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BLACK HAND -宇宙幽泳-  作者: 木山京
宇宙幽泳
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6.アンブッシュ XB3-D(1)


 前方はクリア、ターゲットの存在なし。先行した偵察分隊からの報告に、小隊長機は逡巡もせず、残る分隊へ前進のシグナルを発した。


 XB3D。特殊作戦仕様のバリスティック・ドローン総勢二〇機で構成されるこの部隊は、識別名をハングドマンという。

 内訳は八機編成の襲撃分隊が二個に、索敵能力を高めた三機からなる偵察チームがひとつ。そこに唯一の人工知性搭載モデルである指揮官機が、前者のいずれかと行動を共にして動く。


 もっとも、これは臨時編成に過ぎない。

 記録によれば、このハングドマン小隊は指揮官機を含め三七機であったらしい。不明瞭であるのは、一七機の存在がどこにもなかったためだ。


 小隊が起動したのは、タイムカウンターによると八日前。前回の出撃記録を確認しようとしても、メモリ内が破損しており詳細不明。指揮系統に基づき上位コマンドへ信号を送ったが、これも返答がない。直接の所属である統合特殊作戦司令部はむろん、陸・海・空および海兵隊のいずれの通信まで途絶している。


 だが、その時点でリーダー機の人工知性に迷いはなかった。


 全体の状況こそ不明であるにせよ、ともかく起動シグナルと共に作戦指令も受信していたのだ。

 そもそも、一介の特殊作戦小隊が全体の戦局を気にする必要はない。命令が下されているのなら、それに従って行動すればいい。人工知性に求められるのは、状況判断能力の向上。つまり作戦行動を除く事柄に思案を巡らせる必要はなく、感情自体も最初から抑制されている。


 迷いはいらず、ためらいも不要。ただし、あくまで命令があるのなら、だ。


『あのエリアのせいか?』


 データリンクにより、自身を含め迷彩状態にある各小隊機との位置関係を確認。複合センサーによる走査を行ないながら前進するリーダー機は、しかしあるかなきかの疑念を抱いた。


 四日前。小隊は奇妙なエリアを通過した。

 地形情報によるとコロラド・スプリングスらしいそこは、されど街の面影よりも幾多のクレーターが目立つ戦場跡。事前のエリア情報とあまりにも違い過ぎる惨状へ、小隊長もさすがに違和感を覚え、安全確認の名目でとりあえずの偵察活動を決定した。


 異変が起きたのは、その時だ。

 クレーターを通過しようとした瞬間、何の前触れもなく生じたエラーにより、システム全体が一時的に強制閉鎖。光学迷彩すら停止してしまう無防備から数秒、ようやく再起動した頃は作戦指令が破損していた。


 何者かの命令によって目を覚ましたハングドマン小隊は、その目的を無くしたのだ。残ったものは瓦礫と化した街と、果てなく広がる荒野ばかり。マップデータすら損傷し、衛星データリンクも接続できず、二〇機のバリスティック・ドローンは現在地すら見失った。


 敵の電子妨害だろう。

 クレーターだらけの不明エリアを抜けながら、指揮官機はそう判断し、隊を出発させた。目的地は味方の基地。作戦指令が失われた以上、一度帰還して立て直す必要がある。体勢を整え、敵を殲滅しなければならない。


 それからひたすら進み続けた。情報も地図も支援もなく、ほとんど目隠しされたような状態で、何処とも知れぬ荒野を歩く。


 あのターゲットを捉えたのは、偶然だった。

 バイクを駆る人間と飛行ドローン。そしてバギーに乗った、これも人間だ。前者は武装していた上、赤外線探査をすり抜けかけた。羽織った黒いコートが、対サーマル仕様だったに違いない。


 敵の偵察隊だろう。リーダー機は判断し、待ち伏せを仕掛けた。見過ごさなかったのは、無人兵器としての本能か。前述した通りドローンを、軍用規格の飛行型を連れており、しかも敵味方識別装置にも反応がない。他に考えようがなかった。

 そしてどうやら、この予想は正しい。


 攻撃を行なった直後、敵に増援が現れた。一個分隊にも満たない規模のグループ。装備の構成から、別に本隊がいるはずだとリーダー機は読んだ。だから撤収する彼らを追撃せず、追跡して主力部隊の位置を特定、日の入りを待っての襲撃を選んだ。


