9.旅の終わり、旅の始まり Wild Flowers(4)
早朝の冷えた空気に、意識が冴え渡る。まだ朝日が差し込み始めたばかりの時刻。朝露に輝いた交易都市のゲートで、二台の車両がエンジンを唸らせていた。
一台は2シートのバギー。とある女メカニックが、弟のために組み上げた車両だ。シンプルゆえ頑丈。多少のことではへこたれない、信頼性の厚いモデル。
もう一台は可変バイク。ある少女に影響された技術屋が作り上げ、まさに影響を与えた当人の手に渡ることとなった試作型。巨大なエンジンと複雑になりがちな変形機構を積んでいるものの、車上での戦闘さえ耐えられるよう防弾パネル付きで仕上げられている。
どちらも相当な長旅を考えているらしい。水や燃料の入ったタンク、食料、日用品……その他諸々。車載重量の限界近くまで積み込んで、東からの浅い日差しを受けていた。
二台の乗り手は、二人の少年少女と一機のドローン。後者は可変バイクの前方、フロントアーマーに新しく増設された接続ユニットに収まり、時折ビープ音を鳴らしている。
見送りは三人。
それぞれの車両を組み上げたメカニックの男女と、夜勤明けで詰め所にいた警備チームのメンバー。
大勢が集まるわけではない、日常的にありふれた旅立ちのひとつ。
この風景は、きっとこの朝だけではないのだ。彼らは特別などでなく、これまで何千・何万・何億と続いて来た営みであるだけ。文明が進み、落ちぶれ、それでも慢心し続ける、どこかの誰かの出発だ。
これから先も続く、ごく当たり前の日々のひとつに過ぎない。
だから当然、見送る側はこう言った。行ってらっしゃい、と。
そして出発する側も告げる。
「行ってきます」
それはバイクに乗る少女が、かつて出来なかったやり取りだった。送ることも出て行くことも叶わずに、後悔として残り続けた言葉だった。
だが今は違う。あの頃の後悔を振り飛ばすように、エンジンが唸った。白っぽい日差しの中を、二台の車両は突き進んでゆく。
いつか戻ったら、ただいまを伝えるため。
いつか会えたら、おかえりと受け止めるため。
「ねえ、ノア」
『なんだ?』
ぐんぐんと街が遠ざかる中、少し後ろに続くバギーの少年に無線で呼びかける。
「いい天気になりそう」
『ああ。そうだな、イブキ』
少女はゴーグルをつけた顔の上に、ハンドルから離した右手でひさしを作った。朝日をはじく、黒い色の義手。失ったことで得た右手の作る、影の中で。
片頬に浮かんだ彼女の微笑は、どこか楽しげに屈託なく輝いていた。




