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BLACK HAND -宇宙幽泳-  作者: 木山京
宇宙幽泳

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9.旅の終わり、旅の始まり 少女と技術屋(2)

 荒野に砂塵が舞う。クロスポイントの防壁を出た、すぐ傍で。傭兵や警備チームが車両のテスト走行に用いるエリアを、四輪駆動のシルエットが駆け抜ける。

 バギーにしても大型だ。特に目を引くのは車体後部。車両にしてはあまりに大仰な排気筒。何馬力のエンジンを積んでいるのか。想像するのも怖くなる。


 一方でドライバーの方は正反対に小さい。

 吹きさらしの車両にまたがり、首の後ろでまとめた細長いローポニーの軌跡を残しつつ、黒いコートをはためかせた少女である。


『乗り心地は?』

「いい感じ! ドリフトしてみる!」


 と、ヘッドセット越しに技術屋らしき男の声へ応じた。そしてタイミングを見計らってブレーキ始動。加速のベクトルを利用しながら、見事に車体を横滑りさせて反転。体勢を立て直した。


「どうよ、ヒューイさん!」

『ああ、やるもんだ。じゃあ本番といこう』

「よっしゃ!」


 右の黒い義手でハンドルを掴んだまま、もう一方の生身の指がコンソールを操作する。

 その途端だ。四輪駆動の大型バギーはボディを僅かに浮かせ、前後の車輪を左右から閉じていった。数秒とかからず、シルエットは四輪から二輪へ。


 これはバギーではない。可変機構を備えた超大型のバイクだ。

 そしてここからがエンジンの本領発揮である。


「うっはぁーっ!」


 少女の喝采は、風と盛大な爆音にかき消えた。アクセル全開。一気にトップスピードまで駆け上る車両は、さながら超低空飛行のミサイルかジェット機だ。

 この時点で、メーターは時速一六〇キロを記録している。なのにまだまだ余裕がありそうだ。


 ただ、さすがにメカニックの方が慌てた。


『おいおい! どこまで行くんだ!?』

「すっごいよこれ! 今ので一八〇キロ! 余裕で二〇〇超えるわ!」

『わかったから帰ってこい! エンジンカット! タイヤも戻せ!』

「えぇー! ったくもうー!」


 渋々ながら従う。加速をやめて徐々に速度を落としつつ、器用に車体を操った。

 時速が三桁を下回ったところで、先ほどと同じ操作を実行。再びバイクからバギーへ、車体の輪郭が変化する。


 そのまま常識的な速度でクロスポイントのゲートまで戻ると、さらに徐行。警備チームの詰め所で一時停止と手続きを終えた後は、そこから程近い整備ドッグの敷地内まで緩やかに走って停車した。


「お疲れさん」

「はぁー、いいとこだったのに」

「慣らしで一八〇キロ出しといて、よく言うよ……」


 出迎えた整備員、ヒューイはやれやれとかぶりを振った。むろんドライバーに反省の色はない。


「ビィ、おいで」

「!~♪」


 可変バイクから下りるなり、ゴーグルを外して相棒を呼んだ。ビープ音を鳴らす飛行ドローンは、今日も楽しそうに少女の周りを飛び回る。


「で、どうだった? 乗り心地兼、久しぶりの運転は?」

「最高!」


 にっと笑い、黒い右手でピースする少女。一週間前、シャイアン基地で戦車と死闘を繰り広げた姿はどこへやら。すっかり年相応の顔ではしゃぐ、いつものイブキである。


「可変バイクって初めてだけど、めちゃくちゃいいかも! バギー・モードなら小回り効くし、二輪にしたら加速すっごいし!」

「あ、ああはいはい、わかったわかった」


 興奮気味のドライバーをなんとか窘める。気に入ってもらえて嬉しい反面、予想以上のテンションの上がり方に参ってしまった整備士だ。


「にしても、まさかヒューイさんがこういうの作るなんてなぁ。ね?」

「~♪」


 同意を求める少女に、相槌……らしきビープ音で応じるドローン。


「はは……姐さんにも同じこと言われたよ」


 シャイアン基地に向かうべく、このクロスポイントを発とうという前日。整備ドッグの片隅にシートで隠れていた巨大なフレームの正体もとい完成品が、今しがた試乗した可変バイクだ。

 イブキたちが旅に出ている間、ヒューイは仕事の合間を縫ってコツコツと作業していたらしい。搭載するエンジンは、道中で破壊されたイブキの愛車と同じく航空機向けモデル。ただし素で積んでいた少女のものと異なり、ヒューイ自身がカスタマイズを行なった結果、加減速の調節がかなり効くようになっている。


 そして帰還後。噂を聞きつけたイブキは今日、満を持して可変バイクの購入に訪れたというわけだ。


「でもいいの? このクラスの車両であの値段ってさ、ほとんどタダ同然じゃん」

「い、いやあ、それはほら……これ試作モデルだし、なんかトラブル起きるかもしれないし……。もし旅先で問題起きても責任負えないっていうか、クレーム受けつけられないっていうか……ぐえっ!」


