3.行きたいところへ 後悔せず(3)
買い出しは順調に進んだ。――最初以外は。
イブキたちはまず最寄りの武器商へ。大通りに面したそこでは、この日もそこそこの客入りがあるらしく、ショーウィンドウから窺える店内に、同じく調達に来たらしい同業者たちの姿があった。
店先に掲げられた社名は……。
「クラークテック? ここの馬鹿みたいに高いだろ」
さすがにノアも知っており、一度は苦言を呈す。
タクティカル・ギアの老舗クラークテック、その代理店だ。戦前から続くメーカーであり、当時からコロラドに拠点を置いていたらしい。戦後暦の二〇〇年間、競合企業も吸収して生き延び続け、この分野のトップブランドとなった。この辺りでアーマーを求めるならまず真っ先に名が挙がる。
欠点は唯一、ノアの指摘した値段だ。良いものはやはり高い。クラークテックで買い物をするなら、プレート一枚の値で道売りしているギアが一個小隊分は揃う、とはよく言われた皮肉。しかし露店に出ている装備が役に立つか、という疑問を無視すれば、おおよそ事実に基づいていた。
「アーマーに妥協は無し」
ぴしゃりと言ったイブキは、そのままさっさと入店してしまう。交渉の余地はなさそうだ。
「お前の相棒、いつもああなのか?」
一緒に店の前で留まるビィに訊いてみるものの、
「~♪」
「……何言ってるかわかんねえ」
諦めて少女を追った。ドアが閉まる寸前、ビィもするりと続く。
タクティカル・ギアを扱う割に、店内は意外なほど静かだった。見本のアーマー……広く普及している大小様々な防弾装備に、特殊繊維で出来た全身一体型のアサルトスーツなどを着込んだマネキンが立つ。中央のショーケースには巨大な影――外部電源を備えた強化外骨格が、物言わず鎮座して来客たちを出迎える。
「すげえな……」
むろんそれらは見本であって、特に強化外骨格は見た目だけ。動力は外されているだろうし、不意に動き出したりもしない。
にも関わらず、ある種の畏怖をノアに絞り出させるほど迫力があった。なるほどこの威圧感ならば、静穏とした雰囲気にも納得だ。客が傭兵であれ素人であれ、この圧迫感の中で平然と騒げるものは少ない。
と、
「ノア?」
「うおっ!?」
例外は身近にいた。いつもの声量で呼びかける、ドローンを連れた少女が。
「どしたの?」
「あ、ああいや、別に……」
なんとか平静を装うとしたところで、
「……アドバイスだけどさ」
「ああ?」
「エクソスケルトンはやめといた方がいいよ? かっこいいけど、それ軍用規格の重装型だし。高くて訓練必要で、おまけにオプション別売り」
「買わねえよ!」
気圧されているのを、羨望の眼差しとでも受け取ったのか。脊髄反射でイブキにツッコむと、気を取り直して装備を見繕う。といっても、選ぶのはイブキと接客スタッフだ。
「フィールドワークなんだろ? 今ある在庫なら、インプルーブド5でどうだい?」
早速おすすめしたのは後者。刈り上げた頭と正反対に、サンタクロースよろしく口ひげを蓄えた男である。ガタイもよく、イブキと並んだら彼こそ買い物に来た傭兵のようだった。実際、傭兵出身者なのかもしれない。軍需品メーカーではよくある話だ。
「なんか、ゴテゴテしすぎてないか」
「アーマーなんだから。そんなもんだって」
と、イブキがたしなめる。
試しに見せてもらった一着は、上半身全体に加えて、肩と股間部分を保護する追加アーマーまで備わっていた。オプションを装着していない素の状態でこれなのだから、いざセットアップを終えたらノアも相当大柄に映るだろう。
そこでふと気付く。
「イブキ、お前が着てるそれみたいなのは?」
「私の? これはなぁ……」
「おすすめは出来ないね」
専門家が二人、揃って渋面になった。
「この子のはプレートキャリアと言うアーマーで、また違う。要所だけを守るものだ。つまるところ最低限の装甲しかない。もちろん、その分だけ身軽なんだが……プレートの配置は?」
「基本フロントだけ」
「論外だな」
