1.セプテンバー 交戦・IV30(3)
巻きあがる砂塵。
エンジン・パワーにものを言わせ無理やり慣性を打ち消したバイクは、僅かに体勢を崩しかけても踏み止まった。動輪の巻き上げた砂が彼女の輪郭を覆い隠した、その矢先だった。
黒い義手の少女イブキと、言葉を持たない自律兵器ビィ。
彼等を乗せたバイクが、爆発的な加速によって砂のカーテンを突き破った。トラックを左側面から一気に追い越すと、大きく旋回して針路を反転。接近中の敵影と、正面から対峙する迎撃コース。
向こうも気付いているに違いない。何より賊でなかった。ゴーグルに投影したレーダー上で、二個の光点はどちらも針路を変えていないのだ。
「やっぱ人間じゃないっぽい!」
『そりゃ結構。やれそうかい?』
「もちろんですとも!」
風に負けじとイブキは叫ぶ。
積み荷目的の賊だったなら、この時点で二手に分かれているはずだ。一方が護衛、つまりイブキを相手にして、もう一方が輸送隊を狙うだろう。向かってくるバイクを蹴散らしてからトラックを、との選択も無くはないだろうが、無駄に手こずって逃すリスクが大きい。
とすれば、これは人でなく無人兵器の類だ。
イブキの読みはIV30自律戦車。仮にその名の兵器が二機だとしたら相当分が悪い。
そいつは全長4メートル、全高一メートル半ばという乗用車ほどのサイズに、全幅三メートルほどある平たい外観をした小型の陸戦兵器だ。戦車と名の付くものの、ビィと同じく歩兵支援を目的に設計されており、同規格ないしより大型の兵器を相手にできる機種ではない。
裏を返せば対人専門のマシーンである。
全体の装甲は小口径高速弾を容易に跳ね返し、正面角度などは傾斜と相まって対物ライフルでも貫通が難しい。これらに加えて、むろんのこと武装もあるのだ。
脅威レベルとしては低い。けれど、それは重装備の戦闘チームがいる前提だ。バイクに乗った少女と飛行ドローンのコンビで、どうこうできる相手でない。
だというのに、イブキの頬はあの微笑が浮かべたまま。
「ミナコさん、合図したらレーダー切って!」
『いいんだね?』
「どのみち肉眼でやるしかないから! つけっぱで別のまで呼んじゃう方がやばいよ!」
輸送隊から離れてしまっている以上、今ここで最悪の状況は、さらなる敵の出現だ。イブキでは手が回らない。ならばと、思い切りよく自分の支援を切るつもりだ。
ロングレンジの武装がないのは事実にせよ、護衛対象を最優先にする様子は割り切ったもので、実戦慣れしている。ストイックという評価は、あながち間違ってはいないのかもしれない。
ひときわ盛り上がった砂丘をバイクが跳んだ。
から回る動輪が砂の尾をひく。ゴーグル越しの双眸は、一瞬映った影を見逃さない。
「見つけた……! ミナコさん!」
『ああ!』
レーダー・オフ。同時に多用途ゴーグルが、イブキの視線を追って捕捉した敵影を解析する。拡大と補正とを交互に繰り返し、数秒。そのままでは一個の点でしかなかった影が、陸戦兵器の造形を得て浮かび上がる。
「やっぱスタッグ・ビートルか……!」
外観はイブキが思い浮かべていた通り。平たく広がった胴体は、節足動物を参考に設計されたと言われ、実際に同じようにな動きをする。左右四カ所の動輪を車体ごと上下させ、あらゆる地形に対応させるのだ。この特性の妨げないよう、薄く平たい装甲板をいくつも備え、そのシルエットは甲虫の一種を彷彿とさせた。
スタッグ・ビートル――すなわちクワガタだ。もっとも、ここで相対する無人兵器に備わるのは、大顎よりずっと殺傷力に秀でた重火器である。
「IV30が二機! 油断しちゃダメだからね、ビィ! 向こうは対人ミサイルとミニガン、おまけに装甲まで付いてるよ!」
