8.最後に残ったひとつ 熱風と暴力の中で(4)
一瞬前までいた空間を機銃弾が切り裂く。巨大な戦車と小柄な少女。主砲の同軸機銃からの狙いは見下ろす形となり、瓦礫と共に底へ溜まった水を跳ねさせた。
回避できたと安堵する暇はない。
それと同時に、両サイドからイブキめがけて跳びかかる人影があった。バリスティック・ドローン。つい先頃まで死んでいたはずの機械兵が二機。一方は素手、もう一方は錆びた銃剣を手に肉薄した。
「ふぅ……っ!」
腹腔を絞り、左側面の敵機めがけショットガンを二連射。ほとんど同時に銃声が轟く速射は、義手の性能とダブルアクションかつリボルバー方式ゆえの賜物か。ポンプアクションなら間に合わないし、半自動式なら動作不良を起こしかねない。
素手で突っ込んできた機が徹甲スラグを受けはじけ飛ぶなり、すかさず逆サイドの敵へ向き直る。
照準は間に合わない。イブキはそう判断するや否や、ショットガンを生身の左手に任せ、振り下ろされる刃を黒い義手で受け止める。ブレード全体を握り込む形だ。
しかし、
「ぐっ!?」
重量差と、さらに水が溜まっている足場の悪さに靴底が滑り、押し倒される。顔面のほんの数センチ先には、義手と機械兵との相反する二つの圧力を受け、震える銃剣の切っ先があった。
「こんの……ッ、や、ろうッ!」
出し得る最大出力。渾身の力で振り払った義手は、機械兵の手首ごと銃剣をもぎ取り放り捨てる。仰け反ったスクラップ同然に見える胴体へ、さらに拳を握った右手が叩き込まれた。
放電と衝撃。内蔵スタンナックルが二体目も吹き飛ばす。
戦果も確認せずイブキが跳ね起き、手近な瓦礫へ駆けた。追い縋るようにの巨砲が咆哮して、すぐ後ろの地面を榴弾が抉った。
「が……ッ!」
今度は不発弾でない。二〇〇年前の信管は正常に作動し、爆発と熱風とで少女の体を容易く宙に舞わせ、受け身の猶予もなく落下させた。
「ぐ、うっ……ふぅー……ッ」
落ちた先は瓦礫の隙間。ちょうど遮蔽物となる状況だったのは幸いか。
すぐさま散弾銃を手繰り寄せる。側面を狙って飛び込んできた次の機械兵が三体。まず一機がけ必殺の一撃を叩き込み、二体目には確殺の二連発で貫く。これでショットガンの装弾は尽きた。即座に拳銃へ持ち替え、残った三機目を九ミリ径徹甲弾で黙らせた。
「いいね、わかってきた……! 万全じゃないわけだ……!」
ハンドガンをホルスターへ。ショットガンのシリンダーを開き、薬莢を排出。まだ熱を持ったそれらが足下の水にジュッと音を立てる中、手早くスラグ弾を込める。強烈な火薬と焦げついた臭気。爆風に煽られた全身の痛みを脳内麻薬で麻痺させながら、そんなことを微笑混じりに独りごちるのが、この少女だ。
あの戦車、相当くたびれている。考えてみれば戦時中から無補給で今に至るのだ。
照準は追いついておらず、今の榴弾にしても殺傷範囲を逸れていた。そもそも同軸機銃で遮蔽物へ釘付けにしながら主砲を撃ち込んでしまえば、こんな小娘ひとり楽に片付くだろうに。そう出来ない理由があるのだ。
機銃の方はかなりガタがきてるらしい。
巨大な戦車砲も、発射機構はともかくとして次弾発射の間隔が長すぎる。無人兵器である以上、給弾は自動装填装置を採用しているはず。そこに不具合があるのか。自動装填の戦車なら数秒で次弾の準備を終えるはずが、奴は一〇秒以上を要していた。
さらに言えばバリスティック・ドローン。おそらく戦車の遠隔操作によって蘇ったであろう機械兵たちだが、どういうわけか格闘戦を仕掛けてくる。使用可能な手持ちの火器がないのか、別の理由があるのだろうか。
なんにせよ、勝機があるとすればその辺り。
『――勝機?』
シリンダーを閉じながら、イブキはここまで巡らせた思案の根源を自覚した。
勝つつもりでいるのか? 単独で。不調とはいえ随伴歩兵まで連れた戦域支配戦車を相手に。本気で勝利し、生き延びるつもりなのか?