結論は早い。本来、イブキが着用しているモデルは前後に抗弾プレートを仕込むのだが、どうやら彼女は前面しか入れてない。背中を撃たれたら終わりだ。
「初心者が着るものじゃない。多少重くても我慢した方がいい」
「そうそう」
二人分の説得に、しかしノアは食い下がった。
「だからって、あんまり重すぎても動けねえしさ。体力切れたらどうするんだよ」
「根性だ」
「根性だね」
「あんたら、頭の中までプレート詰まってんだろ」
辛辣な物言いにも、二人は肩を竦めるばかり。
すると、
「~♪」
不意にビィが発した。視線を向けると、飛行ドローンはくるくる回って一着を示す。
「レッドホークのアーマーベストか。ああ、悪くない」
「ノア、ちょっと着てみる?」
中量級のタクティカル・ギアだ。先ほど提案されたものに比べると、いくらか防御面で劣るものの、上半身全体を保護できる。シンプルな作りで、関節の可動域も邪魔しない。
実際にカーキ色のそれを着てみても、身構えたほど重量はなかった。
「思ったより動きやすいけど、どの程度まで防げるもんなんだ?」
「折り紙つきだ。プレートだけじゃなく、生地自体にケブラー繊維を織り込んである。拳銃弾はもちろん、小口径のライフル弾くらいは完璧に防げる」
「五〇口径の対物ライフルで撃たれたら?」
「それは……」
スタッフが口ごもると、
「私が撃たせないよ」
引き継いだイブキは静かに告げた。結局、この一言が決め手となる。
アーマーベストに、ポーチ類をいくつか。最低限、自衛が出来るだけのオプションを揃える。併せてイブキも抗弾プレートを新調していた。
ただし会計の際、
「さすがに高くねぇ? なあ、やっぱ安いアーマーでも……」
「ダメ!」
「ダメだ」
「……わかったよ」
命に関わる経験の有無がそうさせるのか。ここでも護衛とスタッフの圧に負け、ノアは渋々ながら支払う。
「どこへ行くにせよ、気をつけて。無事に帰ってこいよ」
最後はあのスタッフに見送られながら、次の店へ。
弾薬とマガジンを買い込み、小型バッテリーも数種類ほど購入。後者はビィや日用品に用いる他、義手のスタンナックルにも使う。
続けて向かった食料品店を出た頃には、太陽はすっかり頭上へ移り、正午の訪れを知らせていた。
「昼飯どうする?」
訊いたのはノアの方。買ったものは全てパーキングに配送するよう頼んであるため、出で立ちは朝の集合時点と変わらない。
「私、バグミート……」
「虫以外でな!」
さすがに予想していたらしい。普段の覇気はどこへやら。残念そうに項垂れる少女を、ビィがそっと寄り添いなぐさめた。
「そんなに虫食いたいもんか?」
「虫っていうか、やっぱ肉でしょ、肉」
「普通のでいいじゃねえかよ。豚でも鳥でも」
「だって高いしさぁ」
つい先頃、肉よりよほど高いアーマーを買わせた口が言う。
「……お前ってさ」
「ん?」
「私服持ってないだろ」
「うっ……」
図星のようだ。そろそろイブキの性格がわかってきた。
興味がなかったり、それほど重要じゃないことには、とことん節約するタイプ。合理的と呼べるが、無趣味とも言う。食事に衣服、生活スタイル全般を仕事込みで考えている。
「はぁ……わかった、わかったよ。世話になってるし、なるわけだからな。そこでおごってやる」
「そこ? どこ?」
「あそこ。ラム肉の店」
「マジで!?」
羊肉とくれば、言わずもがな高級料理である。クラークテックの一級品には及ばないにせよ、相当に値が張る食材だ。むろんイブキは食べたことがなかった。
それを昼食に、しかもノアのおごりと来たのだから、むべなるかな、パッと瞳が輝く。傭兵の面影はない。どこにでもいる少女の顔。
「たまに行くんだよ。あの手の店にしちゃ、そこまで高くねえし」
「いいの!? ホントにいいの!?」
「目の前で幼虫食われるよかマシだ。ビィ、お前も充電させてもらえ」
「~♪」
昼食は決まった。揃って店へ向かい、テーブル席へ。高級食と言ってもドレスコードはなく、店内も普通のレストランといった様子。
