5.抉れた山の裾野で 古巣(2)
木々の合間を縫って進む八名と一機。アートが率いるガーディアンセルの傭兵チームは、移動中も警戒を緩めようとはしなかった。ライフルは銃口こそ下げていても常に銃床が肩と触れており、いつ接敵しても即応できる。
手慣れた行動。どこで何をすればいいか、きっちり把握している。
そんな彼等の素性を聞いた時、驚くのはノアのような第三者だ。
「ルーキー? このチームが?」
素人目にもプロフェッショナルに映る六人。しかしその実、アートを除いた五名は未だ訓練中の新兵だという。
思わず聞き返してしまったノアに、
「いろんな経歴の人がいるからね、ガーディアンセルって」
「~♪」
イブキとビィが言う。
「いろんなっつうと……?」
「新兵でも、ずぶの素人は少ない」
これはアート。片手で野球帽の角度を直しながら、その先も引き継ぐ。
「この地域の傭兵全員が、ガーディアンセルの所属じゃないんだ。無所属の奴らや、チームリーダーが一人だけ登録してる部隊もざらにある。そういう奴らが独立したり警備チームに移ろうっていう時、俺たちみたいなのが教官として、審査ついでに基礎から見直す。半端なヤクザ者に入って来られちゃ、こっちも迷惑だからな。まるっきり素人だったパターンなんて……」
一旦アートは区切り、イブキを指さした。
「このじゃじゃ馬くらいなもんだ」
にやりとして言い放つ。聞けばこのアート、かつてイブキの訓練も担当していたという。卒業後の今となっては同格扱いのようだが……。
「ビィ、言われてるよ?」
「?~♪」
「俺は両方に言ってるんだぞ」
まだまだ一枚上手。少女とドローン、お互いのなすりつけ合いは元教官の一声であっさり幕を引く。
「最初は何の冗談かと思った。ドローンつれた嬢ちゃんがいきなり、傭兵やらせろっつって乗り込んで来たんだからな」
「そ、そんな言い方はしてないでしょーっ」
イブキの頬がさっと紅潮した。どうやら概ね事実に沿った話ではあるらしい。
「……なあ、おい」
「ん?」
不意にイブキへ身を寄せ、ノアが囁く。
「素人じゃねえだろ、お前。言ってないのか?」
「そう簡単に言えるわけないでしょうよ」
彼女の経歴だ。コールドスリープされていた二〇〇年前のアメリカ軍関係者で、立場上は元復興軍。確かにおいそれと語れる話ではない。そういえばミナコも知らない様子だった。
何より、
「素人同然だったのも本当だから。助けられたよ、アートには」
懐かしむようにイブキが述べる。
そういえばこの少女、目覚める以前の記憶はほとんどないという。いわゆる冬眠の間に、戦闘技能の大半も忘れてしまったのだろうか。たまに抜けているところがあるイブキなのだから、ありそうな話だ、とはノアの寸評。
同時にこうも思う。
あの夜、ノアの神経は張り詰め切っていた。ようやく出発した興奮と動けない歯がゆさとで、心がキリキリと音を立て歪みつつあった。
この同年代の傭兵はそんな様子を察し、嘘偽りなく自らの秘めたる葛藤を晒してくれたのか。
「……どうしてだ?」
「ん?」
「独り言だ」
声に出てしまった疑問を、ノアはさらりと流した。お前はどうしてそこまで親身になれるのか、と。一緒に湧き出た自虐の気配を押し殺すように。
その意味では、次にアートの発した一言もノアの役に立った。少なくとも注意はそちらに向かい、己の内面を探る暇はなくなったのだから。
「着いたぞ」
木々に遮られた視界がひらける。ほのかに肌寒い風が、コロラド・スプリングスの異臭を乗せて通り過ぎた。西日の差し込む、小さなパーキング程度の空き地。
そこにもまた六、七名ほどの武装した姿があった。
彼等の周囲三カ所には苔の生えた大岩が鎮座していたが、これはカモフラージュ・ネットをかけた軍用車である。いずれも同型。偽装の下では強靭な装甲が控えているだろうし、その内の二台は重機関銃を据えているらしく五〇口径の銃口が覗いた。射手が直接操るのではなくて、車内から操作する遠隔ターレット。
「弾薬を補充して通常シフトに入れ。シカゴ、戻ったぞ」
率いていた部下たちへ告げた後、アートは三台目の車両に大股で歩み寄る。
他の二台と違い、見てわかる武装はない。代わりに換気のためだろうか、助手席側のドアを開けているのでより鮮明に無骨なシルエットが伝わる。そして言わずもがな、搭乗者の存在も。
「おう、ご苦労さん」
のんびりとした、けれどあまり抑揚のない口調で返したその男は、助手席から外に投げ出していた足を一度引っ込め、それからのそのそと降りてくる。
アートと違い伸ばしていない、単に剃り忘れているらしい黒い無精ひげと、さらに濃い黒色をしたニット帽をかぶる男。
「イブキ、ビィ、災難だったな。そっちの連れは?」
と、身振りでノアを示す。
「私のクライアント。元気そうだね、シカゴ」
「おかげさんでな。撃たれてんのか?」
イブキの防弾アーマーに気付いたらしい。中々の鋭さだ。アートと共に訓練教官の職に就く、シカゴという傭兵。抜け目の無さや醸し出す雰囲気に、イブキとはまた別種の迫力がある。
「一発食らっちった」
照れ笑い。すると、
「ふん……まあ、こっちとしちゃ助かるか」
「何の話?」
訝しむ少女に、シカゴはかぶりを振った。
「あとで話そう。予備のプレートがある。やるよ。交換してこい」
「ありがと。あ、食事の予備もあったり……?」
「相変わらず見かけによらず図太いか。どうする?」
後半はアートへ。抗弾プレートと違ってわざわざ確認を挟む辺り、ガーディアンセル直属の彼らもそれほど余裕がないらしい。
問われた方はまず茶色のひげをそっと撫で、それから片眉をひそめる。
「構わん……と言いたいが、手を貸すか?」
「貸したいけど低賃金はなぁ~。ねー、ビィ?」
「~♪」
ぬけぬけとイブキ。わざとらしい悩んだふりに、相棒まで乗っかる。人の悪いコンビだ。ほぼ無一文の身ひとつ。この状態でさらに吹っかけるのだからタチが悪い。
一応、そんな状況だからこそ、と言い訳が出来るかもしれないが。
「どのみち徒歩だろ。それでどこ行く気だ?」
「教官方がドンパチしてる間に、一台盗むっていう手もありますし? ねー、ノア?」
「俺に振るんじゃねえよ」
こちらは呆気なく見放した。
「……まあいい、考えといてやる。前金代わりに食って準備しろ。話はそれからだ」
これ以上の交渉は無駄、いや不毛と捉えられたに違いない。もしくは元教官の大人な対応までを読んでのことか。
空っぽだと思っていたマネーカードに一〇〇ドル眠っていた。そんな場面を想起させるしたり顔で、イブキは首肯し条件をのんだ。




