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BLACK HAND -宇宙幽泳-  作者: 木山京
宇宙幽泳

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6.アンブッシュ 駆ける(4)


 鳴り続ける銃声に意識が向かなくなったのは、いつからだろう。ノアはぼんやりと思いながら、窓越しに広がった夜を見つめる。


 この車両にいるからだろうか?

 分厚い装甲に覆われ、運転席には武装したベテランの傭兵。自分の膝の上にはビィもいる。地上で最も安全とは語れないし、騙りになってしまうだろうが、それでも戦場で夜を過ごす時には実現し得る最高レベルの環境だろう。


 だから麻痺してしまったのか?

 戦闘開始以来、途切れることなくこだまする銃声。折に触れて通信機から聞こえる傭兵たちの声と、それに呼応するシカゴの返事にも。ノアはどこか無関心になりつつあった。


 どうでもいい、と思う。


 そんなわけがない、とも。

 これでよく先刻はシカゴの喫煙にケチをつけられたものだ、と嘲る自分がどこかにいる。

 たぶんどれもが本心であり、一方で核心ではないのだ。死んでほしくない、無事で居てほしいのは誰でも同じ。しかし今戦っている中で、友人と呼べる相手は一人しかいない。


 無事に決まってる。シカゴにも後押しされた信念は、数分を経て、無事なはずだという希望に薄れ、やがていつしか無事だろうかと焦燥が芽吹く。

 すぐ外で戦闘は起きているのに、待つことしかできない無力な懊悩。それがノアの心を蝕む。

 いっそ……。


「?~♪」


「……何も言ってねえよ」


 ビィは目ざとい。そしてこの愛嬌に救われる。きっと無自覚なムードメーカーなのだろう。苦笑ってノアが本体上部を撫でても、きょとんとして機体バランスを変えるばかり。人間だと、おそらく首を傾げる仕草だ。

 なんにせよ馬鹿げた発想だと、ノアは己を冷笑する。いっそ自分も戦闘に加わろうかと。焦りすぎていた思考に、落ち着くよう言い聞かせた。


 素人が加わってどうなる。足を引っ張るだけだ。そもそも、イブキとは互いの領分がある。荒事のために雇い入れたのに、それを信用しなくては友人どころか契約も成り立たない。ここで彼らを待つのが俺の役目なのだ、と。

 その時だ。


「繰り返せ、ウルフパック2。なんて言った?」


 なぜか緊迫感を増した口調のシカゴへ、ノアは怪訝の眼差しを向ける。ウルフパック2、側面攻撃のための部隊。彼女もいる、四人構成の一個射撃班だ。

 その指揮官たるアートが、通信機の向こうで怒号を放つ。


『イブキが落ちたんだよ、落下だ! 四〇ミリで足下を崩された! あいつはストロングを助けて、代わりに自分が落ちたんだ!』


 一息にまくし立てる内容を、ノアはすぐに理解できなかった。


 彼女がどうしたと? あの少女の身に何が起こったと言っている?

 アートの告げた内容を幾度となく反芻し、ようやくだ。胃の奥からじりじりと這い上がって来る、悪寒とも吐き気ともつかない感覚と共に、ノアは状況を理解する。


「畜生、まずいな。……生きてるのか?」


『そのはずだが、こっちからじゃ助けに出れん! ウルフパック1から何人か救出に回してくれ!』


「今はまだ無理だ。余裕がない」


『余裕ならあいつにもないんだよ! イブキは今、ライフルだけでバリスティック・ドローンの真っ只中にいるんだぞ!』


 声を張り上げるアートに、表面上は冷静なまま応じるシカゴ。二人の応酬は、後者でさえ苦悩に満ちていた。

 側面の射撃班が救出に向かうなら、機関銃チームは動かせない。向かえるとすればアート独りか。しかしいくら彼でも単身で動くにはリスクが大きい。何より指揮官を動かすわけにはいかない。


 対してトレンチたちウルフパック1もなんとか互角を保っている状況。救出には四人、アートたちと同じく一個射撃班を向かわせたいが、それだけの人数を捻出は不可能だ。そこまで人手を割いては主力部隊に押し切られかねない。

 助けることはできない、と。何度かそう言っているシカゴの声が、ノアの耳に恐怖を伴い届く。


 ならイブキはどうなる? 見捨てるしかないのか? 一緒にロケットを打ち上げると。エマを迎えに行く手助けをする、必ず無事に帰って来る。

 そう約束したあいつが殺されるのを、ここで聞いていることしかできないのか?


 と、


「!……♪」


 ビィが囁く。小さくビープ音を発し、センサーのレンズを少年に向けた。


「本気で言ってんだよな?」


「!~♪」


 当然だと言わんばかりの音色は、実際にそう告げていたに違いない。少年が挟む数秒の間は逡巡か、それともためらいだったか。

 やがて少年の瞳はシートに立てかけた銃を見る。イブキから預かったリボルビング・ショットガン。装填されているのは五発の徹甲スラッグ弾。精密射撃は必要なく、射程範囲内で命中すれば大抵の野生兵器を葬れる。


 何より独りでなかった。ここにはイブキと荒野を駆けてきた、歴戦の飛行ドローンがいるのだ。


「……わかった」


 出し抜けにポケットを探り、小型デバイスを座席へ。武器ならともかく、この音楽を持っていくことはあるまい。壊しでもしたら洒落にならないだろう。

 そしてノアは、そっと散弾銃を掴む。深呼吸を一度。もう片方の手がドアロックに伸びた。


「ビィ、行くぞ!」


「!~♪」


 開いたドアから飛び出す、一人と一機。まだ続いているアートとのやり取りに反応が遅れたシカゴが、ついに放った怒号も背に追い縋るだけ。


「ばっ……! おい待て! ノア、戻ってこい!」


「ああ、戻るさ! 三人でな!」


 先導するビィの後を追いながら、ノアは精一杯の声で後ろに告げた。その勢いのまま走り抜ける。友人と共に、友人のもとへ。無差別に流れ弾すら飛び交う夜の中を、ひたすらに。彼らは無謀を自覚していても、後悔を受け入れることなど出来なかった。


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