8.最後に残ったひとつ 切り捨てるもの(3)
轟音こそ届かずとも、着弾の衝撃は司令センターにも届いていた。山に穿たれた広大な地下空間。外部からの攻撃にはたとえ核弾頭を用いても破壊不可能と言われたシャイアン基地が、内部からの破壊に揺れる。
思わずコンソールへ寄りかかったほどの地響きへ、それでもノアは無線機に呼びかけ続けていた。
「イブキ! おい、何があった!? 応答しろ、おい!」
先ほどの交信を最後に、イブキからの通信は途絶えている。いや途絶える直前、爆音めいたノイズが聞こえた気がした。
交戦したのか? だが、なにと?
いいやわかりきっているではないか。あいつは逃げろと言った。それもとある兵器に言及した後で。
「X‐TDT140……? おい、なんだよそりゃあ……! ビィ! お前は基地の監視システムだ! カメラでも何でもいい、復旧してんならアクセスできるだろ!」
「!……♪」
焦燥が怒号を呼び、すでに友人と呼んでいい飛行ドローンに指示を飛ばす。逃げろとただ言われ、言及もせず従う少年ではない。
コンソールを叩き、すでに侵入していたデータベースを検索。アクセスコードは、手近な白骨死体から拝借した。追いはぎ同然との誹りを気にしてはいられないし、する者もいまい。当の死者さえ黙認するはずだ。
「戦域支配戦車……こいつか?」
出力された情報に出てきた名を、イブキも確かに口にしていた。目の前にあるのは旧アメリカ軍の公式資料。機密指定された諸々まで記載されている詳細だ。
平たく言えば、それはひと回りスケールアップした主力戦車である。装甲自体の防御能力は大差ないものの、人の代わりに人工知性を搭載し、完全無人化した機甲部隊の要石となるべく開発された代物。
特筆すべきは電子戦能力らしいことが、スペックの数字からノアにもわかった。元々、そうした機械工学は専門である。
この戦域支配戦車なる兵器、要約すれば動く陸上の要塞にして前線基地なのだ。無人化した分の空間を有効活用し、内部にはバリスティック・ドローンを始めとする歩兵戦力を収容可能。それらを最大限に戦わせるべく、高い指揮能力や高出力レーダー、さらにアクティブ・ステルスなどという機能も備えている。
おそらくジャミングの一種だ。
かつて航空機に用いられたようなレーダー波の吸収や、イブキがアートたちと撃退した特殊作戦機の用いた光学迷彩とはまた異なる装置。極めて強力な妨害電波を戦域全体に放ち、敵軍を攪乱させるもののようだった。
まさに最前線を支配するための能力。だが恐るべきは、そんな兵器をもってしても結局は戦線が破られてしまった当時の凄惨さだろう。戦域支配を謳っておきながら、この地下基地で二〇〇年間も燻っていたのだから。
――本当に?
「残存部隊が合流? ……おいまさか」
悪寒を頼りに別の情報を確認しようとした、その矢先だ。
「なんだ……クソ、どうなってる!」
苛立ちとも怒りともつかない感情が、突如として鳴り響く警報に重なった。
システムが強制的にシャットダウン。いや正しくは締め出されたというべきか。
「リアルタイムでアクセス権が書き換えられてやがる……! ビィ、そっちはどうだ!」
「!~♪」
けたたましいビープ音が状況を伝える。
「そっちもかよ! なんなんだ、ハッキングか、こいつは……! どこから……」
半ばで途切れる。今しがたの疑念が現状と繋がる気がした。
電子戦能力に優れた戦車。シャイアン基地陥落の記録。イブキから送られてきた映像には、対戦車装備の遺体が映っていた。第二階層に散らばっていた残骸は、この戦車を破壊しようとしたのではないか?
