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BLACK HAND -宇宙幽泳-  作者: 木山京
宇宙幽泳

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8.最後に残ったひとつ 絵空事(10)

 機械兵たちの歩みが止まる。まるで時間が停止したかのように見えてから、一拍を置き。イブキたちを取り囲もうとしていた機械仕掛けの人形は、いずれも役割を終えて崩れ落ちた。

 制御を失ったのだ。おそらくは、戦車の人工知性の意味消失と共に。


「終わったの?」

「うん。完了した」

「そっかぁ……終わったんだぁ」


 ふぅー、と。肺に溜まった息を吐いてみても、実感らしい実感は湧いてこなかった。ただ代わりに、鋼鉄の腕によりそっと地面に寝かされると、どっと疲労感が押し寄せる。


「お疲れ様」

「ん、そっちも」


 もう目を開けているのも疲れた。かといって眠るには精神が昂っている。精根尽き果てたのに、脳はまだ休みたがらないのだ。

 だからイブキは、思いつく疑問をぶつけてみることにした。


「何したの?」

「戦車の人工知性に接続してきた。キミのおかげで、プロテクトも解除されてたからね。そこで記録も見れたんだけど……中々、興味深かったよ」

「それって、シャイアン基地陥落のあれこれ?」

「うん」


 アメリカ軍が誇る地下軍事施設。それがどうして滅んでしまったのか。戦域支配戦車が関わっているのは確実だろうが、真相は未だ謎のままだった。

 エマは言う。


「この戦車、最初から人工知性が弄られてたんだ」

「最初、っていうと……」

「製造された時から。敵の破壊工作だったんだろうね。最重要の極秘命令が刷り込まれてた。部隊が後退するように戦略を練り、麾下の戦力をシャイアン基地に撤収させること。その後、特殊兵器と電子戦で基地内を制圧するように……と」


「特殊兵器って、例の毒ガスのこと?」

「そうみたいだね。車体内部に隠されていたものと、発煙弾発射器に偽装して取り付けられていたよ」


 そして計画は実行に移された。二〇〇年前の戦争の最中、戦車は確かに裏切ったのだ。自身の制御する無人兵器たちを引き連れて。


「毒ガスが使われて、ハッキングを受けて……で、基地に残った生き残りは、電力を停止することで基地ごと戦車を封印した。……そんなとこ?」

「概ね、そんなところ」

「ふぅん……しんどいね」


 今では想像もつかない狂気の時代だ。似た話は、きっと至るところで起きていたに違いない。

 そうまでしてひとつの陣地を取り合い、僅かな利益を奪い合い、そして結局は最後の世界大戦という記録として、崩壊した世界に刻まれた。


 イブキの言う通り、物悲しいのではない。しんどい、のだ。

 今を生きる誰もに無関係とは言えず、かといって流れを変えようと努力することもできない大昔の戦乱。その残骸の上に爪先立ちしているのが現代であるとしても、他に道はなかったのか、と言いたくなるし、言う術がない。


 だから、これはしんどい話だ。


「しんどいついでに聞きたいんだけどさぁ……あれ、エマでしょ? 私のバイク吹き飛ばしたの」

「……ごめん」


 ずばり核心を突いたイブキに、少女の自我を載せたドローンは俯き加減で呟いた。

 エマが乗り移っているのと同型機たち。アートら、ガーディアンセルの訓練チームと撃退した機械兵たちは、このシャイアン基地に所属していた部隊だ。


 戦車に対抗すべく戦い、同じく眠りについていた彼らを、エマが宇宙軍のコードを使って呼び起こした。イブキには知る由もないが、少し前、アートたちが発見した情報もこれだ。あの夜の戦いをもたらしたのは、他でもない宇宙の幽霊である。


「いいよ、そんな。気に入ってたけど。……でも、わかんないんだよねぇ」


 一拍置き、イブキは続けた。


「ノアにこの基地のこと喋ったの、エマなんでしょ? なのに、なぁーんで私たちを攻撃させたのか」

「……話すべきじゃなかったんだ」


 数秒の沈黙を経て、エマが打ち明ける。


「見てたんだよ、たまにね。古い偵察衛星を使って、ノアのことを見てたんだ」

「うわぁー、束縛つよ」

「うるさいな」


 一転してぴしゃりと放つ。言葉を交わす前まで、イブキはエマの印象を、どこか人並み外れて神秘的なものにすら感じていたのだが、そんな面影はもうない。

 こうしていると、ただ同世代の少女のようである。今の見た目は軍事兵器だとしても。


「ともかく。……だからノアが、キミたちと旅に出たのを知った。あの子が目指す場所といえば、私の話したシャイアン基地しかない。実際、方角も重なったからね。……引き返してほしかったんだよ」

「引き返すって、なんで」

「話すべきじゃなかったから」


 先ほどと同じ台詞。イブキはじっと続きを待った。


「さすがに戦車は予想外だったけども……それでも、この基地が危険なのはわかってた。なのに期待したんだ、私は。あの子は本当に会いに来てくれるかもしれない。私を迎えに来てくれるかもしれない。そんな風に……夢、見ちゃったんだ」