左手が別の発煙手榴弾を掴んだ。義手の小指を引っかけ、ピンを抜く。
「……やっぱ正気じゃないなぁ、私」
言いながら、にやりと笑った。
宙を舞う発煙弾。後ろ手に放ったそれは、数メートル先に落ちてイブキと敵戦車との間に煙幕を作り始めた。
一秒、二秒、三秒――少女が飛び出す。閉鎖空間に充満した煙の向こうへ、全速で走った。
正面で発砲。敵戦車が主砲を放つも、狙ったのは先ほどまで隠れていた遮蔽物。今回は爆風の範囲にも入っていない。
そして無我夢中になって煙から飛び出すと、眼前に新たな機械兵が待ち構えている。
「……!」
視界ゼロだった煙幕の中から、いきなり鉢合わせた動揺がイブキを襲う。さらにそれは機械兵の拳として実体化した。
壊れかけとはいえ直撃すれば死すら迎えかねない、バリスティック・ドローンの打撃。イブキは身を沈めて避けるものの、ローポニーの毛先へそれが掠めたのがわかった。しかしこちらもショットガンの銃口を定めている。
ほとんどゼロ距離。足下から顔面めがけ放ったスラグ弾は、機械兵の頭部を根本から吹き飛ばす。着弾のベクトルのまま倒れようとする胴体に、イブキは起き上がりつつ、さらに二発叩き込んだ。
目当ての場所と武器を見つけたのは、この直後だ。
この手で復旧させた発電設備と、使い捨て式ロケットランチャー。
「急げ……!」
自らに叱咤しながら、さらに数機の歩兵を相手取る。スラグ弾を撃ち尽くし、再び九ミリ拳銃へ。それすら全弾撃ち尽くすと、スタンナックルで吹き飛ばした。
目標までの最短距離。必要な敵だけをあらゆる手段で打ち倒す。そうして滑り込んだ古い土嚢の内側で、黒い義手が対戦車兵器を掴む。
小型かつ軽量。内部に対戦車用の成形炸薬弾を収めている。二〇〇年前の誰かが、全盛期の戦域支配戦車を止めようとした際の置き土産だ。基本設計は現行まで続いているモデルであり、イブキにも訓練経験があった。
敵戦車からは五〇メートル弱の距離、ちょうど側面に回り込んだ位置取りだ。しかもここならば主砲は使えまい。下手に撃てば発電設備を壊す。それが出来ないから、イブキが復旧させるまで奴は休眠状態にあったのだ。
残る懸念は三つ。
発射スイッチを押し込んだら、ちゃんと点火されるか。この弾頭は戦車の装甲を打ち破れるか。そして背後から迫る機械兵を、狙い通りバックブラストが倒してくれるのか。
「後方、ノット・クリア……!」
爆音と背後への噴射を伴い九〇ミリの砲弾が飛び出す。
一連の出来事がほぼ同時に起きた。今まさにイブキの頭蓋を殴り砕こうとしていた一機が熱風に吹き飛び、照準器に定めた射線をなぞり、補助翼のついた成形炸薬弾が飛翔する。
だが刹那、戦車が動いた。車体上部、それまで沈黙していた装置が俊敏に作動。彼我の距離を一息に詰めるはずだった砲弾を、その半ばで撃ち落とす。
「な……っ!」
役目を終えたランチャーを取り落としつつ、さすがのイブキも絶望から呆然と目を見開いた。
「アクティブ・プロテクション!? 冗談でしょ……!」
だが冷静に考えれば当然なのだ。
アクティブ・プロテクション・システム。飛来する砲弾を妨害または迎撃する防護機構である。状況から見て今使われたのは後者、直接迎撃型のものだろう。
原理としては単純だ。飛来する砲弾を探知し、被弾するより先に撃破する。
この旅が始まる少し前、イブキもちょうど同じようなことをした。ミナコたちの護衛についている時だ。局所砂漠で降り注ぐ小型ミサイルを散弾を用い、撃ち落とした。
あれをマシーンとして体現したのが、この迎撃システムである。
通常の主力戦車より、さらに大型となる戦域支配戦車。被弾面積は増えるし、だとすれば対抗策を載せるのも至極まっとうな考えだ。天文学的な金額で開発・生産した高級兵器を、遥かに安価な歩兵の無誘導弾で撃破されたくはあるまい。
「ッ! やば……!」
束の間、呆然自失にあった少女が現実に戻る。気付けばすぐ目の前まで機械兵が迫っていた。間髪入れず繰り出された横殴りの蹴りを、咄嗟に拾い戻した発射器で防ぐ。
しかし、
「ぐっ!」
疲労し切った身体が、衝撃を受け止めきれない。軽々と舞った少女は数メートル先で背中から落ちる。
「かは……っ」
それは悲鳴でなく、衝撃によって肺から空気が抜ける音だったろう。全身が激痛に痺れる。シカゴから受けた治療など、今となっては無意味だ。むしろさらに数本、何かしらの骨が折れているに違いない。
「う、ぐ……!」
歯を食いしばつつ、反射的に身を縮こませた彼女の眼前へ、また別の機械兵が現れた。これまでの抵抗を称えることもなく、ただただ無慈悲に命を踏み砕こうと足を振り上げた。
「くぅッ!」
まだ終わらない。本来の右手を引きちぎった時と同じ衝動が、イブキを突き動かす。
黒い右手がハンドガンを掴み、生身の左手が予備マガジンを引っ張り出す。即座に再装填して銃口を定めると――紙一重の差でドローンの足が振り下ろされた。
間に合わない。
あの強烈な生への衝動すら上回る、あまりにも淡泊な認識。愛用する九ミリ径拳銃のトリガーは、ついぞ引かれることがなかった。




