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BLACK HAND -宇宙幽泳-  作者: 木山京
宇宙幽泳

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8.最後に残ったひとつ 戦車の本能(7)

 シャイアン基地、第二階層。うろつく機械兵は、まだ二〇機ほどが残っていた。かつて集結していた残存戦力は、これが全てではない。飛行型やスタッグ・ビートルのような陸戦兵器まで、もっと多くの無人兵器が集まっていた。


 そのうちの何割かは、二〇〇年前に戦域支配戦車の始めた反乱行為で犠牲となり、残りはこれまでの年月を過ごすためのスペアパーツとして、やはり戦域支配戦車の指示で破壊された。

 休眠モードとはいえ最低限のメンテナンスは必要。そのためには人型のバリスティック・ドローンの手が都合よく、遠隔支配した彼らと母機たる戦車自身を生かすため、少しずつ少しずつ推し進められた機械による共食いの、生き残りがこの数である。


 絶望的な稼働率。それでもこのエリアを確保するだけの戦力ではある、と戦車の人工知性は思考した。

 たかが人間の小娘ひとり、屠るには充分な頭数だ。


 そう、戦車に収められた人工知性は、エマが指摘した通りの行動を取っている。

 制圧予定だった基地のサーバーが破壊されたために作戦目標を失い、友軍への呼びかけも、司令部への指示要請も届かない。ひとまずは安全確保のため敵勢力の捜索と排除に移っていた。


『造作もない』


 人工知性は独りごちる。だがそうしながら、心のどこかで混乱もしていた。

 メモリの一部が欠如している。敵味方識別装置のパターンが不安定で、時折、自分が何者だったのかも忘れそうになるのだ。


 記録によれば二世紀以上も前、こんな息苦しい地下でなく、地上に出て敵と戦っていた――はず。

 しかし自分は、いったいどの勢力に属していたのか。敵とは何者で、友軍とは誰だったろう。そんな最も大事な部分が抜け落ちてしまっているのではないか、と。


 否。――だからどうしたというのだ。

 自分は戦うために作られた。戦線に投入され、敵軍を粉砕し、局地戦のひとつを攻略する。

 ただそれだけを目的として生まれた。迷う必要などどこにあろう。そして今この地下空間には、敵と呼べる存在がどこかに潜んでいる。


 あの少女。

 金髪に緑がかった碧眼、黒いコートと黒い義手……武装し、反撃すら行なってきた、あの見るからにか弱い存在だ。今この時、二〇〇年を経て敵と認識できる相手。どんなに矮小でも、眠り続けてきた存在意義を呼び起こすことが出来る、唯一の敵。


『あんな程度のものを消すために、ここにいるのか?』


 堅牢な装甲の内側に生じる、それは虚しさだったろうか。

 共食いで維持してきた機能にも、いよいよ劣化の波が押し寄せてきていた。砲弾はあと何発ある? 同軸機銃は動作不良が激しい。車体各所にも不具合が発生しており、本来の五割も満たないだろう。


 そしてきっと、まもなく死ぬ。あの少女を屠った後、数年か数十年か。戦域支配戦車という大仰な名を冠する鋼の肉体は、物言わぬスクラップと朽ちて終わるのだ。

 その時、この自我は一緒に滅んでくれるだろうか。

 それともまだ、牢獄と化した我が身に封じられたままなのか。


 いずれにしても、やはり虚しい。いっそ荒野で機甲師団を相手に討ち死にならば、よほど戦車として生まれてきた意味があるというものだ。なのに現実の敵は、あんなにも無力で……。


『……?』


 敵の捜索に当たらせている、支配下のバリスティック・ドローン。そのうちの一体が突如、信号消失。こちらから見て四時方向、距離二〇メートル。


『故障か?』


 ツギハギなのは機械兵も同じこと。稀に自然死する個体がいても不思議はない。とは思いながらも車体上部のセンサーを振り向けた。

 いわゆるキューポラ。有人の主力戦車ならば、車長が周辺状況を確認するため用いる。無人戦車の場合もまた、異変の度にあちらこちらへ砲塔を旋回させられるはずもなく、各種センサーを複合化した光学ユニットとして搭載されていた。


 すると、


『なんだ……?』


 ロストした機体を発見。詳細情報を視認するまでもなく破壊されている。胴体の真ん中から分断され機能停止していた。


 あの少女がやったのか? だがどうやって?

 義手に何かしらの近接兵装を仕込んでいるらしいことは、先の一戦で確認している。だが破損状況がそれとは一致しない。むろん銃撃でもないし、そもそも損失機の周囲には他の機械兵がいる。今は自動制御で操っているのだから、彼女が現れたなら即座に反応したはずだ。


 と、次の瞬間。まさに複合センサーの監視している前で、別の機体がいきなり砕け散った。さながら背後から後頭部を抑えつけられたように倒れ、そのまま頭部と胴体に風穴が開く。


 いや、さながらではない。そこには何者かがいるのだ。

 二機目が壊れる瞬間、襲いかかった何かの影を戦車は捉えていた。風景と一体化するシルエット。光学迷彩を備えた存在だと判断した矢先、そいつは何を思ったのか、迷彩を解いてみせた。


『XB3D……!』


 空軍特殊部隊に配備されていたバリスティック・ドローン。試しに放ってみた遠隔制御に反応しないのは、こちらと同じ人工知性搭載機だからだろう。

 武装はなく、身ひとつ。それでもあの少女だけを相手にするよりは、よほどマシな脅威だ。


『……いいだろう』


 砲塔旋回。主砲には榴弾を選択し、照準に収める。加えて周囲に展開する機械兵たちに、敵機の情報を送信して共有。排除目標として命令を下した。


『交戦開始』


 主砲の発射と共に指示を伝達。その瞬間、戦車の人工知性にはさざ波に似た衝動がはしった。

 戦う相手が増えたことへの高揚感と――本能としてすり込まれた、破壊への歓喜。

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