「~♪」
「張り合わないの! あんたの装甲じゃ九ミリがやっとでしょ! ――エンゲージ!」
再び稜線の向こうに消えた敵機の行動を、透かし見たようにイブキが発した。いや、実際に彼女は見えているのだ。
第六感だとか、そういう霊的なものではない。先ほどまで捉えていた敵の速度と自身のスピード、彼我の距離、IV30の人工知能が選ぶ戦術パターン。諸々の情報を叩き込んだ頭が、経験を加え無意識に計算し、結論を導き出した。無人機たちは撃ってきている、と。
途端、まるで少女に呼応するかのごとく、砂漠の先で飛翔体が打ち上がった。数は五。それこそが自身の警告した脅威であると、むろんイブキは理解している。
「ほら来た! トレビュシェット!」
小型の自律戦車の多くが搭載する、地対地対人ミサイル。目標に対して放物線を描くよう放ち、上空へ達したタイミングで弾頭部のセンサーが起動。地表のターゲットを捕捉するとブースターへ点火、迎撃困難な速度で突入し、着弾する。
トレビュシェット。古い言語で投石機と呼ばれるゆえんだ。誘導兵器と言いつつ、野砲の効力射さながらである。
厄介なのが、対人用途も含まれる点だ。トレビュシェット・ミサイルは対戦車兵器。ただし直撃寸前に近接信管が作動して、子弾をばらまく。戦車のみならず、周囲に随伴する歩兵や敵陣地への攻撃も考慮されていた。
そんな殺傷兵器が五発。まともな神経を持ち合わせていれば、身を翻してここから逃れる。吹きさらしのバイクで立ち向かうものではない。
だというのに、
「ビィ、どっちにする!?」
「~♪」
「おっけ! 任せたっ!」
相棒の人語に程遠いビープ音へ快活に応じ、イブキは直進を続ける。いよいよ再突入まで秒読みとなったミサイルを仰ぎ見て。
センサー起動、ターゲット・ロック。目標の予測ルートを解析し、推進剤への点火を指示。着弾まで二秒。
ミサイルの簡易AIが命中を確信した、その時だった。
「一……二、の……三ッ!」
まさにミサイルが点火した瞬間、急制動をかけたバイクが続く加速で右方向へと針路を転じる。同時にビィが飛び出した。バイクと正反対。左方向へと低空を駆ける。
ミサイル群に戸惑いがはしった。厳密には攻撃目標を定める計算に過ぎないが、簡易AIの挙動を人に置き換れば、やはり動揺だろう。
落下時に加速するという特性上、トレビュシェット・ミサイルは急激な軌道変更に弱い。十字形に配置されたフィンは微調整のためで、高機動ターゲットへの追従など求められていない。
この時イブキたちに先制して発射したのは、敵ドローンが地形を考慮した結果だったろう。
バイクでは局所砂漠に足を取られ、回避しようとしても横滑りするはず。速度はあっても活かし切れない。そのまま横転でもすれば恰好の獲物だ、と。
だからこそ有効打となる。そんな予測があればこそ、前述した動揺が広がった。
それでも放たれた誘導弾は決断する。逆サイドへ飛び出した物体が小型の飛行ドローンであり、ならば構造上、重火器の搭載はないと判断したミサイルが、ワンテンポ遅れにバイクの背後で炸裂した。
「熱……っ!」
直撃は免れた。が、追い風へ乗った熱に、ほんの一瞬うなじを炙られる。破片でなくて幸運だ。数センチ離れた砂地に、さくりとミサイルの残骸が突き刺さればなおのこと。
イブキの読みは正しい。この少女が取れる対トレビュシェット戦術は、急速旋回による攪乱以外はない。
しかし、一度きりだ。
『~♪』
「はいはい! わかってる!」
無線越しにビィの発した警告へ叫ぶ。イブキもやはり心得ていた。
