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自殺願望の青年

「ここから飛び降りるの?」


 学校の屋上のフェンスを跨ごうとした僕に、誰かが声をかけてきた。さっきまで誰もいなかったはずなのに、声がした方を見ると確かに人がいた。少し背丈の高い若い男だった。白衣を着ているあたり、化学の先生だろうか? いや、こんな先生がいただろうか? 疑問を抱く僕を見ながら、ゆっくりと口角を上げて笑っていた。


「で、ここから飛び降りるの?」

「ま、まぁ。そのつもりで来ましたけど」

「ふーん」


 特に興味を示すわけでもなく、男はそのまま階段の方に帰っていった。てっきり止められるかと思ったが、飛び降りるかを聞かれただけで他に何もされなかった。それなのに、今日飛び降りる気は失せてしまった。

 あの男は誰なのか、どうして屋上に来たのか、どうして僕に声をかけたのか。心の奥にできた疑問を解決しない限り、僕は満足して世を離れることは出来ないだろう。


「何だったんだ?」


 その帰りに各職員室を見てまわったが、僕に声をかけてきた男は見当たらなかった。



 今日も屋上のフェンスに上っていた。もしかしたら昨日みたいに男が声をかけてくると思っていたから。でも、いつになっても男が現れることはなかった。本気で飛び降りようと思っていないからなのか? どうも男に何かを見透かされている気がしてならない。

 その後も雨の日以外は毎日のように屋上のフェンスに上った。それでも男が現れることはなく、日が経つにつれて、男なんて存在しないのではないか、と考えることが多くなった。あれは飛び降りることを決意したつもりでいた僕の心に残った、現世への未練が具現化したものではないか、と。

 気がつけば、僕は高校二年生になっていた。学校へ向かう道には桜の花びらが散り、街路樹のツツジは花を開き始めている。桃色ととも紫色とも表しがたい色と白色のツツジが交ざって咲いているのをきちんと見たのは久しぶりだ。毎年花を咲かせているはずなのに。それは僕の一年間が長すぎるものだったからなのか、しばらく花や周りの景色に興味を持っていなかったからなのか。

 そんなことを考えながら信号を待っていると、白衣を着た男が向かいの歩道から僕の方を見ていた。そして笑った。

 信号が青に変わった瞬間、僕は走り出した。信号が変わっても歩き出そうとしない男に触れようと手を伸ばした。触れた気がしたのに、男は僕の隣に立っていた。


「君さ、屋上から飛び降りようとしてた子だよね」

「だったら何ですか?」


 冷静でいたようで、反抗的な態度をとっていた。男に全てを問いただしたい気持ちが滲み出たのかもしれない。


「飛び降りは成功した? あ、成功していないから、今ここにいるのか」

と、冗談にも笑えないことを笑顔で言ってきた。


「だって君は、自分で命を断つなんて出来そうにないし」

「なんで僕を止めたんですか」

「んー、その日の昼食もメンチカツサンドだったからかな」

「え?」

「ほら、もし君が飛び降りるのを目の前で見ちゃったらさ、せっかくのメンチカツが不味くなっちゃうじゃん? そこのパン屋のメンチカツサンド美味しいから食べてみてよ」

「あなたは誰ですか?」

「俺? 俺は二十七歳だよ」

「年齢は聞いていませんが」

「まぁまぁ。俺は今大きな発明をしていて、それを試しに来ているんだ」


 どうして男の発明と僕が関係しているのか到底理解ができなかったが、その時の男は懐かしむような目で僕を見ていた気がする。


「いろいろ制約が多くてさ、何も教えられないんだ」


 せめて名前だけでも、と聞こうとした時、遠くから学校のチャイムが聞こえた。このままだと遅刻してしまう。でも、僕が飛び降りるのを止めてくれた(理由はそうではなかったが)男の名前を覚えておきたかった。


「名前だけでも教えてください」

「だめ。だけど、二つ教えてあげる。一つは、俺の名前を君は知っていること。もう一つは、そこのパン屋のメンチカツは君のお気に入りになるってこと。俺は本当は干渉したらいけないんだけどね」


 意味がわからなかったが、これ以上聞いても何も教えてくれなそうだった。


「学校遅刻するよ」


 男は送り出すように僕の背中を押した。僕はそのまま走ったが、感謝を伝えていなかったと思い、後ろを振り向くと男の姿は消えていた。本当に不思議な人だ。



 帰りにパン屋に行ってみると、メンチカツサンドは一つだけ残っていた。それを購入し、早速外のベンチで食べてみた。ふわふわのパンに、厚めのメンチカツ、特製のソースとキャベツのバランスがクセになる。


「明日も食べよ」


 僕は口元に付いたソースを拭った。

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