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BLACK HAND -宇宙幽泳-  作者: 木山京
宇宙幽泳
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1.セプテンバー 荒野の果てへ(2)


 昼下がりの荒野。動輪に巻き上げられた砂が、駆け抜ける二台のわだちを刻む。どちらも大型のピックアップ・トラック。片方が斜め後方に、一定の感覚を保って追従していた。配置は砂埃のせいだろう。ぴったり続けば、ものの数秒でフロント・ガラスが見えなくなる。

 この辺りでは特有の環境だ。

 草木のまばらな荒地が、いきなり砂の粒子に変わる。あちこちに散見される局所砂漠は、大きいものでも半径一キロに及ぶかどうかといったところ。知識さえ備わっていれば抜け出すのは難しくない。が、旅慣れていない者などは、突然の砂地に動転して方角を見失い、もしくは小規模の流砂に足を取られるなどして思わぬ消耗を強いられる。


 二台のトラックは、少なくとも素人ではない。

 旅人というより輸送隊。

 走り方からわかる。前もって地形を把握していた。車列と呼ぶなら最小規模だ。どちらの外装もずいぶん年季が入っている。

 一号車の車内、備え付けのスピーカーが二種類の音を発した。ひとつはラジオ放送の音楽。DJはアース・ウィンド&ファイアーのセプテンバーだと、少し前に紹介した。


 もうひとつは、


『呑気な曲っすねぇ』


 という、二号車ドライバーからの寸評。同じ放送を聞いている。備えつけの無線機が放った、呆れ混じりの嘆息を、一号車の女はにやりとして応じた。

 片手でハンドルを操りながら、もう一方の手は開け放った車窓にかけ。薄く笑った唇の端へ、一本の電子タバコを咥えている。


「結構じゃないか」


 と、咥え煙草の女は切り返した。妙齢に、男勝りなハスキーボイス。性分が声に出ているのだ。

 整った美貌に、グレーの作業着越しにもわかるプロポーションはかなりのもの。街中ですれ違えば、少なくない男が無意識的に振り返ったに違いない。一方、本人だけは自身の容姿へひどく無頓着で、節々を機械油で汚していた。


「めそめそ歌われるよりずっといい。あたしは嫌いじゃないよ」

『整備しながら流す、なんてのはごめんっすよ』

「悪くないね」


 無線へ言い放つ。前述の風貌に加えて、この物腰だ。時折見た目に惹かれた男が言い寄ってくるのだが、あっさり返り討ちにあるのが常。


『勘弁してくれよ、姐さん』


 そんな女の連れ合いでこそないにせよ、今のところ相方の最長記録を持つ二号車の人物が言う。わざとらしく辟易してみせた声色からすると、同年代の男。どうやら目下の扱いらしいのは、年齢より仕事に起因する雰囲気だ。

 分乗した一組の男女。一号車の助手席は空であるし、二号車もナビゲーターが乗り合わせていたなら、苦笑なり相槌なりが聞こえるはず。無線機は双方向通信のため筒抜けだ。


 たった二人の旅。であれば、これは見た目以上に危険な道である。

 どちらのトラックも非武装なのだ。運転席周りには装甲パネルを溶接しているので、最低限、乗員を守ることはできる。車内に武器を隠してあるとしても、キャビンがないため小火器が関の山。旅の安全性を底上げ……とはいかないだろう。

 どういう目的にせよ、外界を旅する場合は専門の護衛チームを雇うのが常なのだ。法ではない。この時代の常識としてそうなっている。犬死しないための本能として。同じ条件でこの地を進める人間は多くなかった。それらは自殺志願者や狂人の同義語なのだから。


 すると、


「そっちはどうだい? へばってんじゃないだろうね」

「平気。ありがと」


 窓から身を乗り出した運転手に、返事は上から降ってきた。

 三人目。一号車の荷台部分で、コンテナのひとつに寄りかかった人影がある。

 小柄な影だった。

 いや、それもそのはず。三人目はドライバーたちよりさらに若く、もしくは幼いと称した方がいいだろう。


 少女である。黒い薄手の防塵コートにブロンドの髪。頭頂の辺りからクセ毛が跳ねて、後ろの髪は首のところできゅっと結い、細長いローポニーでまとめた少女。

 こちらも整った顔立ちだが、静かな自信を秘める緑がかった碧眼によるものか。どちらかと言うと可憐より精悍の二文字を想起させる面差し。見ようによっては少年と間違えるかもしれない。

 今、その視線は自分の手元に注がれている。


「ほら、じっとする」


 少女は膝の上に乗せた金属の塊へ、唇を尖らせた。それは自律兵器の一種で、いわゆるドローン。大きさこそ、少女の両手で抱え込める。四方に伸びた枝の先端部分に、それぞれ一基ずつ回転翼を備えた。玩具のようだが上下をひっくり返したなら、組み込まれた短機関銃が見えただろう。