第二射が来る。ミサイルの簡易AIは、爆炎を起こす間際までターゲット情報を送り続けていた。二機のIV30は少女と相棒の姿を捉え、こちらの機動性を考慮し、そして少女を優先目標に設定したのだ。
すぐに集中砲火が降り注ぐ。
事実を受け止め、されど焦燥だけは振り払うように、黒い右手は自身の背負ったリボルバー銃を手繰り寄せ、掴んだ。トリガーを二度、安全装置をかけたまま引くと、シリンダーが回転。そして親指がセーフティー・レバーを弾く。
次の瞬間。
「……!」
飛来する対人ミサイル、五発。いずれもイブキを狙った軌道で打ち上げられた。今度はこちらの速度を読まれている。回避機動は意味がない。飽和攻撃で針路を塞ぐつもりだ。トレビシェットは弾頭そのものにAIを積む、スマート・ミサイル。ジャミングや欺瞞熱源も効果がない。
もっとも、そうした装備の持ち合わせなど無いのだが。
しかし、
「取った……ッ!」
対人ミサイルのブースターがまさに点火されようという――寸前、イブキの右手が動く。一閃。剣術よろしく空中めがけて振り抜き、そして定めた。剣先を思わす、ショットガンの銃口を。
発砲。
さらにもう一発。
大口径のショットガンを片手で扱いながら、しかも二連射だ。およそ少女にあるまじき射撃を、黒い義手が可能にしている。まるで反動を感じさせない。
ばらまかれた無数の散弾は、急降下するミサイル群と交錯した。誘導兵器たちは弾頭を潰され、あるいは補助翼が破損し、遥か手前で爆散するか、でなければ目標を大きく外れて地表に衝突。数秒遅れに虚しく砂柱を上げる。
「ビィ!」
爆炎を頭上に、イブキが呼んだ。
装填済みの散弾は今の二発だけ。防弾アーマーに予備を備えているが、最大出力のバイクの上だ。このクラスの車両にあるまじきエンジン・パワーで、強引に砂をかき分けている状態。両腕を再装填に回し、下半身だけで愛車を操れる自信はなかった。今でさえ気を抜けば横転しかねない。
だからミサイルを撃たれたら防げない。その状況に、あの小さなドローンが割り込んだ。
「!……♪」
二機のIV30自律戦車。イブキに気を取られた、スタッグ・ビートルの名で知られる鋼鉄の甲虫の前へと、ビィが超低空より襲いかかる。
武装は機体下部のサブマシンガンのみ。用いる五ミリ径徹甲弾は拳銃規格であり、ボディアーマーならばダメージを与えられても、スタッグ・ビートルの装甲は貫けない。敵に比べてあまりに貧弱な武器だ。
だがビィは仕掛けた。効果がないのはあくまで装甲のみ、足回りなら潰せる。そう言わんばかりにIV30の動輪を狙う。
敵に人工知性が――すなわち疑似的な人格が備わっていたら、無い鼻で笑って無視しただろう。しかしここに現れた二機は、単純な人工知能しか搭載していない。すでに脅威レベルが低いと判断したにも関わらず、攻撃されるや否や片方が機銃を展開。すでに一連射を終え回避機動に移った飛行型ドローンを照準する。
六連結束銃身をした自律戦車の機銃。スピンアップに一拍置いた後、ビィめがけてコンマ数秒だけ火を吹いた。
連射速度は秒間七〇発に及ぶ。ここまで来ると機関銃でなく散弾に近い。発射直前、かろうじてビィの潜り込んだ砂丘が抉れる。
「~♪」
挑発めいたビープ音を鳴らし、逆サイドからビィが飛び出た。這うような低空飛行を用い、駆け抜ける。スタッグ・ビートルたちの合間を軽やかに縫い、すれ違いざま、動輪めがけ銃撃を加えると、そのまま正面方向の砂丘に駆け込む。
果たして敵のAIは、微かなフラストレーションでも覚えたか。ついにもう一機の甲虫までも迎撃を決めて機銃を放つが、弾丸はただ飛行ドローンの軌跡をなぞった。
しかし次で撃墜する。
