9.旅の終わり、旅の始まり 少年と幼馴染(1)
シャイアン・マウンテン空軍基地での戦いから、ちょうど一週間後のこと。交易都市クロスポイントの大通りに、一人の少年の姿があった。
歳の割に腕がよく、それ以上に無愛想なことでよく知られたメカニックだ。普段から街の外に暮らしている変わり者で、けどそういえば、ここしばらく姿を見かけなかったように思う。
そんな少年が、しかし特に変わった様子を見せず、行きつけの雑貨店に入って行った。
「あれ? ノア? なんか久しぶりじゃん」
「よお、キャロル」
自称この店の看板娘である幼馴染に、軽く手を上げて応じると、商品を物色し始める。
「どっか行ってたの? 最近見なかったけど」
「まあ、ちょっとな」
「……あんた、ホントにノアよね?」
じっと睨みつけるような少女の眼差し。
「おれじゃなきゃ誰なんだよ」
「うるせえ」
「はぁ?」
いきなりの物言いに、思わず眉をひそめた。キャロルは続ける。
「あんたの口癖じゃん。誰かになんか言われたらさ。うるせえ、ほっとけ、黙ってろ、の三拍子」
「んなこと……あるかもな」
これまでの自分を思い返したのだろう。バツが悪くなり、ノアは顔を背けた。
「どうしたの、ホントに? なんかあった?」
「別に何も……無くは無いけど、ねえよ」
「なにそれ」
「ちょっとな。ちょっとその辺ぶらぶらしてきただけだ」
「その割には、なーんかスッキリした顔してんのよねぇ。……あんた、まさかとは思うけど」
何かを察したように、彼女は言葉を区切った。
「なんだ?」
「……エロい店にでも行って、それで垢ぬけたってやつ?」
「お前、おれをどういう目で見てたんだ……」
げんなりとしながら、陳列してある商品をメモしてゆく。まとめ買いする時のいつものパターンだ。
そんな姿にさえ、キャロルは違和感を禁じ得ないのか。
「だって変でしょ。前は無愛想に、いっつも眉間にシワ寄せてたクセにさ」
「男子、三日会わざればなんとかって言うんだと」
「何言ってんだか」
諦めて自分の業務に戻りつつ、それでもぶつぶつと呟く看板娘である。
程なくして。
「こんなに買うの!?」
渡された商品リストに目を通した途端、キャロルは思わず大声を放った。
「い、いいだろ、別に」
「だってこの量……! そりゃ売れてくれるのはいいけどさぁ……!」
「またしばらく出かけんだよ。少し遠出でな。ああ、届け先は姉さんのガレージで……」
「姉さん?」
耳ざとく拾ってくる。
「なんだよ、知ってんだろ」
「そりゃ知ってるけど……今あんた、姉さんって言った? ミナコさんのこと? あいつでも車両バカでもなくて、姉さんって言った?」
「……あいつのガレージに、な。届けといてくれ」
これまでの行ないが全て我が身に降り注いできた。そんな気分になってしまう。いや実際その通りなのだろう。
「……やっぱ変わったわ、あんた。バグミートまで入ってるし」
「たまには肉もな。……あいつに任せてっと、携帯食だけになっちまうし」
「あいつ?」
「連れだよ。旅の護衛役。料理のりの字も辞書に入ってねえんだから」
味気ないブロック状の食事を思い出したか。MRE、軍用の調理済み食料を買おうかとも思ったが、あれはあれでカロリーバランスが凄まじい。
ならばいっそ自分が調理できるように、と。調理器具と保存が効く食材を買い込んだ次第だ。
「ふぅん……ねえ。その連れって、例の幽霊?」
「似ても似つかねえな」
「そう。じゃあまだ会えないままなんだ」
「まあ、な。――だから会いに行くことにした」
どこか静かな決意を秘める言葉。
「会えるの?」
「わかんねえよ。わかんねえけど……ま、試してみるさ」
そう告げたノアの横顔に、束の間、キャロルは目を奪われた。やはりまるで別人だと独りごちつつ。片頬で不敵に笑う、穏やかで力強い少年の面差し。
「そっ、かぁ……気をつけて行ってきなよ? 応援、してるからさ」
「ああ、ありがとよ。行ってくる。お前もな、キャロル」
「え?」
「勉強。あんまし無理せず頑張れよ。応援してっからさ」
「あ、ありがと……」
なぜだか声が小さくなった。
そうして支払いを済ませ、ノアが店を出て行った、しばらくの後だ。
「キャロルー? そろそろ学校だろ。店番、父さんと交代……なにしてんだ?」
今まで事務所で書類仕事をしていた店長、もとい父親が、レジに突っ伏す自分の娘に首を傾げた。当の本人は顔を伏せたまま、
「別にぃー……」
「別にってこたぁないだろ。どうした?」
「どうもしないけどさぁ……」
もぞもぞと顔を横にする。少し赤らんだ涙目。
「けど、なんだ?」
「……本格的に失恋した予感」
「はぁ?」
事情を知らないのは父親のみならず、先ほど来た客の少年も然り。
あんな顔で言われたら諦めるしかない、と。今まで誰にも言わずに秘めてきた恋慕へ終止符を打ち、看板娘はごしごしと目元を擦る。
いっそ今日は泣きはらしてしまいたい。学校だって休んでしまおうか。
そんなことをうそぶく心に、いやいやそうはしかないと待ったをかける。
あいつは自分の道を決めたんだ。その上で、応援してると言ってくれたんだ。だったら少なくとも、今日は立ち止まるべきじゃない。
「ああもう! 学校、行ってくる!」
「お、おう。行ってらっしゃい……?」
未だ事情を掴みかねている父親を他所に、キャロルは勢いよく立ち上がると、まずは準備のために自分の部屋へと駆けて行った。言えずに終わった恋心と、片想いの相手に応援してもらえた、ほんの少しの嬉しさを胸に抱えて。




