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BLACK HAND -宇宙幽泳-  作者: 木山京
宇宙幽泳
13/34

3.行きたいところへ 暮色(4)

「……コさん! ミーナーコーさんっ!」


 装甲車の防弾パネルを溶接している時だ。作業場の騒音ですっかり麻痺しきった耳朶に、あの快活な声が届いた気がしてミナコは振り返る。

 と、


「ああ、やっぱイブキかい。……おや?」


 西日の差し込む整備ドッグ。搬入口を兼ねたゲートには、いずれも見慣れた影が佇んでいた。傭兵の少女と飛行ドローン、そして無愛想な弟分。


「ヒューイ、ちょいと外すよ!」


「はいよー! あー、代わりにやっときますかぁ?」


「いんや、置いときな」


 汚れた手袋を尻のポケットに。それから電子タバコを取り出し、一口吹かす。流れるような動作は、日頃繰り返し行なっている所作なのだとよくわかった。そうしてミナコは、かつかつと靴音を鳴らしゲートまで来る。

 まずノアを一瞥してから、イブキへ。


「右手、直ったんだね。今日は買い出しだっけ。目当てのもんは揃ったかい?」


「おかげさまで。ラム肉おごってもらっちゃった」


「そりゃいい」


 ミナコが相好を崩した。


「あんたのバイクも準備できてるよ。燃料はヒューイに言いつけてある。受け取っとくれ」


 遠回しな物言いを、少女は首尾よく察する。


「ありがと。ビィ、おいで」


「~♪」


 相棒と共に作業場へ駆けてゆくローポニーの毛先を、ミナコは横目で眺め、それからしみじみと口を開いた。


「いい子だろ」


「……ああ」


 端的に応じるノアへ、


「信頼できる子だ。腕も立つ。あたしらも無事ここにいるんだからね」


「どういうやつなんだ?」


「気になるのかい?」


 面白そうな姉の視線を受け、弟はすぐ顔を逸らした。


「別に……」


「あたしだってよく知らないさ。どっかで死にかけてたのを、じいさまが拾ってきたんだと。そっからしばらくはガーディアンセルで訓練受けたとかなんとか……ま、他人様の事情を根掘り葉掘り聞くほど、こっちも暇じゃないからね。ただ……」


 一度、言葉を区切る。


「なんだよ?」


「……どんな経験したら、あんな生き方が出来ちまうんだろうね」


 紡いだ言葉の意味を理解したのか。弟の息を呑む気配が、ミナコには伝わった。


「ここへ来る途中、あたしらはスタッグ・ビートルに絡まれちまったんだ。その辺りは聞いたかい?」


「さわり程度にはな」


「相手はスタッグ・ビートル二機。あの子は、相棒含めて対物火器なんか持ち合わせちゃいない。徹甲スラッグが関の山さ。普通なら逃げの一手しかないとこなんだがね。二機とも仕留めちまった。大金星と言やぁ聞こえはいいが……正直、異常の部類だよ。同じことができるやつは、いったい何人いるもんか」


 そもそも世に蔓延る無人兵器とは、人が単身で立ち向かえるものではない。人の代替として、いやより強大な力を求めて生み出された存在なのだ。単純な戦力を比べたら、人間はずっと下にいる。

 ミナコ自身、イブキを護衛に雇いはしたが、相乗り程度の認識だった。ビィを含めたところで火力はたかが知れている。本当にボディガードとしての活躍を期待していたわけではない。


 それなのに――。


「じゃあ、なんで戦わせたんだよ。最初っから逃げりゃいいだろ」


「……さあ、どうしてだろうね」


 はぐらかしているのではなかった。イブキと共に旅をした期間。そう長くもないあの時の心境変化は、ミナコ自身にもよくわかっていない。


「任せてもいい、と思っちまった。あの子ならなんとかしちまう、ってね。我ながら、無責任な言い方だ。……いや、これじゃイブキにも失礼か」


 唇へ差し込んだ電子タバコで、自嘲を誤魔化す。

 あの時点での関係は雇用主と護衛。つまり迎撃行動に関してはイブキにこそ責任がある。こちらも決して保護者ではないし、そういう見方は彼女への侮辱だろう。たとえ少女であろうとも、イブキは結果を残している立派な傭兵だ。特にあの状況では、逃げに徹しても追いつかれた、かもしれない。