二機のスタッグ・ビートルが戦術データを変更した。プリセットから地対空迎撃を選択。主砲たる機銃の射程、仰角に限界があるため、対空戦闘とはいえ高高度かつ高速の航空機は撃墜不可能だ。されど相手は小型の飛行ドローン。一発掠めてしまえば容易く失墜する、脆い羽虫である。本気で迎撃すれば一瞬で片付く。人間の方は、その後に排除すればいい。どのみち、どちらの武装も装甲パネルには対抗できないのだから。
データ・リンクの、ナノセカンドにも満たない交信を行なう最中。スタッグ・ビートルたちはそんな結論をうそぶいたに違いない。
直後――状況が転じた。
意識を対空戦闘に向けていた甲虫たちは、背後で轟くジェット機めいた轟音を、探知こそすれど優先できなかった。
横滑りさせた巨大な車体、細長い尾を曳くローポニー。乗りこなす少女は愛車に対してあまりに華奢で、無骨な黒い義手はショットガンの銃口をスタッグ・ビートルに合わせている。
「ここ……ッ」
噛み締めるように発した矢先、砂塵の奥からイブキは撃つ。射距離五〇メートル弱。発射されたのは対人ミサイルを撃ち落とした散弾でなく、一発の大口径徹甲弾。すなわちスラッグだ。
ライフリングのない銃身を、自ら回転することで飛翔する銃弾。命中すれば、抗弾パネルを貫く強装弾である。
しかし、
「チッ!」
鋭い舌打ち。むべなるかな、そのスラッグ弾は甲虫の傾斜装甲にあえなく弾かれ、明後日の方向へ飛び去ったのだ。
ショットガンゆえの有効射程。ここでは距離が遠い。五〇メートルでは詰め切れていない。
イブキは決断するなり、バイクを再加速させる。スタッグ・ビートルが主砲を巡らせるより先に、速力を得て一気に肉薄した。車体を左右に振りながら、銃撃から逃れ甲虫へ。
「ビィ、運転任せた!」
怒号を放った途端、ディスプレイの表示が切り替わる。ドライブ・コントロールを外部からの遠隔操縦に移行。飛行ドローンは行動で応じたのだ。
そしてスタッグ・ビートルたちを追い抜こうという瞬間、イブキが跳んだ。
バイクを踏み台にして、甲虫の一機へ飛びかかる。
「く……っ!」
ブーツの底を動輪が掠めた。危うく巻き込まれそうな寸前、義手がミサイル発射口を掴んだのは幸運か。そこを支点に一息で体を持ち上げた少女は、間髪入れずにショットガンを手繰る。
銃声が二発。いずれもスタッグ・ビートルの動力音に掻き消され、しかし絶大な効果を発揮した。
ゼロ距離の徹甲スラッグ弾。
直上から、装甲の隙間めがけ散弾銃を直接差し込んでの射撃に、さしもの陸上ドローンといえど耐えられるはずがない。中枢部を完全に破壊された甲虫が、火花を散らしスピンし始める。すでにコントロールを失った車体は、このまま横転するか、停止するか。どうあれ擱座は免れない。
「っとぉ……!」
ぐらつく自律戦車の上で、機銃を支えになんとか立っていたイブキは、もう一機の騒音を真後ろに感じ、戦慄した。機銃をスピンアップさせる二機目。知性無き人工知能に、家族や生死の概念はない。撃破された味方機ごと、イブキを仕留めるつもりだ。
「!……♪」
ビープ音が割り込む。銃声と共に。
絶妙なタイミングで砂丘の影から現れたビィが、二機目の機銃めがけて弾丸を叩き込んだ。貧弱な火器と判断して侮った、まさにその銃撃によって機銃の照準は乱れ、数十発がイブキを掠めながら飛び去った。
「ふぅ……っ!」
イブキの上体が沈み、跳ぶ。狙うべきは少女か飛行ドローンか。この期に及んでなお逡巡している人工知能に対し、ほとんど生身と言っていい彼女が、その装甲版へと片膝をつき着地する。
ショットガンは残弾無し。再装填がいる。
拳銃を使うか。ショルダー・ホルスターにあるのは、強化フレームを採用した徹甲弾仕様。
