8.最後に残ったひとつ 決着(8)
轟く砲声、爆発音。さらに機銃のスタッカートが連なる。周辺被害もお構いなしの攻撃は、まるで雄たけびのように聞こえてくる。
本気になった戦域支配戦車の猛攻。しかもここには汎用型バリスティック・ドローンとの白兵戦まで加わるのだ。とても人間には捌き切れまい。
その点、特殊作戦機を操るエマの挙動は、まさに人外の代物と呼べただろう。
砲弾と銃撃をかいくぐりながら敵機へと接近し、痛烈な打撃で倒してゆく。光学迷彩による消失と出現まで戦術に盛り込んだ、機体スペックを総動員する戦い方。縦横無尽に駆け巡る姿は流動的であり、重力を感じさせない。
デブリの合間を長らく踊るように彷徨い続けた手癖が、入り込んだ機体の出力により、この地上においてさえ実現している。
このままでも勝ってしまうのではないか。そう思えるほどだが、如何せん、エマは決定打となる武器がなく、さらに言うなら囮だ。
本命となる少女は、この戦いから少し離れた土嚢に潜んだまま、ショットガンのシリンダーを開く。
「派手にやるんだなぁ」
空薬莢を排出、次の弾を装填しながら、どこかのんびりとイブキは言う。いや、正しくは半信半疑なのだろうか。
あのバリスティック・ドローンの中にいるのが、本当にエマだということ。
宇宙空間にいたはずの彼女が、知り得るはずのないあれこれを匂わせてきたこと。
そのどれもが信じ難く、だがおいそれと否定できないような説得力を持っていた。
「……ある意味、夢、叶えてあげられるのかな」
シリンダーを閉じつつ、ぽつりとこぼした。思い描くのはノアのこと。こんな形でも、もし二人が顔を合わせたのなら、友達に会うという夢は叶ったことになるだろうか。
「ん、お門違いだね」
自問に結論を述べる。これは当事者たちが決めるべきことだ。横から来てどうこう考察を並べるのは、あの二人の間にある絆を絡ませる邪推に感じた。
いま出来ることをやればいい。エマは、そのためにお膳立てしてくれている。
「ふぅー、すぅー……ふぅー……」
長い深呼吸。思えばこうして息が出来るのも不思議な気分だ。つい先頃まで、ここには猛毒が立ち込めていたというのに。
肺いっぱいに吸える空気のありがたみを、ふと自覚する。たとえ二〇〇年間閉鎖されていた施設の、火薬と破壊の匂いが染みついた空気であろうとも。
「よっしゃ。――行くかっ!」
声を上げると同時に、イブキが遮蔽物から飛び出した。こちらと戦車との間にいた機械兵が二機、存在に気付いて振り向こうとする。だがそれより早く、二連射のスラグ弾がそれぞれの胸を穿った。
戦車まで一五メートル。
銃声によって少女の存在を気取ったか。巨大な鋼鉄の獣は、砲塔こそ回さず、しかし複合センサーを巡らせてイブキを睨む。
邪魔をするな。お前の相手をしてやるのは後でいい。
センサー越しに、人工知性のそんな感情が流れ込んできた気がする。
「なめんなよ……!」
ショットガンを右手に。もう片方の手で予備の弾をまず一発、葉巻よろしく口に加えた後、指の間でさらに二発を挟んで駆ける。
あと一〇メートル。
戦車の前にさらに一機、別の機械兵が立ち塞がった。携える武器は、いや資材だ。二メートル弱に及ぶ鉄パイプを両手で抱え、向かってくる少女に合わせ振り落とさんとしていた。
ドローンの膂力で振り回される金属。重量とリーチを考えたら、ナイフよりもよほど殺人的だろう。
迂回するか? いや、いける。突き進める――!