 しかし、この話題の懸念は他にあった。


「十八歳……十八歳か」


「あいつか?」


 ミナコは僅かにおとがいを引いて応じる。旅の途中で聞いたイブキの年齢。

 どんな経験をしたら、と。今しがた自ら呟いた言葉は、あの黒い義手を思い出す度、ミナコは胸中で唱えずにはいられなかった。


 その時だ。


「あいつが何者だろうと、俺は信じるぜ」


 弟の言葉は、ミナコにとって意表を突くようなものだった。驚いて視線を投げると、いくらか照れくさそうにしたノアの横顔に出会う。


「お前も言ったじゃんか。イブキは信頼できる。それで充分だし、歳なんて関係ねえ。だろ?」


「ああ。……ハッ! ああ、違いないね!」


 破顔一笑、豪快に笑った。ノアの主張は正しい。大事なのは何をしてきたかより、何が出来るかだ。誰かしら後ろ暗い過去は抱えている。特にこんな時代では。

 そんな時代でもああいう存在に出会えたのは、きっと幸運なのだろう。それで充分に違いない。


「あの子なら、あんたのやりたいことを叶えてくれる。ノア、しっかりね」


「わかってるさ」


「そっか。うん、そうだね。……さあ、燃料運びだ! 手伝ってやんな!」


「痛っ!?」


 背にバシッと一発、ミナコは平手を叩き込んだ。そうして大股でドッグに向かう。ぶつくさ文句をぼやきながらも、ノアが後ろに続いた。


「あ、ノア! いいタイミング!」


 すぐさま呼ばれる。単独で無人兵器を撃破しえるようには思えない、一人の少女に。


「台車借りたからさぁ! 運ぶの手伝ってー!」


 整備士たちの騒音に負けじと、声を張り上げるイブキ。両手を使って抱えているタンクは防弾仕様のため、見た目よりずっと重い。


「あといくつなんだよ!」


「三つー!」


 合計四つ。一人で運ぶのは厳しい。それにしても往復分だろうが、果たしてどこまで行くつもりだろう。野生兵器がはびこる荒れ野の、いったい何を目指すのか。


「どこだっていいか」


 胸の奥に落としたはずの独白は、タバコを吸い終わっていたせいか、意図せずミナコに声帯を使わす。どこだっていい。どこでだって生きていける。ノアという弟のことは、イブキとビィが守ってくれる。

 そんな感慨を胸に二人と一機の作業を眺めていると、からの台車を引きずってきた頃には、交易都市に暮色が刷かれていた。


「ね、ね、ミナコさん」


「ん?」


 整備ドッグもそろそろ仕事終わり。あの心地よい騒音が落ち着き、作業員たちが始めている清掃に混ざろうという時、イブキが訊く。なぜか瞳を輝かせて。


「気になってたんだけどさ、あのバイクって売り物? 昨日はなかったよね」


「バイク? ああ、あれかい」


 作業場の片隅に置かれた、一台のマシンだ。イブキの愛車と似たり寄ったりな超大型。ただしほぼ骨組みだけの状態である。それでも迫力を醸し出すのは、エンジン・ユニットが収まるだろう部分に、通常ではありえない大きさのスペースを割いているせい。


「今朝からヒューイが組んでるのさ。触発されちまってね」


「触発? 何に?」


「あんたに」


「私?」


 きょとんと首を傾げた少女は、それからドローンと顔を見合わせる。


「でかいの組みたくなったんだとさ。いったいどんなゲテモノ作る気なんだか」


「ちょっと!? 姐さん、そういうこと言わんでくださいよ!」


「事実じゃないか。ちったぁ自分の腕に自信持ちな」


 ずばり指摘されてバツが悪そうなヒューイ。技術だけなら充分一人前なのに、未だ独立の気配がない所以か。いやいや、実はミナコ以外は誰もが気付いている、姐さんのもとを離れたくないだけの、募らせ続ける恋慕である。


 一方、


「いいねぇ、ゲテモノいいねぇ! 早く見たいなぁ~!」


「!~♪」


 こちらはそういう機械にこそテンションを上げる、物好きな少女とドローンだ。


「あんたって子は、ホント……ん?」


 苦笑しかけたところで、少し離れたところにいる影へ気付いた。


「ノア、なんだい?」


「ああいや、別に……」


 と、普段のように誤魔化しかけた一瞬。口ごもる少年へ、イブキが目配せしたことまではミナコもわからなかった。

 だがノアに腹を据えさせたのは、まさにその一瞥である。


「……言ってなかったけどな。バギー、ありがとう。その……助かってる」


 数秒、ミナコは呆然と目を見開いた。いや彼女だけでなく、ヒューイたち整備士までもが、だ。丘の上に住む無愛想な少年メカニック。心を開くのは幽霊ばかり、と。


 そんな風に言われてきたノアから、こんな言葉を聞いたことなど一度としてない。


「うん、いいよ。行きたいことへ行っておいで。あんたは大丈夫だからさ」


「……ああ。行ってくる」


「行ってらっしゃい」


 踵を返したノアに、少女とドローンが続く。その間際。


「頼んだよ、あいつのこと」


「ん、任された」


 静かな、しかし力強い返事をすれ違い様に受け取ると、ミナコの頬が緩む。明日からの旅で、弟が夢を叶えてくれたらいい。願うのはただそればかり。


「幽霊によろしくね」


 自分にだけ聞こえる声量で、その一言を落とす。男勝りで通る女メカニックは、だがこの時ばかりは姉の眼差しで、夕闇に消える彼等の背をいつまでも見送っていた。


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― 新着の感想 ―
いいですね、最後のお姉ちゃんしてるところ。いよいよ次回から旅立ちでしょうか。楽しみです。
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