「汚染されてたのか……? 戦車の人工知性が、合流した時にはもう……だがそんなこと」
単純な無人兵器へのハッキングと、ビィたち人工知性へのそれとではニュアンスが異なった。前者がプログラムの改ざんならば、後者は洗脳に近い。人工的な産物といえど知性は知性。奥深く侵入し、根本から捻じ曲げる必要がある。
可能ではあるだろう。理屈の上では。とはいえ、実例など聞いたことがない。
元々、人工知性はそうしたハッキング行為への対策としても開発された。知性が持つ柔軟な対応とスタンド・アローンでも任務に従事可能な機密性。個性を形作っているのは、理論上無限と呼ばれる超層記憶回路だ。これは人間でいう精神世界と同等と言われる。その複雑怪奇な構造、それ自体がプロテクトとして作用するし、いざとなれば機密保持のため自壊プログラムが起動してしまう。
だからノアは思考が止まりかけたのだ。
バリスティック・ドローンなど歩兵クラスならともかく、戦域支配戦車などという陸の怪物の中身を支配できるものなのか、と。
そんな前提条件に対する懐疑心は、再びの地響きで消し飛んだ。
主砲を使った攻撃。今、この真下でイブキが戦っている。戦車を相手に持ちこたえている。いや相手は戦車だけとは限らない。当時、戦車の指揮下にいたドローンや、基地の無人兵器たちも従えている可能性がある。
悠長なことを言っていられない。今やるべきことは、ひとつ。
友達の援護だ。
「考えるな……! 現実に起きてんだから、汚染はあるんだろ! じゃあ目的はなんだ……! 基地の破壊なわけがねえ、それならもっと楽な手がある。ハッキングと毒ガスでここを閉鎖させたなら、狙いは掌握のはずだろ。掌握……? ……それか!」
状況整理を兼ねた自問自答の末、ノアはコンソールから跳び起きた。倒れた椅子が骸骨を砕くのすら無視して、サブマシンガンを掴む。
「ビィ、来い! サーバー室だ!」
行きがけに見取り図を確認。コントロール・ルームと隣接した扉を蹴りつけた。アクセスカードを使うのが本来の開け方だろうが、システムを戦車に掌握されつつある現在、とても動作するとは思えない。
こんな時、イブキの右手のような火力があれば。そう考えずにはいられなかった。
二度、三度と蹴りつけてみても、自動ドアはびくともしない。
「クソ! おい、ビィ! ドアロックだけピンポイントで狙えるか!?」
「!……♪」
肯定を示す、短く鋭い音色。ノアが離れるや否や、ビィの機械下部からマズルフラッシュが迸った。瞬時に扉を支える要所を解析、狙いをつけたのだろう。ワンセット三発で放つバースト射撃が数回、自動ドアの留め具を穿つ。
「よし、よくやった!」
言いながら四度目の蹴り。開かずの扉を、今度こそ靴底が倒した。
内部に敷き詰められていたのは、二〇〇年前のサーバーユニットたち。さながらモノリスを彷彿とさせるような、人間大の柱の群れである。メインフレームまで含めた、シャイアン基地の心臓部。
敵戦車の目的が基地機能の掌握ならば、これを破壊してしまえばいい。かつてこの施設で死んだ人々は、代わりに電源設備を停止させて封印する道を選んだのだろう。実際、復旧まであの戦車は休眠状態にあったに違いない。
「いいか、全部ぶっ壊すぞ! 基地のシステムごと消えちまえば、戦車の方も仕事がなくなって混乱するに決まってる! 全弾使い果たすつもりで……おい、なんだよ」
自前の短機関銃を構えようとした矢先、しかし困惑がノアに広がる。
ビィが立ち塞がったのだ。まるで、というより確実にサーバーを守るように。
「何やってる……イブキが死にかけてんだぞ! どけよ! お前だってわかってんだろ!」
「……♪」
どこか寂し気なビープ音。気落ちして見えるのは錯覚であるまい。実際、なぜかビィは武装に安全装置をかけて、代わりに接続コードを差し出したのだから。