 見たところ、敵に同格の無人兵器がいる気配はなかった。ほとんどが人間の歩兵。ならばこちらは、複合センサーと光学迷彩で優位に立てる。

 たかが人間狩り、造作もあるまい。夜陰に紛れて仕掛ければ、さしたる反撃も受けず制圧できるだろう。生身の戦闘員など、所詮はロートルの雑兵なのだから。


 そして現在。


『ハングドマン36よりハングドマン指揮官、敵野営地と思しき痕跡を発見。ターゲット無し』


 先行する偵察チームからの報告に、ほんの数瞬、リーダー機は困惑した。


 標的がいない? こちらの襲撃を読んで逃げたのか? いや、ならば好機だ。拠点に逃げ帰ったのなら、追跡して指揮所を叩けるかもしれない。

 時間にして半秒にも満たない、まさしく瞬間に指揮官機は決断する。


「ハングドマン指揮官よりハングドマン36、現在位置で待機。1と指揮官が合流する。2は後方支援」


 第一分隊の八機を引き連れ、リーダー機は偵察隊の座標を目指した。万が一に備え、第二分隊は少し離れてバックアップに回る。


『警戒しすぎか……?』


 雑木林を進みながら、またしても小隊長機に疑念が生じた。

 あのクレーターを通過してから、まだ一部のシステムは不調を発している。他の機体も同じような状態だ。第二分隊の配置は、そうした不備も鑑みてのこと。


 だが果たして敵に何が出来るというのだろう。所詮、生身というひどく脆い肉体に包まれただけの存在ではないか。センサーや装甲の類すら後付けするしかなく、光学迷彩を看破できるほどの力もない。仮にこちらのスペックを上回る個体がいたとしても、所詮は個人単位だ。部隊としての戦術を凌駕するほどの力はあるまい。

 諸々の情報を分析していると、リーダー機のシステムにさざめきのような波紋が広がった。それが嘲りだと、人工知性は気付かない。たどり着く前に、眼前へ野営地が現れた。


 ジジジ……と。微かな駆動音を立て、小隊長のセンサーが辺りを見回す。

 地面には複数の足音、車両の痕跡。ただし偵察チームの報告通り熱源はない。ここが野営地と見て間違いなさそうだが、やはり撤収したのか。


 いや、まだ油断はできない。


「ハングドマン指揮官よりハングドマン2、こちらの位置まで前進」


 再び信号を送り、第二分隊を合流させる。


 小隊長の策はこうだ。バックアップの到着を待ち、偵察隊と第一分隊で野営地に侵入。索敵の後、車両の痕跡を追って敵司令部に奇襲を仕掛ける。

 足跡からして敵は十人ほどの分隊規模。撤退が偽装でどこかに待ち伏せしていても、火力がたかが知れるのだ。


 程なく第二分隊が到着すると、いよいよリーダー機は本隊を野営地に侵入させた。十一機の後方に自らも続く。携えたサイレンス・カービンはいつでも発砲でき、敵影を見つけたらフルオート射撃で放たれる徹甲亜音速弾がまたたく間に八つ裂きにする。

 そして、これも本能だったかもしれない。


 作戦計画に問題は見当たらず、脅威も未検出。だというのに、いや何もないというまさにその点について、小隊長は疑念を抱いた。


 敵が脆すぎる。そもそも人間主体で構成された部隊など、この戦時下に存在するのか? 無人兵器で溢れた戦場の前線に、人が出てきて何の役に立つ?

 いいや何より、本当にそんな部隊があったのなら、相応の対抗策があるのではないか?


『……!』


 そこまで考えた矢先、第一分隊の誰かが緊急シグナルを発した。ほぼ同時のタイミングで、何かが打ち上がる。火点は側面と後方、二カ所。

 夜空めがけて垂直の軌跡を描いたそれは、数十メートルの上昇の後、パッと弾けて眩い光を放った。宙にある間、闇を退ける照明弾。突如として複数方向から生じた光を処理しきれず、光学迷彩は逆に閃光をはじき、その後にバリスティック・ドローンの影を作った。


『まずい』


 ワイヤートラップに設置されていたのか。シグナルを発した機は、それを踏んでしまったに違いない。しかも連鎖反応が起きるよう、背後にまで敷設する徹底ぶりだ。


『なぜだ?』


 反射的に光を直視してしまったことで、センサーの暗視モードが強制停止。一時的に盲目状態へと陥った中で、ナノセカンドほどの刹那に小隊長は疑問を抱く。

 こちらは米軍内で最も機密性の高い特殊任務部隊。装備や機体スペック、あらゆる情報が徹底的に秘匿されている。それを含めての隠密作戦仕様だ。


 なのに、この待ち伏せはどういうことだ? 光学迷彩の弱点が把握されている?

 不可解な展開に置かれ、だがリーダー機は淡々と指示を送信した。


「ウェポンズ・フリー。自由射撃」


 疑問は後で払拭すればいい。各自の判断で自由に撃て。味方以外、見えるものは全て排除しろ。

 事実上の無差別攻撃命令と共に、視界が回復。自らもまたカービンの銃口を巡らす小隊長機は、雑木林の奥で一斉に放たれるマズルフラッシュを見つける。


 敵の銃撃。

 そう認識した時には遅い。応戦するより早く車載機銃より発射された五〇口径弾が、リーダー機の左腕をもぎ取った。


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