく棒の両端に火を灯し、くるくると回し始めたのは火の魔法が使える第1王子。回る炎の勢いはどんどん増し、やがて花火のようにパチパチと火花が彼の周り現れては消える。パフォーマンスを盛り上げるのはバイオリンや、クラリネット等様々な楽器。全て第2王女が物を操る魔法で弾いている。最後に派手に鳥の形に燃え上った炎は一瞬で消え、曲調がスローなクラシックに変わる。


 第1王子と交代で入ってきたのは第2王子と第3王女。ワルツを踊りながら第3王女が花を降らせる魔法を使い、第2王子が風魔法でその花を操る。ふわりふわりと舞ったかと思えば激しく吹き荒れたりして見る者はうっとりと夢みるように2人を見た。


 また曲調が変わる。今度はポロンポロンとハープの音色。扇を手にした第1王女がくるりくるりと舞う。彼女が白いレースの扇を翻す度に色とりどりのパールが舞う。シャラシャラと音をたてながらそこかしこに散らばるパールは、日の光を受けてまるで水飛沫のように輝いていた。


 また曲調が変わる。今度はバイオリンやチェンバロ等弦楽器のみ。その曲のリズムに合わせるように右、左、中央と忙しなく水柱があがり、時にそれは上下した。第3王子が軽く頭上で拳を握ると、曲は止み、最後に一際大きな水柱が彼の背後に上がった。最後に出た虹に皆が拍手と歓声をあげた。この部屋の私以外の誰もが凄い凄いと目を輝かせていた。


 兄弟達は素晴らしいショーを見せてくれたのに、私の心は一際沈んでいた。左側の席に座っていた母を視界に入れてしまったから。母は涙を流していた。私にはそれが世間に向けての良い母親アピールに見えて冷水を浴びたような気持ちになっていた。そしてアピールだとわかっているのに、本当は母に愛されていたのかもしれないと僅かでも錯覚してしまう自分が嫌だった。結婚前に顔も見せなかった母が私を愛しているはずがないのに。


 その後の伴侶となる誓いの言葉も、指輪の交換もどうでもよかった。全てが嘘。どうせ彼にも愛されないのだ。心のない誓いに意味などない。儀式の終了を儀主が告げた時、私は、これでやっと部屋に帰れるとしか思わなかった。


儀主という言葉は造語です。儀式を行う人という意味です。


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