だがイブキはどちらにも義手を伸ばさず、いや伸ばすどころか、その右手で拳を握った。破裂音が鳴る。電流を思わす音響に、迸るのは青白い稲妻。
「――ッ!」
振り落ろした黒い拳が、スタッグ・ビートルの装甲パネルを殴りつける。腹の底から絞った少女の怒号は直後、落雷に似た衝撃でかき消された。
目の眩む白光、電撃。装甲の一部を融解すらさせた黒い義手には、スタン・ナックルが仕込まれていた。それ自体は多少マイナーのきらいこそあれ、傭兵を生業とする者たちにとって、ありふれた近接武器である。外付けのナックル・ダスター式と、イブキの義手よろしく、サイボーグ化した腕に直接埋め込む内蔵型に分かれる。
恐るべきは威力だ。何しろ超高圧の電流を対象に直接叩き込む。弾丸を防ぐドローンも、これでAIそのものを焼かれてしまってはスクラップを免れない。
一方で対象を殴るという、言ってしまえばゼロ距離の格闘戦が前提のため、実戦で使われることは稀な得物だ。マイナーの域に留まるゆえん。単純な戦闘なら人間よりよほど優れた自律兵器に、そんな距離で戦わなければならない。主兵装としてはピーキーすぎるため、基本的には護身用の趣が強い。
「ぐ、ぐく……ッ」
未だに続く電流と衝撃の中。甲虫の溶けた装甲パネルに拳を突っ込んだまま、何かを掴んだ様子でイブキの瞳が笑う。
ただのスタン・ナックルにしては、放電時間も威力も桁が違う。異常と言っていい。
そして休む間のない放電に、スタッグ・ビートルの中枢部もついに根を上げたか。どうにか少女を振り落とそうと、デタラメに暴れていた動輪が急停止。衝撃でイブキの体も投げ出される。異音と共に引きちぎった、装甲板の一枚を掴んだまま。
「かは…っ」
数メートルの距離を宙に舞ったイブキは、背中から砂地に落ちる。肺の空気が押し出された。
引き剥がした装甲パネルが右手を離れ、落下の際に軽く口内を切ったのか、唇の端を鮮血が伝う。前方には白煙を吹き停止したスタッグ・ビートル。まだ完全に止まっていない。
「はぁっ、はぁっ……っ!」
砂埃の中で、イブキが上体を起こし、片膝をついた。義手が動いて、ショルダーホルスターの拳銃を引き抜き、構える。
両腕を伸ばし切ったアイソセレス・スタンス。照門と照星を通す緑がかった碧眼の先には、装甲の無くなった甲虫の内部――AIを収める中枢部が鎮座する。
「ふぅ……」
落ちるのは軽い呼気。照準を覗く左の利き目が細まった。痛みを忘れ、鼓動を制し、トリガーが引かれる。
タンッ、と。無味な銃声が九ミリ径徹甲弾を放つと、硬質の着弾音を伴い砂漠を渡る。
もう一発。
さらにもう一発。
三度目が響いた刹那、命を持たない甲虫から、ふつりと脈動の気配が消えた。スタン・ナックルによりすでに瀕死状態だったドローンは、ようやく機能を停止。砂漠のただなかにて黙し、スクラップへと変貌した。
「っ、はぁー……!」
数秒して、こちらも緊張の糸が切れたらしい。射撃体勢を解くや否や、膝立ちになって、そのままへたり込む。どっと吹き出た汗に、酸欠よろしく空気を求めて喘ぐイブキの姿は、戦闘そのものの反動を如実に物語った。
「~♪」
「ああ、ビィ……無事?」
ビープ音と共に戻って来た相棒は、イブキの周囲を軽快に飛び回って快調を告げる。やや遅れてバイクも合流した。あの喧しいエンジン音が聞こえない。走り方に違和感がないため、故障ではなく別の動力。おそらく電気モーターの類だろう。
相棒の遠隔操作によって緩やかに旋回、すぐ傍らにスタンドを立てて停止した愛車を、イブキは苦笑じみた片頬の笑みで見つめた。
「?……♪」
「わかってる。ちょっと休憩してからね」
出発を催促するビィに、ようやく呼吸を整えつつある少女は言う。ふぅ、と胸に溜まった疲労を吐き出しつつ、生身の左手でゴーグルを外す。