なのにそわそわと落ち着かないイブキとビィが、どうにも面白い。
立場逆転だ。料理が運ばれてくる頃、クラークテックでのやり取りを思い出し、ノアは独りごちる。
「うっま……! なにこれ、うっま!」
「大袈裟なんだよ」
ラムチョップを頬張る様子に、苦笑混じりでノアは言う。むろん確かに美味い。こんがりと焼けた羊肉にバジルソースはよく合うし、脂っぽさと塩加減はくどすぎず、噛む度に歯ごたえのある旨味が楽しい。つけあわせの野菜も全て本物。かりかりに揚がった割り増しなしのフレンチフライなんて、屋台では到底味わえない。
「このあと、どこ行くんだった?」
食事が進み、ペースも落ち着いてきたところでノアが訊く。
「んぐ……っ」
「食ってからでいいって」
「ん……ぷはぁっ。あとはテントかな。私が使ってるの連結できるやつだから、同じの買おう。赤外線防御がついてるやつね」
「なるほど、テント。……あ? 同じテントで寝るのか?」
「当然でしょ」
また一口食べると、イブキは続ける。
「寝床を別々にしてたら、いざって時に守れないじゃん」
「そりゃそうだろうが……」
同年代の男女がひとつのテントで過ごす。この事実に気まずさを覚えるのは、果たしてノアの感性がおかしいのか。
当然、イブキは気にも留めない。ビィも然り。
「……まあいいか。他には?」
「燃料と医療品、それから荷物の積み込み。燃料はミナコさんに頼んであるから、大丈夫でしょ」
「あいつのとこ行くのか!?」
これまでは極力、自分のペースに従っていたノアなのだが、つい声が大きくなる。
「嫌なの?」
「嫌っつうか、なんつうか……いや待て待て待て。お前、もしかしてあいつに言ったのか?」
「言うって?」
「旅のことだよ、た・び・のッ!」
ノアと姉御肌のメカニックとは、別段、険悪というのでもない。今でもたまに口を利く兄弟分、いや姉弟子か。いずれにしても互いに家族だと認識している。
しかし、だからこそ言いづらい話題もあった。長年秘めていた夢のことや、宇宙空間にいる友達の話。これらを打ち明けた相手はイブキだけ。
それでも一度だけ、ほのめかしたことはあるのだ。ミナコでなく彼女のもとにいるヒューイに。同性ゆえか、あの優男とはなんとなくそういう話題も言いやすい。実は警備チームのブラッドも入れ、たまに三人でツルむ仲だ。
「詳細は伝えてないよ、さすがにね。守秘義務くらい弁えてるって。……でも察してるんじゃない?」
「それは……」
ヒューイが話したとは思えない。だがイブキの言い分には、ノアも心当たりがあった。いつも使っているバギー。今回の旅でも乗り回す予定のあれは、ミナコからもらったものだ。
渡された時にかけられた声が、ふと胸中によみがえる。行きたいところへ行けるように、と。
「行ってきます、行ってらっしゃい。おかえり、ただいま」
つまんだポテトに残ったソースをつけながら、囁くようにイブキは言う。ラム肉はもう食べ終わっていた。どこか物憂げな、緑がかった碧眼。
「なんだよ」
「私が思う、言えないと後悔する四つの言葉。ケジメとも言うかな」
「……」
「それぞれ感じるもんだよ。出てく側も、見送る側も、両方ね」
実体験かと、言いかけたところで声とはしなかった。知り合って一日。明日からは命を預ける相手だとしても、これはまた別種の重さがある。いま飲み込んだ質問を彼女に投げられるのは、もっと先のことだろう。
それでも言わんとしているところは、充分以上に伝わった。
「……わかった、ちゃんと言う。助けられてるしな」
「ん、素直でよろしい。ごちそうさま、そんじゃ行こっか。ビィもいい?」
「~♪」
充電ケーブルを外すなり、ビィは二人の頭上を飛び回る。伝票を持って会計へと向かうノアは、先に出るよう伝えた彼等に一瞬だけ視線を投げた。
今しがた説き伏せられたせいか。いやそれにしては奇妙な感慨である。黒いコートを羽織った背中が、ノアにはひどく寂しそうに映ったのだから。




