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BLACK HAND -宇宙幽泳-  作者: 木山京
宇宙幽泳

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8.最後に残ったひとつ スリルに一撃(6)

 どうなってる? ――再装填した拳銃を途中まで振り上げた体勢のまま、イブキは眼前の機械兵を凝視し、困惑した。

 この頭蓋を踏み砕くはずだった脚部装甲。人を殺めるため人が設計したマシーンは、どんな命令であれ躊躇なく実行に移す。女・子供だからといって良心の呵責などありはしない。


 そのはずなのに、バリスティック・ドローンの足が止まっていた。

 まさにイブキの鼻先で、軍靴よりずっと恐るべき装甲の靴底を停止させている。まるで糸が切れた人形かの如く。


 いや、機械兵だけではない。あの巨大な戦車でさえ、どういうわけか動きを止めている。単に発電設備への流れ弾を恐れているのではない。車体すら旋回させないのだ。いくら防護システムがあるとはいえ、こちらに対戦車火器の脅威があるとわかった以上、装甲厚の最も高い角度で相対するのがセオリーだろうに。

 そこでふと気付いた。警報まで停止しているのだと。シャイアン基地は突如として静寂に包まれ、ぽつりと落としたイブキの呟きが、ただひとつ反響した。


「ノアなの……?」


 逃げろと伝えた、あの少年。彼は逃げることなく、基地のサーバーを破壊したのか。

 旧米軍戦力であるはずの戦域支配戦車が、しかし明らかにこの施設全体を掌握しようと目論んでいたとは、イブキも肌で感じている。状況証拠と行動パターンから、基地全体を制圧する目的で遣わされた洗脳済みの個体ではないかと、頭の片隅で察していたのだ。


 おそらくVXガスの出所も、この戦車だろう。車体内部か、砲弾としてか、そこまではわからない。だが内部に侵入してから毒ガスを散布するなら、これほど適した機体もなかった。

 そしてノアとビィにより基地機能が壊され、戦車は目的を見失ったのだ。手に入れるべき目標が消去され、さらに作戦指令も更新されない。言ってしまえば、今は途方に暮れているようなものだ。駒である機械兵の制御も忘れるほどに。


「なんで……」


 イブキらしくない、と。もし評されたのなら、彼女は不服だったろうか。それでもこの少女にしてはあまりにか細い声が疑問を紡ぐ。

 夢を叶えてほしかったのに。宇宙にいる友達、その邂逅に必要な全てが、ここにあったはずなのに。警報が停止したならメインフレームは完全に破壊されている。思った矢先、照明まで落ちた。