「……夢くらい見るよ。誰だってさ」

「かもね。だけど、そのために大事な人が命を落としてしまったら。……それじゃ本末転倒でしょ」

「なるほどなぁ」


 一拍、イブキは息をつく。


「だからあの部隊にも、ノアには危害を加えないよう刷り込んだんだ?」

「……気付いてたんだね」

「そりゃま、明らかにノア見て動き止めてたし、あのドローン」


 破損した指揮官機のメモリを修復し終えた際、アートたちが困惑した理由がこれだ。まさか夢にも思うまい。極秘の警護対象として、つい先頃まで行動を共にした少年の情報が記載されているとは。

 イブキの場合、直接その場面を目撃した。あの晩、バリスティック・ドローンがノアへ反撃しなかった瞬間を目撃していたのだ。何も知らない友人兼クライアントに、周囲から無用の疑惑を向けさせるわけにもいかず、己の胸中にだけ秘めていた。


「誤算だったのは……」


 と、エマが言う。


「戦車の電波妨害が生きてて、ほとんどの命令がちゃんと受信されなかったこと。それから地形だよ」

「地形?」

「コロラド・スプリングス。部隊があのクレーターの近くを通った時、メモリに障害が起きた。本当ならキミたちを追い返すだけでよかったのに、私の指令は破損。待ち伏せ攻撃を仕掛けてしまった」

「なるほど、そういうわけか」


 そういえばアートたちも、最初にバリスティック・ドローンを発見したのは旧コロラド・スプリングスだと言っていた。あの夜の迎撃戦は、いくつかの要因で失敗した彼と彼女の行き違いだった、と。もし真実を説明したなら、屈強な傭兵たちはどんな顔になるだろう。

 想像して、少しのバカバカしさに微笑を浮かべるイブキである。


「ごめん。本当に」

「いいって。結果的に無事なんだし。よく言うあれでしょ? 恋に障害はつきもの……だっけ?」

「う、うるさい」


 顔を背ける特殊作戦機、もといエマ。見た目は物騒な分、中々どうしてコミカルだ。

 と、


「……私の方からも」

「ん?」

「質問していい? キミのこと。お返しというわけじゃ、ないんだけど」

「いいよぉー」


 まるで芝生に寝転んでいるような気楽さで、イブキが言う。ここは今しがたまで戦闘を行なっていた軍事基地。すえた空気に、火薬と爆発の刺激臭が漂う戦場跡だというのに。

 やがてエマは尋ねた。


「キミさ、死にたいんでしょ」

「……」


 返事には時間が要った。寝転がったままイブキは両目を開き、そしてどこでもない遠くを見つめる。常に浮かんでいたあの瞳の輝きが失せ、虹彩の美しさすらも、今だけはひどく弱々しく無気力な色に感じられてしまう。

 程なく数秒を費やした頃。


「……バレちゃった、かぁ」

「きっとノアも気付いてる。一緒にいる子は、もう知ってるんでしょ?」

「まあ、ねえ……言ったことないけど」


 ビィのことだ。共に旅する、お調子者で頼りになる相棒。言葉を持たない飛行ドローンは、ずっと以前から察しているに違いない。

 イブキの旅が、本当は死に場所を探すものになっていたことを。


「意外、って言い方は申し訳ない気がするけども……どうして?」

「そんな深い理由があるわけじゃ……」

「キミにとっては、大事な理由なんでしょう?」


 押し切られてしまう。こういうところで、やはり年長者なのだと思えるエマだ。決して無遠慮ではなく、こちらの心にそっと寄り添ってくれる。

 だから言えてしまうのだろう。押し殺し続けた本心を。


「いろいろあったよ。私なりに、いろいろ。行ってきますも行ってらっしゃいも言えないまま、好きな人がいなくなったり。軍に空爆されたり、友達を失ったり。それから……自分で右手を切り捨てたり」


 自らに向かって銃声を引いた、あの晩のこと。遠い昔のようでいて、忘れたことなど一夜もなかった。折に触れてその苦痛は不意に幻として蘇り、まぶたを閉じても一睡も出来ずに、眠れないまま朝を迎えることさえ珍しくなかった。

 そういう日は、いつも喪失感が付きまとう。いつも、生きることがつらくなってしまう。


「この手をちぎった時に、さ。大事だったものまで消えちゃったような……それまでの私だったものを見捨てたような、そんな気がしたんだよねぇ。そっからは……全部、どうでもよくなっちゃったんだ」


 戦闘の疲労とはまた違う、どこか心の奥底に溜まった疲れが、吐息となってこぼれた。


「ミツバに……大事な人にまた会いたい、っていうのは本当。ビィと旅するのが楽しかったり、ノアの夢を一緒に叶えたいっていうのも全部、全部ホントのこと。なのに……なのにさ。そのどれも、もう終わりにしたいの方が勝っちゃうんだ。だけど私は、自分でケリつけるくらいの度胸、ないから」