風が吹いていた。立ち込める火薬臭を洗い流すには、まだ少しかかる微風。ほんの微かに砂の粒子を含んだそれに、細長いローポニーがそっと揺れる。
「無茶しちゃったなぁ」
誰ともない呟き。ふと巡らせた眼差しが、改めてイブキに実感を呼び込む。
生身で、こんな程度の武装で、普通はやるものではない。スタッグ・ビートル二機との交戦、まして撃破など。無茶なのは最初からわかっていたはずが、いざ乗り切ったら自分でも自殺行為に見えてしまう。
こんな自戒は今だけだ。
堅実に、無茶せず生きる。そんな言い分の通る時代ではない。死にたくなければ無茶をやるしかないのだ。
「ふぅ……」
一難を切り抜けたばかりの少女は、脱力するまま砂地に寝そべる。少ししてビィも、まるで猫のようにそっとアーマーの上へ着地した。
「?……♪」
「平気だよ。あはは、魂抜けちゃった」
苦笑しながら仰いだ空は、そこだけは相変わらずひたすら青い。地上の撃ち合いなど知りもせず、ひたすら広がり続ける蒼穹。ずっと昔からこうなのだろう。こんな時代になる前も。
最後の世界大戦――遠い昔、そう称される戦いがあった。大量破壊兵器の撃ち合いから始まり、互いの国家が存在意義を失うほどに壊れてもなお、今度は無数の自律兵器による地上戦へと移り変わった戦いが。
そしていつの頃からだろう。西暦と呼ばれた記録が途絶えて久しい、いつか。どこかの誰かが口にした、戦後暦という暦が付けられ始めた。
現在、戦後暦二〇〇年。少なくとも二世紀以上を遡る戦争の爪痕は、未だ各地に残ったままだ。この局所砂漠を始めとする異質な環境も、スタッグ・ビートルのような野生の自律兵器も。
一部の学者は、今もまだ戦時下なのだと主張した。完全自動化された生産ラインは、二〇〇年を経てもドローンを生み出し続け、それらはすでに生態系すら侵食する規模なのだ。人々は自らが作り出した無人兵器から隠れ、抵抗し、あるいは降伏して生きている。最早、彼等を新たな種だと認める以外の道は、人間に残されていないのだから。
そんな絶望の星であろうとも、空は気にせず、ただ青い。
いや、空だけではなかったか。黒い義手を付けた彼女。この少女もまた、人類の置かれた絶望など気にしていない。それとも、彼女に限った話でないのか。
生まれた時代がここだった。ただそれだけの話であるし、この生活が日常だ。過去の人々したら正気を疑われ、哀れみすら向けられるようなものであっても。
だからイブキは、いつしか笑みを浮かべていた。
「よし……行こう。ミナコさんたち、待たせちゃうし」
程なく踏ん切りをつけると、快活に立ち上がる。ビィがバイクの固定席へ。イブキもまたゴーグルをかけ直し、スタンドを倒そうと……。
「ん?」
義手に違和感。スタン・ナックルを内蔵しているだけあって、相当頑丈に作られている黒い右手は、けれどいつもより上手く動かない。指が軋む。放電時間というより、無理やり装甲を剥がしたせいだろう。
「うわぁ……どうしよ。手、また壊れちゃったかも」
「~♪」
「ちょっとぉー。一蓮托生でしょうがー。……まいっか」
ひとまず、だましだましやっていくしかない。そんな諦めが最後の一言だ。
「運転、手伝ってもらうかもよ。いい?」
「!~♪」
「荒っぽいのは無しだってば。まったく誰に……何でもない」
誰に似たと言えば相棒だ、と。どうせそんな答えを返されるに違いないから、イブキはまた片頬で笑って主動力を始動させた。
砂漠に響く轟音。
やがて一人と一機を乗せたバイクが走り出す。目的地は合流地点。トラックの男女がコーヒーを淹れ待ってくれているだろう、野営地へ向けて。