 歩兵支援用の飛行ドローン。中央部分にある複合センサーのレンズが微かに明滅し、ビープ音を発する。


「~♪」

「相乗りさせてもらってるんだから、文句言わないの。燃料費だって馬鹿にならないんだから」

「?……♪」

「ケチじゃありませーん、節約術ですぅー。動かないの」


 これで意思疎通が出来ているらしい。というより、このドローンには自我があり、さらに感情まで介するらしい。発せられる音程には確かに微妙な差異がある。もっとも、これで正確な会話が成立しているのだから驚きだ。

 茶化すように飛行ユニットを身じろぎさせていたドローンは、言われておとなしくなった。そこでマイナス・ドライバーを差し込む。


 しばらく装甲の隙間でかちゃかちゃさせ、


「えー……っと、よし取れた!」


 小石が落ちる。これを外そうとしていたようだ。


「どう? すっきりした?」

「!~♪」

「ん、よしよし」


 少し得意げな笑み。

 工具を置いた右手で、そのまま満足げなドローンを撫でる。機械というより飼い犬だ。人語すら介す、機械仕掛けの愛犬。果たして主人以外には猟犬か。

 一方、飼い主の方も単なる人間ではない。

 ドローンを撫でている右手。

 それは黒く無機質な機械の手で、つまり義手である。

 見える範囲は手首から先だが、コートの袖をまくったら、もっと奥まで置き換わっているだろう。先天的な障害か、あるいは事故か。経緯はともかくこの義手、かなり細かい動きができる。ハンディキャップを感じさせない。


「あんた、よくそれで会話できるね」


 やはり傍から見れば疑問なのだ。呆れ混じりに運転手が言った。


「いっそ言語化ソフトでも積んだらどうだい? そういうのもあったろ」

「慣れれば簡単だよ。ビィって結構、顔にも声にも出るから」


 とは、このドローンの名前だろう。少女は黒い手のひらをポンと乗せ、


「二、三日いれば、すぐわかるようになるって」

「あたしでもかい?」

「もちろん。ミナコさんでも」


 自信満々に言い切られると、にやりと浮かべた後、ミナコは煙を――正確には水蒸気を吹かす。


「なるほどね。到着する頃にゃ、あたしらも……おっと?」


 不意に車内で鳴った電子音が、中途半端にミナコを遮る。増設したディスプレイに無視できない表示が浮かんでいた。旅の必需品である車載レーダー。重火器よりもよほど安全に関わるそれが、何者かの探査を受信したのだ。

 北東、五キロから接近する影。ちょうど、こちらの後方だ。


「……二号車、気付いてるかい? ヒューイ?」

『そりゃもう。救難信号は無し。アクティブ・レーダーでガンガンに探査かけてきて……お、消えた。賊っすかね。捕捉されちまいましたか』

「どうだかね、確かめてみなけりゃ。速度このまま、転進するよ」


 ハンドルを切る。緩やかに針路が変わった。


 と、


「ミナコさん? 向きが――」

「あんたの出番かもしれんよ。準備しとくれ」


 少女へ短く返した時、再びレーダー波を受信する。こちらの針路変更を知ってか。今度は途切ることなく連続で、しかもミナコたちに合わせて加速してきた。

 ここまで来れば確定だ。


『完全に食いつかれちまってますね。どうします?』

「どうもこうも、やらにゃならんだろ。まだ死にたかないからね」


 言いながらコンソールを操り、レーダーを起動した。今まではパッシブ。相手側からの走査を受信し、探知するだけ。今度はこちらから発信するアクティブ波。

 遠路を行く車両には、往々にしてこうした探査装置が備わっている。荒野にはびこる脅威は数知れず、いちいち相手をしてはキリがない。ならば可能な限り逃げに徹しよう、というものだ。


 それでも通常、アクティブ・レーダーは滅多に起動しない。正確に周辺環境を把握できる一方、探査範囲内へ無差別に放たれてしまう。つまり、こちらの存在を気取られる可能性があるのだ。

 それを使ったのだから、最早、悠長なことは言ってられない。追撃者のみならず、第三の客を呼びかねないが、この際だ。


「来たね」


 一抹の不安を電子タバコで紛らわすミナコに、朗報が届く。アクティブ波を起動したことで、追撃者の情報がより詳細に判明した。

 向こうも二台。高度差なし。こちらと同じく地上車両だろう。サイズはトラックに比べて小さく、反面、速度は追撃者が上だ。逃げおおせようとしても、いずれ追いつかれてしまう。

