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BLACK HAND -宇宙幽泳-  作者: 木山京
宇宙幽泳

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8.最後に残ったひとつ 手繰る糸(1)

 時は少し遡る。


 抉れた山脈が見下ろす、旧コロラド・スプリングス近くの荒野にて。三台の武装車両からなる部隊が出発準備を終えようという頃だった。

 彼らの正体は、アート率いるガーディアンセルの訓練チーム。新人たちと言っても、目立った死傷者なしにバリスティック・ドローン一個小隊を撃退せしめた腕利きだ。


 今はそんな夜の戦闘から、さらにもう一夜が明けていた。

 イブキとビィとノア。あの騒がしくも、どこか背中を押してやりたくなる二人と一機が旅立った、その翌日にあたる。


 今頃、奴らはどの辺りを走ってるだろう。

 物資と人員、双方の確認を行ないながら、そんな風に思いを馳せたアートは、お気に入りの野球帽を少しかぶりなおした。友人から声がかかったのは、ちょうどこのタイミングだ。


「おい、ちょっと来い」

「なんだ、藪から棒に」

「いいから」


 常に余裕を備えるあまり、時として悠々自適にすら映るシカゴの、常ならぬ切迫した口調が危機感を呼んだ。

 この周辺は制圧済み。バリスティック・ドローンは結局、あの晩に倒したあれらが全て……のはず。まさか別動隊でも発見したか。いや、他の野生兵器が接近したのかもしれない。


 素早く思考を巡らせ、思いつく限りの脅威をシミュレートし、導かれたのは指揮車両だ。車体には教官の三人目、トレンチが寄りかかっている。手元のタブレット端末は、ボンネットに置いてある奇妙なオブジェに有線されていた。

 夜戦の最中、イブキが撃破した敵の指揮官機。その頭部である。

 この状況で教官のみの三人っきり。人払いを済ませた趣向から察するに、今しがたまで考えていたような直近の脅威ではないのだろう。


 しかし、だとすれば……。


「察しの通り、解析が終わった。メモリの復元込みでな」


 アートの表情を見て取ったのだろう。無駄なく報告するトレンチの口調は、けれどもどこか急いてもいる。


「で、結論は?」

「端的に言って、相当以上に厄介だ。俺たちにとってじゃないが」


 付け足したあとに一拍。トレンチは続ける。


「まずこの機体、所属はあの小僧……ノアだったか? あいつが言った通りだった。第24特殊戦術飛行隊、第3特殊戦術突入群シュテーク。コールサインは、ハングドマンと呼ばれていた特殊部隊機だ」

「首吊り男とはまた……どういうセンスなんだか」


 異様なコールサインにぼやく、と。


「タロットなんかじゃ、正位置に出ると忍耐や奉仕なんかを意味する。その辺から取ったんだろうよ」

「お前、占いの趣味があったのか?」

「人は見かけによらずさ。続けるぞ」


 軽口には乗らず、ぴしゃりと言って先を述べる。


「このハングドマン部隊は、間違いなく二〇〇年前、最後の世界大戦中に実戦配備されてる。ただし空軍所属とは言うものの、実体は宇宙軍隷下の運用だったらしい。例のシュテーク作戦のためだな」


 弾道ミサイルと共に敵地へ肉薄し、降下して制圧ないし潜伏する隠密部隊。有人であれば常軌を逸した作戦内容だが、無人兵器なら支障あるまい。


「戦時中、こいつらはピーターソン宇宙軍基地に配備されていた。だが戦局が悪化し、ピーターソンは陥落。その時、他所の残存部隊と共に予備地点へ合流することになった。で、ひとつめの問題はここからなんだが……」

「早く言え」


 どこか答えにくそうなトレンチに代わり、次に口を開いたのはシカゴだ。


「シャイアン・マウンテン基地だよ。イブキたちの向かった場所だ」

「なんだと?」


 一瞬、感情が昂ぶりかけ、次の瞬間には冷静さが戻る。


「……それのどこか問題なんだ? こいつらがシャイアン基地から来たなら、つまり……つまり基地内には、稼働機のほとんどが外に出てる可能性が高い。基地周辺に散らばってるとしても、向かったのはイブキだぞ? あの人数で、あいつなら充分にすり抜けられる。逆に安全がわかったようなもんだろ」

