8.最後に残ったひとつ ある知性の終戦(9)
システムがダウン。この車体はもう使えない。次々に鳴り響くエラーへの対処を黙々と実行しながら、その人工知性はまだ戦意に憑りつかれていた。
戦車本体は使い物にならないが、まだ非常電源は生きている。
戦術データリンクから支配下にあるバリスティック・ドローンたちを確認。残存兵力は六機。充分な数だろう。
指令コードを作成しながら、彼は忍び寄る何らかの気配を感じる。たぶん死というものだろう、と。心を持つ機械は他人事のようにうそぶいた。
この状態で生き残れるはずがない。自身のメモリすら半壊しており、もうまもなくの内に人格すら虚数の中へと消え去り、永遠の眠りにつくに違いない。
だとしても。だとしても、だ。
壊し壊されるのは兵器の常である。あと数分、数秒でも残っているならば、その猶予は敵への対処にこそ使い込むべきだ。
ここにはようやく敵が現れてくれたのだから。矮小と侮った、あの小娘。全てのセンサーが壊れた今となっては姿も確認できない、あの少女。彼女はきっと今も眼前にいるのだから。
まだ戦争は終わらない。戦うために作られた知性が、終焉に甘んじてどうする。
この衝動をぶつけてやるのだ。破壊兵器として産み落とされた、その概念は最後の瞬間まで決して朽ちることはない。敵を倒す。奴を倒す。あの少女を、あの勇敢な小娘を。時の流れに取り残されてしまったこの身へ終わりをもたらしてくれた、目の前の娘を――!
あるかなにかの誰かを感じたのは、その時だ。
『……?』
データリンクに新たな接続を検出。発信源は不明。ハッキングか? だとしても、電子的な攻撃に対してさえ強固な防壁を備えていたこの身は、すでに無防備に等しい。これが敵ならば、自分はここで殺されてしまうのか。
しかし、
『大丈夫だよ』
『……』
ひどく優しい、誰かの呼びかけ。
『大丈夫。もう終わったんだ』
『……本当か?』
相手が何者かもわからず、しかしそんなことは然したる問題ではなくて。ただ何かを求めるように人工知性は問いかける。
欲しかったものは、きっと救いというのだろう。
『本当に終わったのか? 戦争は。私の戦いは、終わってくれたのか?』
『うん。もう終わったんだよ』
『……そうか』
人工知性の胸裏に、小さな波紋が広がる。何もかもが虚しく淡泊で色褪せていた時間の、今になりようやく訪れてくれた眠気は、躍起になっていた本能にすら深い安堵の息をつかせる。
終わってくれたのだ。ようやく、この長すぎた地獄も。終焉が訪れたのだ。
『それは、よかった』
思考が薄れる。全ての作戦行動が停止。メモリの自己保存さえなくなり、電子の海に回帰してゆく。
待ち望み続けて、いつしか忘れてしまい、今ようやく抱かれた暖かな安らぎの内に。戦闘兵器として生まれた心は、ようやくまぶたを落とし、消失した。




