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BLACK HAND -宇宙幽泳-  作者: 木山京
宇宙幽泳
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5.抉れた山の裾野で 微笑への痛み(3)


 傭兵街直属のチーム。実動部隊であれ訓練部隊であれ、フリーの傭兵と違うのは人手より何より資金の潤沢さだろう。ほとんどのコストは経費で落ちる。つまりイブキがあの手この手で抑えようとしている雑費を、大して気にしなくていい。

 これがどういうことかと言えば、要するに――同じ保存食でも物が違う。


「MREだ! 久しぶりだなぁ~!」


 空き地の端っこで。提供された食事を見るなり、イブキが目を輝かせた

 MRE。いわゆる野戦食である。


 数袋のパウチに入ったそれらは、同じ保存食でもイブキたちのそれとはまるで異なる高級品。

 水と酸化鉄を利用するヒーターで暖め可能な、調理済みメニュー。全て合わせたボリュームはフルコースと称して差し支えない。カロリーや栄養面であのブロック状の食事が負けてないにせよ、胃に流れ込む食べ応えではかなりの差があった。


「さっきの今で、よくメシに出来るよなぁ」


「それはそれ。メシはメシよ」


 先ほどのシカゴではないが、かなり図太い少女である。


「だからって、お前は愛車ぶっ壊されてんだぞ。ちょっとは堪えてんじゃねえのか?」


「ちょっとどころか、だいぶ参ってるなぁ。自分で組んだマシンだもんねぇ」


 とてもそうは見えない。ノアがそう切り返すより先に、彼女は言う。


「なんであれ、いつかは壊れるからさ」


 こういうところが傭兵をやれる素養か、とノアは独りごちた。イブキが情に厚いのは、まだ数日の付き合いでもよくわかる。

 その一方、道具に対しては徹底的にストイックな思考の持ち主だ。きっとバイクのみならず、愛用している銃器は、事によっては義手さえあっさり使い捨てるだろう。


 いや実際にそうだからこそ、この二人は出会ったのだ。


「……お前がそう言うなら、別にいいんだけどな。これ、ハンバーグか?」


 湯気の立つメインディッシュを開けたノアは、どこか疑わしそうに中身を見る。デミグラス風の匂いがするソースの中へ、一口大をした肉の塊が数個。備えつけのフォークで、おそるおそる口に運んだ。


「どう? 美味しい? 美味しいでしょ?」


「……俺らのよりはずっと美味いよ。美味いけど……すっげえ塩と脂」


 ソースは、まさに風味だけ。下手をすれば肉の塩煮込みである。

 ふと出発前日に奢ったラムチョップを思い出す。同じ肉料理でも、あれにあった繊細さは欠片すらない。もっとも、戦場食とそこそこ値の張るレストランとでメニューを比べるのは、些か贅沢がすぎるだろうが。


「イブキ、お前のは?」


「ミートソース! トマトっぽさ無いけど」


「無いんじゃねえか」


「だけど美味いよ?」


 満足げにパクパクと食べ進める少女の姿に、ノアはようやく思い出した。

 そういえばイブキ、味に関してはだいぶバカ舌なのだ。初めて会った時も、すさまじい朝食を取っていた。ノアが思う真っ当な食事を選ぼうとしないのは、もしかしたらこの味覚ありきかもしれない。


「……まあいいか」


 ともかくマズい食事ではないのだ。昼食抜きで撃たれて逃げて今に至るわけだし、あの保存食以外を口に入れるのは昨夜以来。噛む度にジュワっと肉汁が出る触感は楽しい。多少、強引な味付けは許容範囲だ。

 と、


「そういえばノア、平気なんだ?」


 不意にイブキが訊いた。


「何が?」


「いつも嫌がってたじゃん」


「は?」


 要領を得ない質問である。そう思った直後。


「や、だってこれバグミート……」


「お前それ以上言ったら張り倒すぞッ!?」


 すっかり忘れていた。いや少し考えればわかるところだが、食べたことのないパウチの料理に興味の方が強かったのだ。

 高級品だろうが何だろうが、戦後暦の野戦食。優先されるのは質より量。素材にこだわるはずがない。そして大量生産可能な食肉といえば、昆虫肉しかありえなかった。


「そんなに嫌かなぁ?」


「?~♪」


 一人と一機、揃って首を傾げる。後者に至っては食事の代わりに充電を行なう存在が、だ。


「はぁー……もういい。で、これからどうすんだ?」


 諦めて食べつつ、ノアは本題を切り出した。今この彼らが置かれている現状について。


 改めて反芻すれば、ずいぶん悲惨なものだ。

 車両の片方は破壊され、もう一台はバリスティック・ドローンに囲まれている。もう破壊されたか、まだ健在であっても、すでに物資の半分を失ったのが痛い。バギーを奪還したところでせいぜい往復は不可能。アートたちに同行し、クロスポイントまで引き返すしかないか。


 しかし、


「大丈夫」


「……プラス思考にケチつける気はないけどな。今回は手詰まりだろ。……別に、俺は構わねえよ。ここまで来れただけでも、俺には夢みたいなもんだし。お前にもビィにも文句はないんだ。あいつには、もう少し待ってもらうさ。……運が悪かった。それだけの話なんだ」