「散っているなら、な」


 重々しくシカゴが唸った。


「どういう意味だ」

「ふたつめの問題だ」


 戸惑い気味なアートへ、トレンチが応じる。


「こいつらは勝手に出てきたわけじゃない。どこからか優先命令が送られ、そいつに従い、シャイアン基地を出撃した。大戦中当時の上位コマンドから送られた、正規の作戦コードだ」

「何をバカな……」


 軽いめまいすら覚える話だ。

 最後の世界大戦から、どれほど時間が経っている? 当時の作戦コードを使えるものなど――否。


「復興軍か?」


 艦隊戦力を中心とした、アメリカ最後の正規軍。基本的にアートたちガーディアンセルの傭兵とは協力関係にあるが、絶対ではない。こちらとは別に独自の作戦行動を取っていても不思議はないし、彼らなら大戦当時のアクセス権も保有しているだろう。

 だが、トレンチはかぶりを振って応じた。


「いいや。こいつはどちらかと言えばミリティアの分野だ。でも連中とも違う」


 中央情報局や国家安全保障局など、かつての情報機関の寄り合い所帯から生まれた軍事組織だ。復興軍と双璧を成す勢力と言っていい。何よりトレンチ自身、元ミリティアという出自だ。


「なぜ言い切れる?」


 まさか古巣を擁護するとは思えないし、思わないが、それでも多少の怪訝を含めてアートは問う。


「コードの発信源だ。復興軍やミリティアなら、統合特殊作戦コマンドや特殊作戦軍、当時あったそういう組織を騙るはずだが、こいつらが受信したのはアメリカ宇宙軍のものだった。それも恐ろしく脆弱な回線で、大半の作戦指令が破損してる。これについては電波障害かジャミングか、そういった影響かもしれんが……」

「仮にも政府機関から直系の連中だ。そんなヘマはせんだろうよ。それに……」


 シカゴが引き継ぎ、こう続けた。


「見てみろ。送られた指令内容だ」


 言われてトレンチの持つ端末を覗き込む、と。


「……なんの冗談だ、これは」


 驚愕ではない。静かに囁かれたそれは、理解の範疇を越えた時に発する困惑だ。解読された指令内容が、歴戦の傭兵からこれだけの感情を引き出した。


「……出来レースとは言わんだろうな?」

「そんなやつには見えなかったし、その程度の野郎に、あのじゃじゃ馬娘が踊らされるとも思えん」


 ようやく絞り出した言葉へ、シカゴが淡々と告げる。


「なら、こいつが仕組まれてたとして、やったやつってのは――」

「俺たちにはなくとも、彼らにはあるんじゃないか?」


 トレンチが言い、さらに続けた。


「それより重要なのは、これら一連の状況と情報を踏まえて、シャイアン基地がどうなってるか。意気揚々と探索できるとは思えんよ」

「ああ……」


 口ひげを撫でながら、アートは素早く思考を巡らせた。そして結論に至るまで、十数秒を要する。


「救援に向かうぞ。傭兵やってる以上は自己責任……とはいえ、ここまでキナ臭い上に知らん仲でもないんだ。助けに行く」

「待て待て、アート。そう逸るな」


 早速の勇み足をシカゴが阻んだ。普段のゆったりした口調に戻る友人に、アートは腕を組みつつ、憮然として睨む。


「今日はお前が常識論か? それとも、シカゴ氏にあっては名案がおありか?」


 日頃の意趣返しを兼ねたアートの物言いなど、この男にはどこ吹く風。声色ひとつ変えずに告げる。


「救援は賛成だ。だが行くなら、おれだ。お前じゃない。あとは適当に二人ほど連れて行く」

「たった三人でだと?」

「おれは一人で構わんがね。気楽でいい」


 どこまで本気かわかりかねる。本人以外が、自ずと顔を見合わせたのも当然か。


「そういうことを言ってるんじゃない。こいつは頭数のいる話だ。だから……」


 ふと、アートは半ばで区切り、


「……それが狙いか?」


 意図を察した友人に、掴みどころのない無精ひげの傭兵は、そこでようやく口元に笑みを浮かべた。底意地の悪そうなニヤつきである。


「計画はこうだ。お前とトレンチは交易都市に向かえ。到着しなくてもいい。無線の交信範囲に到達したら救援を呼べ。クロスポイントの警備チームでも、ガーディアンセルからでもいい。ヘリを使って一個小隊をシャイアン基地に向かわせろ」