「なんだよ! なにが……あ」
問おうとして気付く。ここを破壊すればイブキを助けられるかもしれない。それは同時に、別の道が閉ざされることにもなるのだ。
シャイアン基地に収められた、アメリカ宇宙軍のデータ。打ち上げ施設やロケット関連の研究結果、その全てが消えてしまう。――エマに届くかもしれない、ノアの夢を失うことになる。
だから、なのか。逃げろ、とイブキが告げたのは。
戦車の相手は引き受ける。少しでも注意を引きつけている間に、データを抽出してここを離れろ。あの少女は自分の命と引き換えにしてノアに夢を掴ませようとしているのだと、ビィはそう訴えた。
ハッキングを受けているとはいえ、ここは空軍と宇宙軍、二つの組織で成り立っていた施設。優先的に狙われるのは、主導権を握っていた空軍側のデーターベースだろう。だから今なら、ノアの目的は達せられる可能性がある。
「……畜生」
いつかの寝起きに、エマの声を失った夜にも、口からこぼれた台詞が蘇る。
ノアは知らない。数年前、イブキにも似た選択肢が与えられた。生きるか死ぬか。肉体的な苦痛が伴わない分、こちらの方がマシだ……などと誰に言えるものか。
友人のために夢を捨てるか、夢のために友人を失うか。ここにあるのはそういう二者択一の問題で、同時に強烈すぎる誘惑もある。
イブキなら、独りでも生き残ってしまうのではないかと。彼女の言う通り、データを抜き取ってこの場を去ったとしても、あの少女ならひょっこり戻って来るのではないか、と。
ツバを飲み込ませる、そんな欲望が少年の胸裏に渦巻いた。ここに来てようやく自覚してしまったのだ。
目の前に、渇望し続けた夢がある。
「なあ、ビィ……お前をここに繋いで、宇宙軍のデータを探し終えるまで、数分で終わるか?」
「……♪」
否定の音色が返った。当然だ。そもそものデータが膨大すぎる。しかもハッキングの優先順位が低いというのは、あくまで仮定にすぎないし、平行して対抗手段を講じながらとなるだろう。
「じゃあ、あいつは独りで、下でドンパチしてる相手を全部やっつけられると思うか?」
「……♪」
同じ音程が応じる。
イブキは優秀な戦闘員だ。スキルも才覚も一級品。アートたちと比べても見劣りしない。それでも限界はあるのだ。体力も弾薬も、孤立無援で戦い続ければいずれ尽きる。気概だけで全ての障害を押し通せるならば、こんな気持ちになりはしない。
「すぅー……はぁー……悪い、エマ」
ガスマスクの奥で深呼吸をひとつ。最後の一言は、誰にも聞こえないほどの声で付け足された。
「ビィ、お前わかってたんだろ。あいつが望んでること、知ってて一緒にいたんだろ」
「……」
今度はビープ音が返らなかった。ただし、ビィは力なく宙で機体を傾ける。人で言うところの俯くような仕草。
また地響きが鳴った。施設全体を揺らす地下からの衝撃に、戦っている少女の姿が浮かぶ。
「責めてるわけじゃねえさ」
むしろ静かにノアは切り出した。
「お互い、てめえの命をてめえでどう使おうと、どうこう言う権利も筋合いもねえさ。本人が満足してんだ。ならそれでいいじゃねえか。そう思う。……けどな」
サブマシンガンを握り直す。ノアはこの旅で初めてトリガーに指をかけた。
「けどな、ビィ。おれはよ……おれの夢のために、おれ以外の誰も……お前もあいつも、誰ひとりの命だって使い潰すつもりはねえよ……!」
「?……♪」
問いかける音色。本当にいいのか、後悔はしないのか。そう尋ねてくる友人に、ノアは片側の頬だけ微笑を浮かべる。イブキと同質の笑み。
「どっちを選んでも後悔するさ。なら気分いい方を選ぼうじゃねえか。やろうぜ、ビィ。あのバカに、ひと泡吹かせちまおうぜ」