 平静なまま述べたつもりが、ノアはどうしても失意を隠しきれなかった。だが同時に、本心からの言葉でもある。

 イブキを雇ったからここまでしか来れなかった、ではなく、イブキを雇ったからここまで来れたのだ。あの日、交易都市を望む丘の上を彼女が訪れていなかったら、きっとノアは未だあの街にいた。行動する期を待ち続け、そして待つことが当たり前になりすぎて。野心と後悔の矛盾で燻っていたに違いない。


 少なくともここまで来れたことで、そんなもどかしい苛立ちからは解放された。自分は旅に出れるのだと、いくらかでも肯定してやれる。

 今回はここで終幕にしてもいい、と。そう胸裏に呟いた。


 その時だ。


「大丈夫だよ」


「あの、なぁ? イブキ、お前……」


「算段はついてる」


 イブキの発した一言が、ノアに顔を上げさせた。

 出迎えるのは、いつものあの微笑。緑がかった碧眼に浮かぶ、静かで力強い光。


「アートが言ってたでしょ? 手を貸せ、って」


「あれは……だから、逃げ支度を手伝えっつうことだろ?」


「ちょっと違うかな。ごちそうさま」


 ついさっきまで舌鼓を打っていたミートソースを、食べかけのままイブキは置く。まだまだ半分以上は残っているはずなのに。


「もういいのか?」


「前に言ったじゃん。満腹はやばい。特に、今から撃ち合うって時はね」


「撃ち合うって、お前……」


「XB3のグループに接触して逃げるなんて選択、アートもシカゴもしないよ。ここで叩いとかないと、追跡されたら街まで案内しちゃうからね。対人特化のD型に入られたら、とんでもないことになる。もしくはそれ以上に、自分たちが襲われるかも。だからあれは、私も迎撃に加われってこと」


 あっけからんと言ってのける、こういうところがコイツのずるい部分なのだと、不意にノアは思った。請われ望まれ銃火の中へと身を晒し。決して微笑が耐えることはない。笑ったまま、いつもその道を行く。

 心強い一方、不安と不快とを覚える瞬間もあった。先ほどのように。そして今のように。


 ともすればイブキは、命すら投げ出して他人を優先してしまう。ノアの夢を叶えるため、自分の夢を生涯ごと使い潰してしまう。道具として。その時もきっと、彼女は微笑を浮かべているに違いない。


「そういうわけだ、坊主」


 声は突然、背後から来た。いつから居いたのだろう。シカゴがそこに佇んでいた。手に抗弾プレートを携えながら。


「持ってきたぞ。あとで銃も渡す」


「自前のあるよ?」


 といって、愛用のリボルビング・ショットガンを示した。少女の師は肩を竦める。


「連中とやり合うのに、スラッグ弾じゃ分が悪いだろうが。準備して指揮車に来い」


「了解、シカゴ教官」


 現れた時と同様、足音も立てずシカゴは踵を返した。別段、忍び足を気取っている風でもないのに、存在を認識した上でなお軍靴の音が僅かなのは、日常まで染み込んだ完璧な体重移動のなせる業だろう。

 そしてイブキはプレートを取り換えようとし――突然、その手首を掴まれた。機械仕掛けの黒い右手首を、少年の片手に。


「ノア……?」


 自分でもなぜこんな行動に出たのか、ノアにはわからなかった。いや、理由ならある。


 本当は言葉にしたかったのだ。

 いくら助けられたと言っても。いくら同業で知り合いだからと言っても。わざわざまたお前が手を貸さなくたっていい。こいつらは新兵とはいえ現場叩き上げで、装備も人数も揃っているし、おまけに腕利きの教官が指揮を執っている。今日撃たれたばかりのお前が、撃ち合いに出かけることはない。


 お前の夢と命を使い潰すほど、俺の夢に価値はない――と。

 胸裏に渦巻いた諸々の感情が混ざり合った末、ようやく声に出来たのは、少し前に発した独り言と同じ台詞だ。


「……どうしてだ?」


 イブキの右手を掴んだ指先から、冷たく無機質な感触が伝わった。それきり何も言えなくなり、何を言えばいいのかわからなくなる。だから彼は、ただただ奥歯を噛み締めた。

 たぶん何をどう伝えたところで、この少女は意志を曲げないだろう。むしろやろうと思えば、この手すら簡単に振りほどけるはずだ。直接修理したノア自身、義手の出力はよくわかっている。


 けれど、イブキは動かない。

 困惑とも呆然とも取れる表情のまま、ただじっとノアの伏せた顔を見つめている。そうして、どれくらいの時間が経ったか。


「……ね、前に言ったっけ。私さ、一〇〇パーセントの善意で依頼受けたわけじゃないよ?」


 イブキの左手が、そっとノアの手を包む。暖かな感触。


「報酬だけの付き合い、なんて言う話じゃない。だけどこの仕事を受けたのは、私にも打算があるから。この旅で私も夢に……ミツバに近づけるかもしれない。そんな気がしたから引き受けた」


 去ってしまったという、イブキにとっての夢。この少女が探し続ける存在は、ノアにとっての幽霊と全く同質だ。互いに形の違う、同じ夢を抱いている。


「だから、そういう方向に舵切って考えなくてもいいんだよ。大丈夫。ノアが心配するようなことにはならない。一緒に見よう。この旅の最後まで。そんで全部終わったら、ミナコさんたちに自慢すんの。こんな光景見てきたぜ、って。もちろん、エマも一緒にね。楽しそうでしょ?」


「……ああ」


 ノアの頬が緩んだ。握りしめていた黒い義手から、やがて指が離れる。


「そりゃ、楽しそうだな」


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