9.旅の終わり、旅の始まり 二人と一機と(3)
しばらくの後。クロスポイントに隣接した、丘の上にて。
小屋と壊れた通信基地とで構成されたノアの住居へ、明るいビープ音が入り込んだ。
「~♪」
「ん? ああ、ビィか。ってことは……」
「来たよー」
一足先に帰宅していたノアと、少し遅れてやってきたイブキとビィ。この場所からシャイアン基地へ旅した二人と一機は、再び同じ丘の上で合流した。
もっとも、あの時とは事情も関係もいくらか異なる。
「悪いな。病み上がりに手伝わせちまってよ」
「いいって。また右手も直してもらったし」
戦域支配戦車との一戦で壊れた義手は、ノアの技術により再び完璧な形で復活した。ゆえに実現したのが先ほどの試乗体験。いくら何でも、壊れた右手であの可変バイクを操るには無理がある。
そして今日は、そんな両手を使った荷造りと片付けの手伝いだ。午前中に各自で準備を行なって、午後にはこの小屋を整理する。そういう約束を退院間際に交わしていた。
「どこから手ぇつける?」
「そっちの棚から頼む。つっても、人手がいるほど物はねえんだけどな」
「まあまあ。さっさと終わった方がいいじゃん」
「ああ。……結局、例のあれは見当ついてんのか?」
作業は続けながら、背中越しにノアが尋ねる。
「グレンデルのこと?」
「そう、そいつだ」
エマから受け取った、目指すべきだという場所の名前。入院中、やることもないのでイブキは交易都市の記録データから、その名前を調べてみた。
最初、結果は芳しくない。旧時代にそういう名前で呼ばれた土地はあるようだが、エマのニュアンスはそういうものでない気がしたのだ。中々見つからない調べものに耐えつつ、ようやく手がかりらしい手がかりを掴んだのは、入院三日目のことである。
見舞いに来たアートから、ひとつの情報を得た。本人はガーディアンセルに戻るという、一応の挨拶だけのつもりだったらしいが、シカゴやトレンチにまで連絡を入れ、調べてくれた。
「アートに聞いた話じゃ、ずっと西の砂漠にそういう名前で呼ばれる場所があるんだって。要塞図書グレンデル」
「要塞……図書? 図書ってなんだ?」
「そりゃ図書館とかのあれでしょ」
「そういう意味じゃねえよ」
鋭いツッコミ。要塞なのか図書館なのか。どちらか片方ならまだしも、両方繋がると想像しがたい。
「ま、ホントに噂みたいだけどね。砂漠の中に、旧時代のデータだかお宝だかをまとめた要塞がある、とかなんとか」
「眉唾にも程があんだろ。……あ、ビィ。ちょっとここ照らしてくれ」
「~♪」
すっかり打ち解けている少年とドローン。元々、ノアは技術屋だ。そういう意味でも相性がいいのかもしれない。
「でも言い出した本人からの情報だし、他に手がかりはないしさぁ」
「そうなんだけどよ。なんかなぁ……」
いまひとつ釈然としない様子のノアに、内心、負い目を感じるイブキがいた。
グレンデル。この謎の単語は、エマでなくトレンチによって引き出された、という形でノアには説明していた。破損した機械兵のメモリから、グレンデルなる宇宙軍関係の名称を発見した、と。
そういう筋書きで、アートたちにも口裏を合わせてもらっている。
エマとの間に起きたことは、ビィにすら伝えていない。他に真相を知るのは、病室で話した元教官。
『黙ってるのはいい。次にいつ会うかもわからんしな。そのエマとやらの話も、状況を考えれば納得だ。だが耐えられるのか? お前の方は、それで』
どこまでも面倒見のいいアートである。問われた方は、一瞬だけ緩みそうになった気持ちをぎゅっと縛りながら、
『耐えるとかじゃないよ。約束したから。この約束は、私が背負いたい』
決意を固めた瞳に、かつての師は頷き、それ以上の言及をしなかった。
けれどもいざノアと話していると、胸が痛むのも事実である。
「なあ、イブキ」
「ん?」
「一応、聞いときたいんだけどな」
「どしたの」
なんとなく予想はつく。
「お前があの戦車と戦ったって時、本当に他には誰もいなかったんだよな?」
「……」
作業の手が止まった。どちらからともなく、ほぼ同時に。
いくら軍事関連には素人のノアでも、あの状況はさすがに不自然だ。戦域支配戦車という化け物に加えて大量の機械兵たち。サーバーが破壊されたことで戦車がダウンし、その隙をついて撃破した。制御下にいたドローンも、戦車の消失によって沈黙したのだ、と。
ほんの少しの真実を混ぜた嘘をつき、今に至るまで押し通している。いや、押し通してきた。
「……どうなんだ?」
何か切望するようにノアが問う。
すると、
「内緒」
たった一言、イブキはそれだけは絞り出した。やがていくらかの沈黙の後。
「……内緒か。ま、内緒なら仕方ねえかぁ」
吹っ切れた様子でノアは告げた。察しているのは間違いない。けれども、あの日のエマが会うことを拒んで帰って行ったのと同じく、この少年もまたここで真相を聞くのはやめにしたのだ。
互いに夢を叶えて再会したいから。いつか会えるのだと確信しているから。
そうして二人と一機は、また作業を再開した。ここから長い旅が始まる。噂だけを手がかりに彼方へと向かう、そんな旅が。
明日の今頃は果たしてどこにいるだろう。たどり着いた果てで、何を目にするのだろう。
どうかその時まで楽しめたらいい。いつかは終わる旅路を、終わった後には笑い合い、大人になっても尽きない思い出話のネタになる、そういうものになってくれるといい。
ここが終わりではないのだ。ここから進み始めるのだから。