 いったいどうしてそんな選択をしたのか、と。――刹那だ。


「っ!?」


 眼前のバリスティック・ドローンが、横殴りの衝撃にいきなり吹き飛んだ。銃撃ではない。イブキは撃っていないし、銃声もない。そもそも打撃を受けたような倒れ方だった。

 否、事実それは打撃だったらしい。


「なっ――!?」


 目の前の風景がぐにゃりと歪む。光学迷彩か。景色と完全に同化していた正体不明の物体が、何の脈絡もなく機械兵を倒し、隠された輪郭を露わにしたのだ。


 いや、それもまたバリスティック・ドローンだった。しかもイブキがよく知っている機種。

 型式番号、XB3D。アートたちと共に撃退した、特殊作戦機と同型モデル。まさかあの晩を生き延びた機体が追跡してきたのかと、一瞬、銃口を向けかける。


 が、次の瞬間に起きたことは、さらにイブキを困惑させた。


「ボケッとしてる暇はないよ」

「は……うわっ!」


 特殊作戦機が口を利いた。戦闘に特化した外観へ似つかわしくない、少女のような、けれどもどこか達観して聞こえる声色で。

 そう認識した矢先、今度は防弾アーマーを掴んで引き起こされ、土嚢の裏へ一息に連れ込まれた。


「ちょっと!?」

「静かに」


 謎の機体は自身の下にイブキを押し込めると、そのまま光学迷彩を起動。まるで全身を使い、この少女を守ろうとするかのように外界と隔てた。

 戦車の無限軌道が軋みを上げ出したのは、ちょうどこのすぐあと。


「誰よ……っ!?」


 律儀に声量を抑える辺り、素直さがにじむイブキである。いや、それとも状況判断の結果か。


「動き出したね」

「誰だってば……!」

「黙りなさい」


 さながら年上のお姉さんが言うように、ぴしゃりと言って沈黙させる機械兵。彼女、と呼んでいいのだろうか。ともかくそのドローンは、さらに続ける。


「ノアはキミと行く道を選んだ。この意味がわからないほど、自分勝手じゃないといいんだけど」

「……!」


 なぜ機械兵が彼の名前を知っている? そしてやはりノアたちはサーバーを破壊したのか? この機体の中にいるのは――。


「エマなの?」

「面と向かって名前呼ばれるのって、むず痒いんだね。知らなかったよ」


 声には照れ笑いが垣間見えた。ややぎこちない人間臭さ。同じ人工知性だから、という括りは乱暴かもしれないが、どことなくビィに似ているように感じる。


「なんで……だって、宇宙にいるんじゃ」

「いるよ、まだ宇宙に。ノアのおかげだよ。さっきまでは、あの戦車が基地を乗っ取とうとしてたせいで、入り込む余地がなくてね。あの子がサーバーを壊してくれたから、戦車は作戦目標を見失って、電子的にもこのエリアは無防備になった。今は衛星経由で、この機体に私の意識を飛ばしてるところ。私と同じ宇宙軍所属のドローンなら、自前のアクセス権で動かせるからね」

「ならこんな土壇場じゃなくても……ん? 動かす?」


 ふと気付いた。エマが制御している特殊作戦機は、アートたちと撃退したのと同型な上、所属部隊まで同じと来ている。

 あの部隊がどこから来て何を目的にしていたのか、今も謎のままだ。まさかとは思うが……。


「まあ、その辺の説明は追々ちゃんとしようか。だから、あまり贅沢言わないでほしいな。こっちもやれる範囲で警告したりしたんだから」

「警告? ……あ。そっか、この機体……」


 電力を復旧させる前に遭遇した、不可解なメッセージを連呼する半壊のドローン。これはあの時と同一機体で、あの動きはエマの仕業だったらしい。

 助けられた方は、思い出して苦笑ってしまう。


「はは……次からは、もうちょいわかりやすくしてくれない?」

「またクレームだ。伝わると思ったのにな。それもともかくとして、ここが正念場だよ。顔、傾けて」


 周囲が騒がしくなってきた。停止していた機械兵たちが再起動。光学迷彩に覆われたイブキたちの、すぐ傍らを通り過ぎる。

 その対抗策としてだろう。言われるまま左頬を差し出すと硬質の、おそらく手のひらが触れる。妙な感覚だった。光学迷彩でほとんど透明化し、視認できても滑らかな空間の波のように映る存在が、物質としてそこにあるのを実感できる。視覚と触覚の不一致だ。


『聞こえるね?』


 エマの声は空気でなく、頬骨を通じてイブキの頭に響いた。金属の肉体であるのを利用した骨伝達。これなら周囲に聞こえない。バリスティック・ドローンとバイオロイドの組み合わせは、本来以上に多芸になるのか。

 僅かにおとがいを引いたイブキへ、


『あの戦車、今は自律行動に変更したみたいだ。基地の制圧なんて忘れてるけど、キミとの交戦記録がある。要するに今のあれは、明確な敵であるキミひとりを倒すために動いてるし、他のドローンも操ってる。逃げようにも見つかったが最後。もう施設の被害なんて考えないし、手当たり次第に撃つんじゃないかな。さて、どうしようか』