 だから無茶をやる。


 局所砂漠で自律戦車の迎撃に出た時も。

 夜の森で、交戦中に落ちそうになった仲間を助けた時も。

 そして今回、戦域支配戦車と対峙した時もそうだ。いつだってそこには必ず矛盾した心があった。


「バカみたいだよね。死にたいって思ってるのに、死ぬ勇気なんてないから。無鉄砲なことしながら、今回は死ねるかも、なんて期待して。……でもやっぱり怖くて、だから戦っちゃうの」


 死ぬべき場所で生き延びることを選んだ、これは代償なのだろうか。時々、イブキは考えてしまう。本当は地下道の崩落に巻き込まれた時、あのまま死んでいた方がよかったのではないか。

 現実は苦しくて、しんどくて、寂しくて。いっそ次の瞬間、この心臓が止まってくれないものか、と。どこかの誰かが撃った流れ弾が、なんの脈絡もなく頭を貫いてくれないか、と。そういう偶然の死を期待してしまうのだ。


「嬉しいことよりも、つらいことの方が……ずっといっぱい、あるからさぁ」

「……そっか。そうだね」


 エマはただ相槌を打った。否定も肯定もそこにはない。わかる、とも言わず、ただ頷いて隣にいる。


「……私、やっぱ狂ってんのかな」

「どうだろ。見たところまともそうだけど。まあ、知り合ったのがついさっきだからね。判断できるほどキミを知らないな」

「ん……それもそっか」


 誰かに答えを出してもらえるものではない。そんな保証を他人に委ねてしまったら、それこそ自分というものがついに消え去ってしまう。第一、誰かに何か言われて変わる程度の心持ちなら、こんな生き方を選びはしまい。

 きっと例外なのは、心から想える大事な相手だけだ。もう二度と会えないかもしれない、その人の、せめてもう一度だけ声を聞けたら――と。


「……そっちは、いつまで居られるの?」

「そうだね、そろそろかな。思ったより電力消費が激しいし」

「会ってかないんだ? すぐそこにいるのに」


 ノアのことだ。今頃はこっちに向かっているかもしれない。ビィと共に、イブキの死への願望に一泡吹かせてくれた少年は、誰よりエマの声を求めている。

 だが、


「魅力的すぎて迷うな。迷うけれど……キミなら、どうする?」

「んー……会わない」

「そういうこと」


 ここで顔を合わせるのは、まだ違う。会ってしまったら、きっとエマもノアも、次に進むことが出来なくなる。

 それはたとえばイブキも同じだ。もし隣にいるのがミツバだったら。心に秘める、探し続ける大事な存在だったなら。やはりここでは会いたくない。


 きっと再会にふさわしい、どこか別の場所があるはずだから。でなければ、苦しさを抱えて生きてみた甲斐がないだろう。


「じゃ、そろそろお別れ?」

「うん。……私のこと、ノアには」

「言わないよ」


 野暮な口出しをするほど、彼を疑ってはいない。信じていればこそ、エマに会えたことは秘密だ。

 たぶんエマもわかっていたはずだが、思わずというやつだ。念を押してしまうほど不安だったに違いない。だからこそ応答には、心底からの安堵が窺えた。


「うん。……よかった、ありがとう」

「どういたしまして。……お節介だけどさ。待っててあげてね。あいつ、きっと本当に行くから」

「わかってるよ。ちゃんとわかってる。わかってるから、こっちもお節介なんだけど」

「ん?」


 一拍。静かにエマは続けた。


「目的をあげる。グレンデルを探しなさい」

「グレンデル……?」


 地名か、それとも施設の名前か。どちらにしてもイブキは聞いたことがない。


「見つければわかるよ。全部グレンデルから始まってるから。もしかしたらノアの助けにもなるかも。きっといろんなことが知れる。ミツバのことも、キミ自身のこともね、イブキ」

「っ!? ちょっ、それってどういう……っていうか、結局なんで私の名前まで! ……あ」


 血相を変えて上体を起こす。その時すでに、バリスティック・ドローンは機能を停止。抜け殻となり沈黙していた。

 エマは帰ったのだ。遠い空の向こう側に。いつか来るだろう、一人の少年を待つために。


 もっとも、こちらは気が気でない。


「言い逃げかよぉー! ったくもう~……っ!」


 再び寝転がってジタバタしてみる。それくらいの体力は戻ったらしい。


「はぁー、あーあ……グレンデル、ねぇ」


 盛大なため息をひとつ。それから教わった何かの名称を、言の葉に乗せ舌先で転がしてみた。思い当たる節はやはりない。


 あの幽霊は、最後の最後で文字通り目的を与えてくれたわけだ。

 どこへ行くかもわからない、虚しく彷徨うばかりだった魂に、いくつかの謎とひとつの目的地を。


「しゃーない。……生きますかぁ」


 こんな謎を残されたまま、終わるわけにもいかなかった。何より、ただ流れるだけの旅には、些か飽きが来ていたのも事実だ。

 まずクロスポイントに戻って、この名前を聞いてみよう。バイクも新調しなければ。いやいや、大事なことがある。そもそも傷の治療が必要だろう。考え始めるとキリがない。山と積まれたタスクの量に辟易してしまう。


 けれども、けれどもだ。

 目指したい道はひとつ決まった。それだけのことで、傷だらけの少女の片頬には微笑が浮かんでいる。

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