「野暮なことを聞くがな。ヘリの予算はどこから出るんだ」

「アート、忘れたのか? シャイアン基地には、おれたちもいるんだぞ」


 シカゴの笑みが深まった。なるほど、とトレンチも頷く。そして同様に勘づいたアートが、さながら三文芝居でも観劇したかの様子で肩を竦める。


「つまり、お前ら遭難するわけか? 訓練中に部隊とはぐれ、やむなくシャイアン基地に向かったと。で、たまたまイブキたちと合流した。こっちはこっちで、ガーディアンセル正規の訓練チームが行方不明になったもんだから、予算無視でヘリ部隊を動員できる、と」

「たいしたペテンだ」


 付け足して苦笑を残すのはトレンチ。情報戦の畑から来ている男でさえ、シカゴの口八丁には舌を巻くほかない。


「そんなに乗せるな、照れるだろ。第一、全くの作り話ってわけじゃない。証拠もあるぞ。所属不明かつ特殊作戦仕様をした、謎のバリスティック・ドローンに襲われたんだ。おれたちがチビって尻尾巻いた、とかなんとかまくし立てて通じる程度は、説得力があるってもんだろ」

「……他に打つ手もないか」


 トレンチは辟易しながら、しかし彼でさえ最後の選択肢を提示しないところに、たった一夜であれ生じた仲間意識めいたものがあるのかと、頭の片隅に考えるアートである。


 そう、もっとも安全で単純な回答は、このまま全員で帰還する、だ。

 極端な話、何事もなかったと報告してしまえばそれでいい。冒険譚には夢があれど、個人で動くのは全ての責任を己で負うことになる。今回の一件、どれほど裏が見えたとしても、この部隊が救援に向かう必然性はないのだ。


 酷な言い方のようで、しかしリスクの大きさを、実際にアートはこの時も脳裏で計算していた。今から救援に動いて間に合うか否か。ヘリ部隊の到着、それどころかシカゴたちはどうだ? 彼は精鋭中の精鋭だが、引き連れるメンバーはたった二名。三人と武装車両が一台。先行偵察隊と言う響きこそ立派であっても、現実にそのための装備・訓練を受けた専門チームではないのだ。


 無事に間に合うか、間に合わないか、あるいは友人が二重遭難となるか。

 ためらいと行動力とが各々で踏み出そうとしては立ち止まり、せめぎ合う中、チームリーダーは部下たちの意欲そのものを試し、あるいは委ねた。


「連れてくのは?」

「自薦だ。ただアテはある。――ストロング、こっち来い! バズ、お前もだ!」


 離れた訓練生たちの二人を呼びつける。バリスティック・ドローンXB3D。機械兵たちを退けた晩、イブキと共に前線へ立ったメンバーだ。


「ちびっこに借りを返せるかもしれんぞ。来るか?」


 両者に迷いはなかった。


「行きます」

「当然」


 二つ返事に軽く頷き、シカゴは続ける。


「準備しろ。耐NBC防御だ」


 核・生物・化学兵器。それらのイニシャルを取った、専門の防護スーツ。ガーディアンセル正規部隊だけあって、その辺りの装備は充実している。

 シャイアン基地の噂はシカゴの耳にも当然入っているし、少数での行動なればこそ事前準備に抜かりはない。イブキたちに同種の装備を渡さなかったのは、単純にサイズの問題だ。


「ほら、頭数は揃ったぞ。構わんな?」

「……わかった、わかった」


 ため息をついたのも束の間。アートはトレンチに向き直り、


「出発準備だ。出来るだけ急いでクロスポイントに向かう」

「了解」


 号令に基づき、にわかに慌ただしくなる訓練チーム。その最中、シカゴに念を押した。


「必ず戻れよ」

「安心しろ。全員で戻る」


 自前のライフルを点検しながら、あっさり言ってのける無精ひげの男。だがその口調だけは決意に満ちていた。

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