 持って回った言い方をする。この幽霊、思っていたより相当ユーモラスだ。イブキの方までつられて、わざとらしく肩を竦めてしまう。

 と、


『簡単だよ。撃破すればいい』


 こともなげに言い放つ。正気か、と問う緑がかった碧眼へ、さらに続けた。


『やりようはあるんだよ、キミらしいのがね。あの戦車は純粋なアメリカ産じゃない。イスラエルと共同開発された試作機だ。ベースになったのはイスラエル製のメルカバ・シリーズ。この主力戦車は代々、エンジンを車体前方に配置している。装甲に加えてエンジンそのものを防壁に用い、撃破されたとしても搭乗員の命を守れる、生存性重視の設計だ。無人化された戦車にこの伝統を引き継いだのは、なんとしても人工知性の本体を生かすためだろう。最悪、あの戦車は指揮能力さえ残っていれば充分に戦えるんだから』


 つまり正面角度からの防御は鉄壁に等しい。装甲のみならずエンジン・ブロックさえ貫いて、内部の人工知性を破壊する必要がある。そういう無茶を言っているのかとイブキには伝わった。

 しかし、


『ふふっ、ふふふっ。そんな顔をしなくていいよ』


 不満が顔に出たのが面白かったのか。いや案外、人と直接話すのが楽しくて仕方ないのか。二世紀を孤独に過ごしてきた幽霊は続けた。


『正攻法じゃ勝てない。そう言いたかっただけなんだ。周囲をスキャンしたけれど、使えそうな対戦車火器はあと三つ。誘導弾はジャミングでロック出来ないから、無誘導の九〇ミリだ。仮に全て直撃させても確実じゃないし、現実的には防護システムに撃ち落とされるだけだ。試したくないだろう?』


 それはもちろんだ、とイブキの首肯。もしアクティブ・プロテクションの残弾があと一発でも、主砲よりずっと小型な成形炸薬弾でどの程度の効果があるか。やるなら、せめて同クラスの砲と超音速の徹甲弾が欲しい。

 されどここにあるのは、九〇ミリの使い捨てランチャー。他に対物火器と言えば散弾銃のスラグ弾が関の山か。到底、一人と一機で撃破できる火力ではない。――本当にそうだったか?


『気付いたかな。そう、キミらしいのがあると言ったでしょう? 頼りはキミだ、イブキ』

「……!」


 どうして名前まで知っているのか。こちらはノアから名を聞いているが、エマの方はイブキのことを知る術などなかったはず。なのになぜ?

 この疑問をイブキは現状から投げかけることが出来ず、エマにしても察したはずだが、答えない。


『キミの右手、スタンナックルだね。やろうと思えば放電も出来るはずだ。そうだろう?』


 特殊作戦機のスキャン機能だろう。少女が黒い義手に秘める奥の手など、すっかりお見通しの様子。


『やり方はこうだ。まずアクティブ・プロテクションを潰す。私が先行して敵を引きつけるから、キミは迎撃システムを破壊するんだ。そのショットガン、徹甲スラグはまだ残ってるよね』


 未だに再装填が済んでいない愛用の散弾銃。弾自体はまだ残っていた。


『モジュールをひとつ潰すだけなんだから。よーく狙って直撃させれば、充分壊せるよ。その後、私が対戦車ロケットで正面装甲に穴を開ける。あとは露出したエンジンに電撃を流し込めば、人工知性ごとショートさせられる……かもしれない』

「……」


 最後に嫌な一言を付け足してくる。こういう性格は元々なのか、それともノアと接したことで生じた変化か。もし後者なら、彼に文句を言ってやろう。


『ふっ、冗談だよ』


 優しくエマが笑った。むろん表情は見えない。光学迷彩があるし、解除してもここにいるのは仮初の肉体であってエマ本人ではないのだ。

 しかし想起するには充分である。イタズラ好きのお姉さん、そんな面差しを。


『それでダメでも、まだ打つ手はあるから。私がなんとかする。こんなところだけど、どうかな。次はこっちから仕掛ける番でしょう? スリルに一撃、楽しまない?』


 機械の手が少女の頬を離れる。一連の説明を反芻し、思い描き、諸々のリスクや選択肢を考えてみること数秒。

 イブキが片頬で笑いつつ、ショットガンを手繰り寄せた。楽しげで不敵に囁く。


「やっちゃいましょーか、幽霊さん」

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