カナリ様
次の日の朝、露葉は私にこの国の衣服や装飾品を数点持ってきた。歯車のような物や、金属のようなものが衣服と融合しているようなデザインはこの国全体の特徴なのかもしれない。箪笥というものもそうだった。
「この国のものに慣れて頂きたいと、上様からの贈り物です。奥方様の好みを知りたいので、どうぞ、お好きなものをお取り下さい。」
そう言われて私は、なんの気なしに一つの銀細工のアクセサリーを手に取った。棒の上に丸い美しい玉やパールがふんだんに施され、可愛らしい丸いフォルムの鳥がデザインされていた。機械仕掛けの鳥の羽もついている。それを見て、露葉はにこりと微笑んだ。
「やはり、鳥はお好きですか?そちらは私が選んでみたのですが、気に入って頂けたようですね。」
そう言って露葉は私を鏡の前に座らせて軽く髪を纏めて見せた。手の動きが早すぎてどうやったのかは分からなかったが、纏められた髪の上にちょこんとその棒は刺さっていた。
「すごいわ。只の棒に見えるのにきちんと髪が纏まるのね。」
「着付けが終わったらきちんとした髪型にします。どうでしょうか。私は奥方様の金色の髪に良く映えると思うのですが…。」
きっと露葉は本来控えめな性格なのだろう。あまり押し付けずにこちらの意見も聞いてくれる。その心遣いが嬉しかった。
「気に入ったわ。できればこれに合う服を選んでくれると嬉しい。私はあまりこういったもののセンスがないの。」
そう言うと、露葉が満面の笑みを作った。
「お任せください。もう既に幾つか考えております。鳥で揃えましょうか。ああ、迷います。どれもお似合いになりますから。」
そう言って服を選ぶ露葉に、今まで手持無沙汰だったカレンが近づいて行って言った。
「ちょっと、レイチェル様に似合うのはこっちの色でしょ。どういう感覚なのよ、あんた。」
「うちの国には模様1つにも意味があるのよ。邪魔しないでちょっと見てなさいよ。後で教えるから。」
露葉が、カレンと話すときは年相応の少女の口調になるのが微笑ましい。私は、私にもいつかそのくらいの距離感で話をしてくれないかなと思った。カレンがバスルームに行ったタイミングで露葉が思い出したように言った。
「あ、それから外出許可の件ですが、滝様ならお力になれるかもしれません。あの方は上様の乳兄弟ですから。」
「乳兄弟?」
また聞きなれない言葉だ。この国の特有の文化を私は覚えきれるのだろうか?私の不安に気付くはずもなく、露葉は口を開いた。
「この国の風習では本来、高貴な方々は自分で子育てをしません。幼少期には、乳母という女性が子育てをし、教育をします。その乳母の年齢の近い実の子を乳兄弟といいます。同じ乳を飲んだ仲という意味です。」
それは、私の国でいうメイドみたいなものかしら?いや、メイドはあくまでお世話しかしない。それをすることでどんな良いことがあるのだろう?やはり、この国は不思議に満ちている。露葉は話を続けた。
「特に年の近い乳兄弟の絆は強く、滝様は身分は低くとも上様とも弟君とも仲が良いのです。」
あの方はそこまで重要な人物だったのね。一応は姫として扱ってはくれているのかしら?あと、何故露葉は滝と名前で呼ぶのだろう。ファミリーネームは小金じゃないのかしら?私の頭には疑問ばかりが浮かぶ。取り敢えず一番気になったことを聞いてみた。
「カナリ様は弟の子供を育てていると言っていたけれど、あれも乳母に育てさせているという意味なの?」
「いえ。上様は古来の風習に囚われず、より快適に暮らすことができるようにとのお考えをお持ちでいらっしゃいます。なので、若君に教育や礼儀作法等は教えますが、実際に若君と寝食を共にしているのは弟君夫妻です。」
そういう所は柔軟なのね。では何故、私にはあんな態度をとるのだろうか。
「ねえ、カナリ様は露葉にはどんな方に見える?」
「そう言ったことは、庶民の私にはお答え出来かねます。不敬に当たります。」
それは最もな意見だと思うのだが、何しろ私は彼の顔すら知らない。彼のことをもっと知りたかった。知った上で嫌われて然るべき理由があるのなら、私だって色々と諦めもつく。
「お願い。私、聞いたこと誰にも言わないから。あの方のことを知らな過ぎて、どうしたらいいのかわからないのよ。私に少しでも同情するなら、お願い。一言でいいわ。」
露葉は少し困った顔になったが、しばらく考えて口を開いた。
「憧れ…でしょうか。上様の時代になってから、戦乱の世も終わり、殿方はどうか知りませんが、私は暮らしやすくなったと感じています。蒸気を動力とした施設や公共の設備を次々に造り、ここまで発展させたのも上様です。光り輝く太陽のような私達庶民の憧れの存在ですね。」
そう言った露葉はどこか誇らしげで、本当に彼に憧れているのだと全身で表現しているようだった。
「実は、私、上様を拝見したことがあるんです。渡り廊下にいらっしゃる所を遠くから眺めただけですが。まだ赤子だった若君を恐る恐るですが、愛しそうに抱きかかえていらして、上様も私達と同じ人間なのだと、不敬ながら微笑ましく思いました。」
そんな人が私には冷たい。やはり、私は初めて会ったとき何か彼の気に障るようなことをしてしまったんだろうか?そんな私の気持ちを見透かすように露葉が言った。
「きっと奥方様への態度は今だけだと思います。何しろ異国から姫様を迎えるなど前例がないことなので、上様も自分でお決めになったこととはいえ、戸惑っていらっしゃるのでしょう。」
露葉は明らかな慰めの言葉をくれたが、私の心はどうしても晴れなかった。私は言葉少なく
「そうね。」
とだけ言って、その会話を終わりにした。