 ただし最も幸運なことに、走査範囲内で他の反応はなかった。


「インターセプトだ。出られるかい?」

「了解」


 返答は荷台から。先ほどのやり取りで状況を察した少女は、コンテナのひとつに歩み寄り、シートを剥ぎ取った。

 いや、その荷物に限ってコンテナではない。現れたのは一台のバイク。前後のタイヤだけでも少女の股下まで届きそうな、超大型。元々、車体後部に積み荷を載せていたのか。がら空きのスペースにサブキャリアの骨組みだけが残っており、漆黒へ紅を引いたボディ共々、降り注ぐ陽光をはじいた。


 そして――。


「ミナコさん、無線に切り替えて。レーダーの共有よろしく」

「はいよ」


 少女がゴーグルをかけた。一見すると単なる運転用だが、ヘッド・マウント・ディスプレイを備えた多用途デバイスである。骨伝達スピーカーの役割も果たすため、起動するや否や、レーダー情報と共にミナコの声が届いた。


『専門家としちゃどうだい? ヒューイの読みは賊だとさ』

『別に断言してねえって』

「んー……」


 トラック運転手二名のやり取りを聞きつつ、バイクに跨る。やはり少女のものだったらしい。このサイズなのに地に足をつけられるのは、車体そのものが彼女に合わせて作られたからだ。


「野生兵器じゃないかな。たぶん自律戦車、歩兵支援クラスのIV30辺りかな。サイズが同じだし、分布状況にも合ってるよ」

『外れちまったね』

『だから別に……ああ、もういいっすよ』


 辟易する二号車のヒューイをよそに、少女は左手でバイクの起動スイッチを押し込んだ。


 その途端、


『うわっ、うるせえ……』

『いい音じゃあないか』


 補助電源から主動力――すなわち、このクラスの車両にあるまじきタービン・エンジンの始動へと進んだ音響が、相反する評価を導いた。徐々に、いや瞬時に跳ね上がるマシンの絶叫は、局地砂漠の風塵に乗る。


『それヘリに積んでるやつだろ? 作ったやつも乗り手も、どうかしてる』

「どっちも私」

『あん?』


 男の怪訝へ呼応してか否か、少女はスリングで吊るした銃を握り、薬室を確かめた。旧式ライフルのようだが、特徴的なのはリボルバー拳銃よろしく回転式の弾倉を備えている点。安全管理の鉄則を無視して銃口を覗き込んだなら、小銃にあるべきライフリングが無いことに気付けただろう。

 五連発のリボルビング・ショットガン。防塵コートの奥に窺える小ぶりな防弾アーマーも、十二番ゲージの弾薬が数種類まとめてある。


「外装だけだよ、まとまってるのは。スクラップ・ヤードからパーツ取ってきてんだもん。中はごちゃまぜ。補助AIだけはマシなの積んでるけど、それがなきゃ私だって乗り回せないなぁ」


 ひゅう、と。ミナコが口笛を吹いた。呆れたヒューイが言葉で返す。


『……やっぱどうかしてるぜ』

「お褒めにあずかり恐悦なんとか。さぁーてとぉ」


 充分に回転数を上がると、ビィが飛んできてフロント部分へ着地した。フォルムに合わせ、ぴたりと収まるようになっている。このドローンの定位置らしい。


「まず方針決めちゃお。そっちは野営地に向かってよ。こっちが片付き次第、勝手に追いつくから。夜んなっても合流しなかったら……ま、黙祷よろしく」

『へえ』


 感心を含んだ声で、ミナコ。少女の背後では、ラダーを兼ねたリアゲートが下りる。


「どしたの?」

『いんや。意外にストイックなんだ?』

「ビジネス・トークだもん。――冗談。コーヒー沸かしといて」


 この旅の中で、共に五回の夜を越えていた。束の間の休息に淹れてもらったそれは、交代で見張りに立った夜闇の匂いが混じる、あるいはアイドリングされたエンジンの鼓動が響く早朝の味だ。


『任せな。砂糖四、ミルク四、コーヒー二だろ? それでもコーヒーって言うかね』

「だぁって苦いじゃんかぁ。……出るよ」


 少女の片頬に笑みが浮かぶ。薄い微笑。動じることのない不敵さの中に、歳相応の明るさを秘め、微笑んだ。


『ああ。いや、ちょいと待った。イブキ』

「ん?」


 不意に呼び止められる、と。


『頼んだよ』

「――了解!」


 バイクが飛び出した。背を向けたまま。リアゲートに沿いガクッと傾いた途端、立て直す間もなく後輪はトラックと地表の狭間をから回った。

 一瞬の浮遊感。

 ゴーグルの奥へ定まる、緑がかった碧眼の視線。一人と一機にはあまりにも釣り合わない巨大な二輪車が、砂の海へと踏み込んだ。


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