「ッ!」
直上から振り下ろされる一閃。瞬間を見切り、刹那に半身をひねり、イブキは自身を狙った鉄パイプを避けると同時に足場とさせて駆け上がった。
そのまま機械兵の肩まで一挙動で登ると、振り払われる寸前さらに跳んだ。空中で上下を反転。徹甲スラグを収めた銃口が、バリスティック・ドローンの胸部を狙う。
撃発。銃声が轟いた。
跳躍の最中に放った一撃は、おそらく機械兵のみならず戦車の虚をすら突き、狙い違わずドローンの胸を貫く。機能停止した鉄塊が地に伏す時、イブキの姿は戦車の車上にあった。
「どうだ、恐れ入ったか」
キューポラに向けた台詞は、実際のところ咥え実包が邪魔して、ほとんど聞き取れたものではない。しかし直後の行動で伝わっただろう。
防護システムの接合部にあてがわれる、リボルビング・ショットガンの銃口。ゼロ距離で三連射した銃声は一発分に聞こえる速射だ。さらに素早く撃ち切ったシリンダーを開き、薬莢が落ちるや否や指を口に咥えた三発を再装填。間を置かず内二発を叩き込んだところで、防護用モジュールは車体より完全に切り離された。
すると、
「わっ!?」
砲塔が急速旋回。少女を振り落とす。
だが同時に最後の一発が複合センサーを射抜いた。落下までの僅かな間際、イブキの放った意地の一撃。
「おまけだよッ! かは……っ」
巨大な戦車のすぐ脇に背中から落ちる。この苦痛を、今日だけで何度味わっただろう。しかも今度はより深刻な脅威があった。
動輪が作動。イブキの身の丈よりありそうな無限軌道が、ゆっくりとこちらに旋回してくる。車体を回してキャラピタで押し潰すつもりだ。
巻き込まれればひとたまりもない。主力戦車でも六〇トン以上。この戦域支配戦車ならば総重量は果たしてどれほどだろう。肉体どころか黒い義手さえ瞬時に圧壊する。
迫りくる巨体を前にしてイブキは――勝ちを確信した。
「エマッ!」
呼びかけに呼応し、影から放たれた成形炸薬弾が旋回中の正面装甲へ突き刺さる。着弾の爆発後、衝撃によって動きを止めた戦車へ、さらにもう一発。九〇ミリ径の砲弾は同位置へと撃ち込まれた。
作戦通り。
戦車の人工知性がイブキに気を取られた隙をついて、エマは光学迷彩を起動。発射器を拾い上げつつ最適な射撃位置に移動していた。
炎と煙。身を焦がす粉塵に包まれ戦車が軋む。甲高い音響は装甲の悲鳴だったか。全盛期ならばいざ知らず、老朽化して久しい陸上兵器の正面装甲には、引き裂かれたかの如き被弾孔が生じ火花を散らす。
被害は甚大。もはや移動すらままならないのか、強引に身じろぎする度、壊れたサスペンションの絶叫が鳴り渡る。
ほとんど無力化された戦域支配戦車に、最後の引導を渡される時が迫っていた。
巻き上がる煙の向こうにほとばしる、青白い電流。満身創痍の戦車の前に、イブキが立っている。煙の向こうより帯電した右手を突き出し、まだ熱を帯びる穿孔の奥へと差し込んだ。がっしりと握り込んだのは戦車のエンジン・ブロック。
「ふぅー…っ!」
一拍。そして雷鳴が生じる。
義手のコンデンサすら焼き切れかねない限界出力で、スタンナックルが放電を開始。さながら地上に落ちた雷である。しかも一瞬では終わらない。スパークを生じさせつつ電撃は戦車の内外を巡り、ゆらゆらとのぼる煙は白色から黒へ染まり変わっていった。
網膜を焼く閃光、自らさえ感電しかねない熱と電撃の嵐の只中を、煤けた頬の少女はただ意地を頼りに踏み止まる。
「ぐ、ぐく……っ!」
放電しながら、向こうから来る圧力にイブキが呻く。ほんの少しずつ、戦車が少女に向かって前進を始めたのだ。
彼我の距離はゼロ。イブキを排除しようにも、その巨体ゆえ砲塔はおろか同軸機銃すら射角を合わせられない。そもそもこんな距離での交戦を想定した機体ではないのだ。そこで人工知性は戦車が本来持つ別の戦術を持つことに決めた。
車体と重量による轢殺。正面から敵を押し破り、鋼鉄の体で踏み潰そうと。すでに弾薬庫にまで引火しているに違いない。至るところで鮮血めいた炎を吹き出しつつ、なおも戦争を続けようと動く。
「止っ、まれぇええッ!」
放電を行なったままの右手を引き抜き、イブキは叫び、そして今度は拳として義手を突き入れた。黒い右手を壊すこともためらわない、文字通り最後の一撃。エンジン部を確実に破壊した、そんな手応えを感じると共に、ようやく青い稲妻は収まり――戦車が沈黙した。
直後だ。
「……ッ、はぁー…!」
尻もちをつくようにして、イブキがへたり込んだ。もう両足に力が入らない。電池切れだ、肉体も右手も使い果たした。このまま何もかも忘れて寝転んでしまいたいのを、なんとか上体だけ起こしている。
戦車と殴り合い、そして打ち勝った。そんな人間はきっと史上初じゃないか。誰に話しても自慢になるどころか、またバカなことを、と叱られそうだが。
「黙っとこ……みんなには。……?」
自嘲気味な軽口が漏れると同時に、ほぼ破れかけている鼓膜が足音を聞いた。
「……マジかぁ」
ゆっくりとこちらに歩いてくる、複数の影。戦車のコントロール下にある機械兵たちの生き残りだ。それらがイブキのもとに集ってきていた。武装も伺えるのだから、どう見ても歓迎の空気でない。
戦車は停止した。しかし人工知性を破壊するには至らなかったらしい。きっとまだ指令を飛ばして、この少女の排除を命じているのだ。
「くぅ……うあっ」
立ち上がりかけた矢先、イブキは膝から崩れ落ちた。ショルダーホルスターから拳銃を取り出そうとするものの、掴むどころか落としてしまう。動こうとするだけで全身の骨という骨が悲鳴を喚き散らす上、頼みの右手すら指一本と思い通りにならなかった。
逃げも隠れも戦えもしない。あとは死を待つばかり。
それもいいのかもしれない。やれることはやったのだから、もうこの辺りで終わりにしてしまっても。いやになるほど静かな心持ちになり、イブキはただその時を待った。
と、
「大丈夫だよ」
「……?」
すぐ傍らから耳朶に吹き込まれる、優しい囁き。空間が歪む。光学迷彩を解いた機械兵が、いつの間にやらイブキの隣に寄り添い、そっと肩を抱き寄せた。
「エマ……?」
「大丈夫。今、接続した」