 うだうだと話すヒューイの真後ろから、ぬうっと伸びてきた腕がいきなり裸絞めをきめる。


「お・ま・え・は・なぁ~! いい加減その弱気をやめたらどうなんだい!」

「姐さっ、わっ、わが……っ、わがっだから……! 首っ、首きつっ……ぶはっ!」


 ひとしきりの後、解放されるなり倒れ、ぜえぜえ呼吸を繰り返す優男。

 対して奇襲した側は、


「っとに、買うっつってる相手になんて言い草してんだか」

「ま、まあまあ。落ち着いてよ、ミナコさん。ヒューイさん、マジで死んじゃうから」


 憮然として腕を組む、整備士たちのリーダー。いや女帝だったかもしれない。今日も電子タバコを咥えるミナコの迫力に、見ているだけのイブキでさえたじろいだ。


「甘いね。この程度でくたばるようじゃ、うちで雇っちゃいないよ」

「それはまあ……納得」

「……♪」


 一人と一機が頷いた。

 そこでさらにミナコの眼光が足下を向く。


「で、いつまでへばってんだい。あんたの商談だろ。さっさと書類まとめてきな!」

「わ、わかってるっすから!」


 まさにお上の一声だ。慌てふためいたヒューイは、すぐさま事務所に走っていく。下手な傭兵チームよりも訓練環境が厳しそうだ。


「っとに、いつまで半人前ごっこしてんだか」

「あれは治らないんじゃないかなぁ。……原因が原因だし」

「なんか言ったかい?」

「なーんにも!」


 早々に降伏して両手を上げる。

 と、


「しっかし、あんたもあんただよ、イブキ。怪我して入院したって聞いたら、もう出てきて。シャバに戻れば戻ったで、もう出てく準備とはね」

「その辺はまあ……性分かな?」


 照れたように笑う少女。


 一週間前、イブキはシャイアン基地から助け出された。それも予想外の人物によって。ノアたちと合流し、地上に戻った彼女らを出迎えたのは、シカゴ率いる先行チームだ。

 彼らがバリスティック・ドローンのメモリを解析し、結果こちらの後を追っているなど知る由もなく。わけもわからず手当てを受けていると、今度はアートとトレンチまで合流してきた。しかも軍用ヘリの飛行隊を引き連れて、だ。


 聞けば傭兵街ガーディアンセルから派遣された救助チームだったという。戦闘捜索救難に対応した一種の特殊部隊と言ったところ。

 そのまま空輸されて辿り着いた先は、クロスポイントの総合病院。ご丁寧にノアのバギーを機体の下にロープで牽引しながら、あっとういう間の帰還と入院になったわけである。


 イブキが退院したのは、つい昨日のこと。いやほとんど脱走に近かったか。何しろ退院の経緯は、


『治った!』


 と言い張り、無理やり病院外までダッシュしたのだから。


「実際のとこ、あんた治ってんのかい? 骨やらなんやら、ボロボロだったんだろ?」

「そうだったんだけど、ホントに治っちゃったしなぁ。そういう体質なのかも?」


 肉体は全くの正常。走ったり跳ね回ったりしても痛みはない。稀にそうした怪我の治りやすい人間がいるとは聞くが、それにしても凄まじい回復速度である。


「ならいいさ。出発は明日にするんだっけ」

「ん。荷物だけ後でここに来ると思う。一晩だけ置かせて」

「そりゃ別に構わんけどね。……次のは、もっと長旅なんだって?」


 後半、真剣な口調が問う。


「うん。こっちの方には、しばらく戻れないと思う」

「そっかい。そりゃあ……」

「寂しくなっちゃう?」

「いんや。ま、それもあるけどね。でも」


 ぽんっ、と。軍手を外したミナコの手が、イブキの頭に載せられた。女傑で知られたメカニックが、ほんの数名にだけ見せる優しい微笑。


「あんたらしいよ。楽しい旅になりそうじゃないか」

「――うん。へへっ」


 快活な笑顔が応じた。髪を撫でる暖かい手のひらに、どこか甘えたような表情。


「だけど、そっか。……このあとで片づけるんだっけ?」

「ん。その予定」

「そんじゃあ……ああ、やっぱり寂しいかもね」


 イブキを離れた手は電子タバコを口元から外し、水蒸気を伴って、ミナコに少しのつらさを吐き出させる。

 ここにはいない旅の仲間。きっと明日の早朝、イブキとビィと共にここを訪れることになる弟。気にかけるつもりはないと言いつつ、しかしどこかで心配してしまう、姉としての面差しだった。


 いつか来ると思いながら、今日ではあるまいとタカを括っていた。そんな少年との、しばしの別れを実感しながら。

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